愛ゆえに(2)

テニススクールの終了時間になった。

ユータとフーカ君は、ベンチにやってきた。


ユータは、すこし息を弾ませながら、得意げに言った。


「ねぇ、どうたった?めぐむ兄ちゃん! 僕、結構うまいでしょ?」


僕は、タオルを手渡す。


「うんうん。上手だったよ、ユータ」


ユータは、えっへん、と言わんばかりにアゴを上げる。

フーカ君は、僕達のやり取りをにっこり笑いながら見ている。


僕は、そんなフーカ君に話し掛ける。


「フーカ君も上手なんだね。お兄ちゃんビックリしたよ」

「そっ、そんなことないよ」


フーカ君は、照れた顔をする。


ああ、可愛いな。

僕は思わず、フーカ君の頭を撫でる。


フーカ君の頬がさっと赤く染まる。


やばい。

本当にカワイイ。


「めぐむ兄ちゃん! 気安くフーカに触らないでよ!」


突然、ユータは僕の手を払いのける。

そして、頬を膨らませる。


「あれ?ユータ。ジェラシー? ふふふ。かわいい!」

「そっ、そんなんじゃないやい!」


「ははは」


僕が笑うと、一部始終を見ていた久遠さんも笑い出す。


「こっちにこいよ!」


フーカ君の手を取って、自分の方に寄せるユータ。

それにおとなしく従うフーカ君。


ああ、それにしてもラブラブな二人。

僕は、ユータのほっぺをツンツン突いてからかう。


「めぐむ兄ちゃんやめてよ!」

「やだよ! ふふふ」


久遠さんは、提案をした。


「そうだ! あの、めぐむさん、差し出がましいのですが、少しうちに寄っていきませんか?」

「えっ?」


「せっかくですので……」


せっかく?


ああ、そういうことか……。

今日は、叔母さんじゃないからか。


そうだよね。

たまには二人仲良くさせられる時間を作ってあげたいよね。


僕は一応ユータに尋ねる。


「いいですけど、ユータどうする?」

「えっ、フーカんちに行けるの? 行きたい!」


即答。

ユータは飛び跳ねんばかりに興奮する。


「パパ! ユータ君、お家に来ていいの?」


久遠さんは無言で頷く。

すると、フーカ君は手を叩いて目を輝かす。


「やった!」

「わーい、わーい!」


両手を繋いで喜ぶ二人。

実は、僕も少なからず嬉しい。


久遠さんと少しでも一緒にいられる。


「ユータも行きたいと言っていますのでは、すこし寄せていただきます、久遠さん」

「よかったです。では、駐車場へ行きましょう!」


「はい」


ああ、でも、雅樹。

これは、浮気じゃないよ。ユータのためだから!

いいね、わかるよね!



そんな言い訳を自分にしているうちに、久遠さんの家についた。


「そんなに時間はかからないですよ」


久遠さんはそう言ったが、本当にすぐに到着した。

車だと、駅の3、4駅ぐらいの距離はすぐなんだ。

僕の家には車がないから、本当にうらやましい。



家に入ると、久遠さんは言った。


「ユータ君にシャワーを浴びてもらうのはどうでしょうか?」


なるほど、汗をいっぱいかいたもんな。


「ユータ、シャワー浴びさせてくれるって。どうする?」

「シャワー? 面倒だな」


ユータは、嫌そうな顔をした。


「汗臭くなるよ、ユータ」


僕は、鼻をつまむリアクションをする。


「でもさぁ……」


ユータは口を尖らせた。

まぁ、気持ちはわかる。


僕が久遠さんへ止めておきます、と言おうとした時、フーカ君が割り込む。


「ねぇ、ユータ君、いっしょに入ろうよ、シャワー」

「えっ? フーカも入るの? シャワー」


ユータは目を輝かせる。


「うん。いつも、テニスから帰ってきたらシャワーを浴びるの」

「へぇ。じゃあ、僕も入るよ!」


「うん! 一緒にはいろうよ!」


ユータは嬉しそうに服を脱ぎ始める。


まったくもう!

僕は腰に手を当てた。


まぁ、一緒にシャワー浴びれるんだから、そうなるか。

そう、内心ほくそ笑んだ。




二人が、キャッキャいいながらお風呂に入っていくのを見送り、僕と久遠さんはリビングに入った。


僕はソファを勧められて座る。

ふかふかで座り心地がいい。


久遠さんは、キッチンに立った。


「お茶で良いですか?」

「はい、ありがとうございます」


コポコポと急須へお湯が入る音。


あれ?

いまって、久遠さんと二人っきりじゃあ……。


ドキドキしてくる。


だめだ。

変に意識しちゃ。


久遠さんは、湯飲みを差し出した。


「どうぞ」

「あっ、ありがとうございます!」


僕は、湯飲みを取りずずっとすする。


ふぅ……。

すこし気持ちが落ちつく。


お風呂の方から、二人が騒ぐ声が聞こえ来る。

楽しそうだ。


僕は、湯飲みをテーブルに置いた。


「あの、久遠さん……」


そう、言いかけた時。

突然、久遠さんは僕を抱きしめた。


きつい。

息ができないくらいだ。


バサッ。


そして、何も抵抗できないまま、ソファに押し倒される。


久遠さんの体が覆いかぶさる。


重い。

でも、僕は、久遠さんのなされるがままじっとしている。


久遠さんは、僕の上に乗ったまま僕を見つめた。


興奮しているのか、すこし息が荒い。

そして、目も潤んでいる。


あれ?

そういえば、僕って冷静。


ドキドキはしているけど、いやらしいドキドキじゃない。


そっか。

そういうことか……。


僕は、久遠さんに話し掛けた。


「久遠さん、もしかして寂しいのですか?」

「えっ?」


久遠さんは、はっとして、我に返ったようだ。

慌ててその場を取り繕う。


ソファの端に座り直して頭を下げた。


「すっ、すみません。めぐむさん」

「いいんですよ。僕でよかったら、久遠さんの好きにして」


「本当にすみません。なんだか、めぐむさんは僕が愛した人に似ていたもので。僕は、どうかしていました」


やっぱり……。


たぶん、似ているわけじゃない。


寂しいんだ。


前に奥さんとは離婚したと聞いた。

そして、この部屋を見る限り再婚したわけでもなさそう。


久遠さんは、こんなに広い家で、フーカ君と二人ぐらし。

前にぽつりと言った一言。

会いたい人がいる。でも、会えなくて寂しい。


そう……。

きっと、久遠さんはずっと前から寂しさを我慢して、我慢して耐えているんだ。


僕は、以前、雅樹と会えない寂しさを久遠さんに打ち明けたことがあった。

久遠さんは僕を優しく慰めてくれた。


うん。


今度は僕が久遠さんを慰める番。

僕は、久遠さんの横に座り直した。


「久遠さん、僕なんかが言うのもなんですが、久遠さんを元気付けたいんです」

「めぐむさん……」


「悩みを聞くことぐらいなら僕にでもできます。よかったら、話してもらえませんか? 久遠さんが愛している人のことを……」


久遠さんは、少し驚いたようだ。

でも、直ぐに、真面目な表情になった。


ありがとう、と言ったような口の動き。

僕は、無言で頷く。


「はい。聞いてもらえますか? 僕がずっと、心に押し込めていたこと」

「はい!」


僕は優しく久遠さんの腕を取った。


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