第2話「追放された者と放浪する者」
俺は道を歩いていた。そう、ただ一人で、だ。誰かが助けてくれることもなく、馬車という乗り心地の良いものにも乗れず立った一人で歩いている。幸い馬車の轍のおかげで道に迷うことは無い。それがせめてもの救いだろう。
このどうしようも無い現実といい加減向き合わなければならない。俺はもはや公爵家の一員ではない。それが事実であってどうしようも無いことだ。
幸いにも魔法の鍛錬も欠かしていなかったことから、先ほどから時折姿を現す魔物をプチプチ叩き潰して進んでいる。さっきからキリがないと思うのだが、これが徒歩での旅のつきものだ。護衛も何も無い状態で道を行けば雑魚がいくらでも湧いてくるのは仕方ないことだ。何しろ美味しい獲物がたっぷり乗っている馬車には屈強な護衛がついているのだ、単独で歩いている俺はさぞや狩りやすい獲物に見えていることだろう。しかし魔物を出てくる側から討伐しているとうんざりともしてくるというものだ。
「退屈だ……」
剣技は鍛錬の結果この辺の雑魚には負けない程度の実力はある。しかしスキルというどうしようもない差が兄とはあった、こればかりは努力でどうこうなる問題では無い。俺はただ剣技のスキルがもらえると思って努力してきた、その結果がこれだ。まったく笑えるでは無いか。
「キシャアあああああああ!」
「邪魔だ」
ゴブリンが茂みから出てきたのでブロンズソードで軽くなぎ払う。雑魚みたいな相手だが、数が多いので鬱陶しい。さっきから何十匹と出てきては俺に駆除されている。それというのも最低限の路銀すら渡さず追放した連中が悪いんだよ。だからこんなチンケなクソみたいな敵を一々相手にしなくてはならない。
「キシャ……グゲ」
鬱陶しいので出てきた瞬間『採掘』スキルで出てきた石に埋めてやった。ゴミスキルでもこの程度の使い道はあるようだ。もっとも相手が多少強くなると、欠片も相手にならないスキルなので役に立たないことには変わりが無いのだが。
さっきからゴブリンばかり出てきている。せめて強力な魔物が出てきて、俺が勇敢に戦って死んだとでも言うなら格好もつくだろう。現状では雑魚相手に剥きになっているチンピラ同然だ。
とりあえずあの実家からは慣れなければと言う一心で道を歩いていた。追放されたゴミスキル持ちという汚名を被ったままあの町で暮らすわけにはいかない。どこでもいい、ただ俺を知らない町で暮らしたい。幸い俺は表に出る方ではなかったので他所の町に行けば顔が割れている心配は無い。しかし……
「隣町だというのに遠いな……」
なかなか目的地は見えてこなかった。俺の後ろにゴブリンの死体が量産されてもまだまだ旅路は長いようだ。馬車台もケチらないと宿に泊まることすら出来ない。冒険者としてくらいしか生きていく手段がないので次の町でギルドに登録しよう。それにしても先が見えないと辛いばかりだ。
俺は休憩のため道の脇の石に腰掛けて水を魔法で革製の水筒の中に生成する。それをゴクリと飲み干すと体に潤いが戻ってきた。魔法の基礎を学んでいて良かった、こんなところで役立つとは……出来ることならこう言う出番が無い方が良かったのは当然だが、今となってはその選択に後悔はしていない。
何が幸いするかは分からないものだ、そう考えながら雑魚を潰しつつ歩いて行く。その時、血の匂いが漂ってきた。それも新しいものだと俺の勘が告げている。特訓をしている最中に怪我をしたときに幾度となく嗅いだ匂いだ間違いはない。
大急ぎでそちらに向かうと商人の馬車が倒れており、死体となった馬車の主がいて、金髪碧眼の少女が隣で泣いていた。誰かは知らない、ただそこで思ったことは『助けないと』という一心だけだった。隣に立っているのはキラーベア、明らかに俺の敵う相手ではない。しかし少女を逃がすことくらいは出来るはずだ。それに……ほんの少しだけ『少女を助けてその代わりに死んだ』となれば格好もつくかなと考えた。死にたくは無いんだがな、とやかく言っている暇も無いな。
「でええええええい!」
俺のブロンズソードはキラーベアの表皮を貫通することさえ出来なかった。固い皮に弾かれて俺は後ろに吹き飛ばされる、それでいい、倒すことが目的では無い。
「おい! 誰だか知らないがさっさと逃げろ! 時間くらいは稼いでやる!」
敵を倒してやると断言出来ないのが悲しいところだ。ここで兄のアルフォンスだったら……いや、今いないやつに頼りたいなどという甘えはやめよう。ただ俺が何とかあの少女が逃げるだけの時間を稼げばいい。
おあつらえ向きにもキラーベアは体力こそあるものの知能は低い魔物だ。俺がとにかく目立って叩いていればこちらに引きつけることは容易い。勝てるかどうかは……お察しだ。
「グルアアアア!」
俺の脇腹に爪の生えた腕がたたき込まれて吹き飛ぶ。間の悪いことに少女の近くに吹き飛ばされてしまった。このままじゃあ巻き込まれる、一刻も早く引き離さないと……
「あ……あの!」
「黙って逃げろ!」
クソ、どうしてさっさと逃げないんだよ、もうしばらく戦わなくちゃならないじゃないか。俺だっていたいのは嫌なんだよ。
『採掘』
採掘スキルを使用して石を大量に出す。ただの目くらまし以上の意味は無いが単純な相手なら少しでも時間稼ぎになるだろう。とにかくここから離れないと……
「大丈夫ですか?」
「だから逃げろと……」
『規定量の石を確認しました、ガチャを回しますか?』
頭の中に声が響いてくる。命の危機で幻聴でも聞こえてきたのだろうか、まったくそんな所で頭を使うんじゃない、少しでも遠くに……
『ガチャを回しますか?』
しつこい! 大体ガチャって何だよ!
『ガチャを……』
『回してやるから少し黙ってろ!』
その時少女の手が折れに触れた。そこで頭の中に新しいメッセージが生じた。
『スキル『幸運』を確認しました、星四以上が確定します』
はぁ? 意味不明なことを頭の中でわめくなよ、俺の頭は命の危機でいよいよおかしくなったのか? せめてこのうるさい声だけでも黙らせたい。
『ガラガラガラ……『アークエンジェル』が排出されました』
その時、俺が出していた石が輝きながら消えていった。それをただ事ではないと気がついたのだろう、キラーベアも攻めあぐねていた。
運が良ければそのまま逃げられるかもな……ま、無理だろうな。いいさ、出来る限りのことはやったんだこの少女を上手く逃がし切れたか見届けられないのが少し残念だな……
そうして意識が真っ白に染まっていく。ああ、死後の世界ってこんな感じなのだろうか? だとしたらそれを支配する神とやらは随分と退屈が好きらしい。こんな殺風景な場所で永遠に過ごしているのだろうか? 考えるだけでも寒気がするようなことだ。さっさと俺を消し飛ばして欲しいと思うくらいだ。しかし……思っているようなことにはならず、突然体の痛みが消えていき、自分が強烈な光に包まれていることに気付いたのだった。
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