第3話「ガチャとは」
気がつくと俺に襲いかかっていたキラーベアは跡形もなく消えていた。天に召されたのは俺ではなかったのか?
「あ……ああ……あ!」
俺が助けようとした少女は正気を失っているのか俺の方を指さして悲鳴を上げそうだ。ひとまず助けたというのに悲鳴で魔物を呼ばれてはたまらない。そう思ったところで背後から光が差していることに気がついた。
それに気付いて振り返った俺はキラーベアなどと言う小物を見たときとは比べものにならないほどの驚きを感じた。そこには人間のようで翼が生えた女性が宙に浮いていた。あり得ない、浮遊魔法か? しかし翼はどう説明を……
「召喚ありがとうございます、マスター」
この天使のような存在は今何と言った? マスター……そう俺の方を見て間違いなくそう言ったのだ。おかしい、俺はテイマーでもなければ奴隷を買った覚えも無い、そんな俺の元に圧倒的な力を持った存在が目の前にいる。それはとんでもない驚きだった。
「マスターだと? あなた、いや……お前は誰だ?」
「私はアークエンジェル、あなたの召喚に応じて参りました」
召喚? 俺は召喚など一度もしていないぞ?
「俺に召喚されたとでも言うのか? 俺は召喚魔法なんて一つたりとも使えないぞ?」
するとアークエンジェルは微笑んだ。
「使ったではないですか、ガチャを回したのはあなたでしょう? それに代償としての石も十分にいただいております」
そこで俺は周囲を見渡して、俺の生成した石が消え去っていることに気がついた。アレだけ目立つ色の石だ、見逃しているということはあり得ないだろう。
「そうか……石を代償にお前が出てきたというわけか」
「はい、私への命令としてあの獣を打ち倒せと受け取り排除しました。問題がありますでしょうか?」
「いや、無い。全く問題は無い。ただ……お前は自由に召喚出来るのか?」
こんな化け物を自由に召喚出来るとなると目立って仕方がない。それよりも恐ろしいのが召喚したら帰還出来ないという事態だ。こんな目立つ天使を連れて旅なんぞできるわけが無いだろ、力としては一級品でも旅には荷物でしかない。
「いえ、私は役目を果たしたので消えます。またあなたが『ガチャ』で私を召喚したときには馳せ参じますのでご安心を」
「よく分からないが分かった。つまりお前を呼びたくなったらガチャをすればいいわけだな?」
「その通りです、もっとも、私が出てくるかは運次第ですが……それではごきげんよう」
言うが早いかアークエンジェルは光の粒子になって消えてしまった。まるで何もいなかったように錯覚するほど痕跡はなかった。器用にキラーベアだけを始末したらしく、あの戦闘は俺の妄想だったのでは無いかと思ってしまうほどだ。
「あの! ありがとうございます!」
とんでもない光景を見ていたのでついつい放置していた少女に声をかけられて我に返った。そうだった、この子を助けるために命を張ったのだったな。
「ええっと……俺はマイナー、自由に呼んでくれていい。君は」
俺は家名を省略して少女に自己紹介をした。家名を言えばこの近辺では名が知れているので公爵家絡みの人間だと思われるかもしれない。安全を考えるとこの自己紹介程度の情報提示で十分だろう。
「私はマリア、マリア・アストラと言います」
「見たところ奴隷ってわけでもなさそうだし、何故襲われていたんだ?」
そう訊ねるとマリアは金色の神を揺らしてさめざめと泣き始めた。
「お父さんが……町に連れて行ってやるって言って……私は別にいいって言ったのに……ここであの熊に襲われて、父さんは逃げろって言って、それで……」
マリアはそして骸になった男を指さした。結局、この少女は親を亡くしたのか。可哀想なのかもしれない、しかし俺はそれをどうすることもできなかった。
「そうか、ところでマリア……と呼んでいいかな?」
コクコクと頷くので同意と見なして話を進める。
「アレは一体何だったんだ? 『幸運』というスキルがあったからあの天使は出てきたようだが、マリアのスキルなのか?」
「分からない……私は鑑定なんてしてもらってないから」
俺はもはや行くあてをなくしているマリアに問いかけた。
「俺も行くあてがないんだが、一緒に来るか? 俺は訳あってこの先の町には行けないんだ」
マリアは逡巡した後で控えめに頷いた。
「一緒に……行く……連れて行って」
「そうか、靴はあるな……ついてこい」
マリアはコクコクと頷いた。それから俺は二人で旅路を行くことにした。
歩きながらマリアと話をする。
「なあ、災難だったな。何処か行きたいところはあるか? どうせ行くあてもないんだ連れて行ってやるぞ?」
「ホント?」
無垢な瞳で俺をとなりから覗き込んでくる、俺はその目を見て答えた。
「ああ、歩いて行ける範囲ならな」
そう言うとマリアはしばし黙り込んでしまった。なんだ? どこか危険なところをご所望だったのかな?
「わたし、マイナーと一緒に旅がしたい……ダメ?」
俺と一緒に……か。旅をするなら一人も二人も変わらないな。少しだけだが自分を必要としてくれる人がいることは嬉しいことだ。断ることもないだろう。
「分かった、どこまで行くかは分からないがマリアが満足するようなところが見つかるまではついて来ていいぞ」
「やった!」
嬉しそうにしてくれたのできっとありがたいことなのだろう。俺でも誰かの役に立てる、『採掘』で出てきたい死だって無駄じゃなかった。ソレだけでもすこしだけ気分が浮くようだった。
「あの……わたし……」
「なんだ?」
俺は何か言いたげにしているマリアの話を聞くことにした。
「私! 鑑定アイテムを持っています! さっき助けてくれたスキルがなんなのか分かるかも……分からないかも……」
そういやマリアはそれなりに良い身分だったのだろうか? 馬車で旅が出来ると言うことなら極貧というわけでもないのだろう。ならば持っていても不思議はない。だったらせっかくだし鑑定してもらおうかな。
「分かった、俺もまだよく分からないスキルなんだ。包み隠さず教えてくれると助かる」
「はい!」
俺が答えるとポケットを漁り始めた。きっと鑑定レンズを持っているのだろう。
それから小さなレンズを取り出したマリアに俺の事を見てもらった。
「ええっと……名前はマイナー……あっ!」
「悪い、事情があるのでそこは気にしないでくれ」
家名部分がどういう意味を持つのか知っていたのだろう。もはや俺には名乗りたくないものなので触れてくれない方がいい。
「分かった。歳は十五歳、性別は男……」
「見て分かる部分はとばしてくれ」
「ん……所有スキルは『……採掘』」
「ああ、外れスキルだよ」
この忌ま忌ましいスキルが一体何なのかは不明だがロクなものではないのだろう。
「ちょっと待って、小さく何か表示されてる……ええっと……『ガチャ石』? スキル名は『ガチャ石採掘』で……」
「ちょっと待ってくれ!? そんなスキル名だったのか? 司祭の鑑定では『採掘』としか聞いてないぞ!?」
「『ガチャ石』の部分はものすごく小さく見える。多分司祭様くらいのお年寄りには見えない……と思う」
なるほど、あの耄碌ジジイは偉そうに外れスキルだと言ったが、それは良く見えていなかったということか。人生に関わることに曖昧な要素をぶち込みやがって! あのクソジジイめ!
「スキル詳細は読めるか?」
「読める!」
「じゃあ教えてくれ。アレが一体何だったのかを知りたいんだ」
俺はさっき起こった奇跡のような現象の真実を知りたかった。馬鹿にされまくったあげく家を追い出された原因の詳細を知りたい。
「はい、『採掘した石を使用してガチャが回せる、星五、星四、星三、星二、星一の順にレアリティが下がる。排出されるものはアイテムとキャラがランダムになる』だそうです」
俺はマリアの説明に混乱していた。星五とかどういう意味だ? レアリティ?
「詳細が見られるように大きめの鑑定レンズ使いますね」
そう言ってポケットからルーペサイズのレンズを取りだし俺に向ける。その碧い瞳が拡大されて俺には見える。
「なるほど、『装備品、アイテム、キャラとはガチャを回したものに与えられるアイテムもしくは生物』だそうです」
「え? じゃあさっき俺が天使みたいなものを召喚出来たのはものすごく運が良かったからってことか?」
そう訊ねるとマリアは口を閉ざしてしばし考え込んでしまった。何か悪い質問だっただろうか?
「私だけ隠しごとをするのもズルいですね……多分さっき強力なキャラが出たのは私のスキル『幸運』のおかげだと思います。任意の人を運が良い状態にするスキルです」
「何だそれ!? 凄いスキルじゃん!」
俺も欲しかったなあ……そういうスキルがあれば冷遇はされなかっただろうに……
「いえ、『この人の運勢を良くしたい』と明確に願わなければならないので不便ですよ。先ほどは突然だったので無心に考えましたがいつも思っているわけではありません。現に私の両親は襲われていたわけですし……」
「悪いこと聞いたな……すまん」
少し考えの足りない発言だった。もう少しマリアへの配慮が必要だった。
「構いませんよ……助けていただいただけでも私は十分に幸運だったのでしょうしね……でも……望めるなら魔物の王になっている魔王を倒したいって思っちゃいますね」
俺は逡巡を僅かにしてからハッキリ言った。
「分かった、俺もマリアに助けられたわけだし旅の目的は魔王の討伐にしよう!」
「え!? そんなことが出来るんですか!?」
驚いている様子だったが俺たちはどうせ行くあてもないのだから魔王の討伐くらい目標は大きく持ったっていい。希望するだけなら自由であり無料なのだからな。
「出来るかどうかは知らんよ。でも『やってみたい』だろ?」
俺の言葉にマリアは泣きながら笑顔になって俺に抱きついてきた。
「はい! 私とあなたで絶対に倒しましょう!」
ああ、俺は誰かをとんでもないことに巻き込もうとしているのかもしれない。しかしその先の結果がなんであれ、行動しないことにはジリ貧だからな。博打を打つなら賭け金は多い方がリターンも高いんだ。俺たち二人の命をチップにして魔王と命がけのギャンブルをするのだって悪くないさ。
「よし! じゃあ目標も決まったし出発するか!」
「はい!」
ようやく満面の笑みになったマリアと共に俺は歩き出した。それは追い出されて仕方なく歩いているのではなく、自分の確固たる目標への歩みだ。そう考えるとなんとなくだが足取りが軽くなったような気がするな。
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