愛ゆえに(1)

ゴールデンウィークに入りお客さんが来ることになった。

従弟のユータが、久しぶりに遊びに来るのだ。


すごく楽しみ。

いつ以来だろう。


幼稚園の卒園式以来だから、もう1年以上前。

じゃあ、もう小学校2年生か。

大きくなったんだろうな。


ピンポーン!


チャイムが鳴って、僕は玄関に向かう。

ドアを開けると、叔母さんとユータが手を繋いで立っていた。


「こんにちは、めぐむ君」

「こんにちは、叔母さん。お久しぶりです。どうぞ、上がってください」


「めぐむ兄ちゃん、こんにちは」

「はい、こんにちは、ユータ。大きくなったね!」


ユータは一回り大きくなっている。

でも、あどけない顔はそのまま。


うん。

かわいい。


でも、そのユータは僕の顔を見てにやりとするのを僕を見逃さなかった。




叔母さん達をリビングに通す。

両親は、挨拶してソファを勧めた。


お母さんは、ユータに話しかける。


「ユータ君、大きくなったわね。学校たのしい?」

「はい。楽しいです」


「そう、よかったわね」


近況の話が始まると、早速ユータは僕に目配せをする。

僕は言った。


「ちょっと、ユータ君と部屋で遊んできますね」

「めぐむ君。いつも悪いわね。ユータ、お兄ちゃんの言うことちゃんと聞くのよ!」


「はい。ママ」



僕の部屋に入ると、ユータは、だらっと姿勢を崩し話し始める。


「ふぅ。やっと、落ち着いて話ができる」

「ぶっ。なに、生意気いっているの! ユータは」


「えへへ。だって、ママはいろいろうるさいんだもん。こっちだって気を遣うんだよ」


ユータは、腕組みをして言う。


「ふーん。子供も大変だよね。って、本当に生意気!」

「ところで、今日はめぐむ兄ちゃんにお願いがあるんだ」


「お願い?」

「うん」


「お願いねぇ。まぁ、お兄ちゃんにできることならいいけど」

「そう? やった!」


ユータは嬉しそうな顔をする。

僕は、ユータに尋ねる。


「で、何?お願いって」

「うん。今日は、テニスの日なんだ」


「テニス?ああ、習い事しているんだっけ?」


そういえば、以前にお母さんから聞いた事がある。

ユータの習い事。


「うん。それで、テニスの付き添いに来てほしいんだ」

「テニスの付き添いかぁ」


「そうそう、僕、結構上手なんだよ。ほら、その、見て欲しいんだ。僕のプレー」


ユータはテニスのラケットを振るそぶりを見せる。

テニスにはあまり興味はないけど、まぁ、ユータの雄姿が見れるんだったら行ってもいいか。


どうせ暇だし。


「そういうことならいいけど……」

「やった!」


ユータはガッツポーズをした。


へぇ。

僕に見てもらえるのが、そんなに嬉しいんだ。


まんざらでもない気持ちになる。


「じゃあ、早速ママに言いに行こうよ! 今日は、めぐむ兄ちゃんが代わりに行くって!」


ユータは僕の手を引っ張る。


「ちょ、ちょっと、待ってよ。そんな、急がなくたって……」




テニススクールの場所は、美映留中央駅から少し歩いたところにあるスポーツクラブの建物の中。

いつもは、車で送り迎えをしてもらっているらしい。


今日は、車からテニスのバッグを取り出し、電車でやってきた。


習い事の送り迎えも大変なようだ。

僕が代わりに行くって提案すると、叔母さんは「じゃあ、お願い!」と即答した。




スポーツクラブの入り口を入りエレベータに乗った。

僕は、テニススクールの受付のある階を押しながら、言った。


「ねぇ、ユータ。それにしても、どうしてお兄ちゃんと来たかったの?」

「だから、言ったじゃん。僕のプレーを見てもらいたかったって」


「本当かなぁ」


スポーツクラブのエレベータを降りると、ユータは受付に駆け足で向かう。


「よう! フーカ!」

「あっ、ユータ君。こんにちは!」


そこには、フーカ君と久遠さんの姿。


ああ、久遠さん。

相も変わらず、カッコいい。


七分袖の爽やかなストライプのシャツに、黒のスリムジーンズ。

さり気なく開いた胸元からシルバーのネックレスが見える。


大人の男の色香が溢れ出ている。

ドキっとしちゃうよな……。


これは決して浮気ではないからね、雅樹。

しょうがないことなんだ。うん。


と、思わず言い訳を並べる。

僕は、そんなことはおくびにも出さずに、自然に挨拶をした。


「お久しぶりです。久遠さん!」

「ああ、お久しぶりです。めぐむさん」


久遠さんは、ペコリとお辞儀をした。

僕みたいな若造にも、なんという礼儀の正しさ。


ああ……。

拍車をかけて好感度が増しちゃう。


「今日は、めぐむさんだけですか?」


久遠さんの一言に、ぽやんとしていた僕ははっと我に返る。


「はっ、はい。叔母の代わりできました」

「そうですか」


一瞬、久遠さんは嬉しそうな顔をしたような気がした。




テニススクールは、付き添いや見学ができるようにベンチが用意されている。

僕は、久遠さんの横に座り二人の雄姿を見守る。


最初は、近距離からの簡単な打ち返し。

そして、だんだんと距離を取って行き、難易度を上げていく。


ユータとフーカ君は、二人でペアになってラケットを振っている。


へぇ……。


ユータはうまくプレーができると、僕の方を向いてアピールする。

僕は、その度に手を振ってあげる。


ユータも上手だけど、フーカ君も負けてない。

フーカ君も時折、久遠さんの方を見て照れた顔をしてにっこり笑う。


うーん。

カワイイ!


休みになると、二人仲良く体育座り。

じゃれたりして何やら楽しそうに話をしている。


あぁ、なんて微笑ましい……。

僕は、こっそりと久遠さんに話掛ける。


「二人寄り添って可愛いですね」

「はい」


「いつも、こんな感じなんですか?」

「えっと、今日はいつもよりも仲いいですかね」


「そうなんですか?」

「ええ。きっと、今日はめぐむさんだからかもしれません……」


「えっ?」


僕は思わず聞き返す。


「その、ここだけの話、ユータ君のママはあまり好ましく思っていないようで。うちのフーカと仲良くするのを」


「そんなことって……だって、幼稚園の時はあんなに仲良くさせてもらっていたじゃないですか」

「そうなんですけど……最近は、ユータ君のママとは挨拶をするぐらいでして」


そう言えば、ユータは、叔母さんの前ではフーカ君のことを話さないようにしている節がある。

叔母さんは、どうしてフーカ君のことを嫌うのだろう。


僕が知る限り、幼稚園時代は仲良く公園で遊ばせていたようだった。

ということは、小学校に上がってから何かあった?


ユータがフーカ君の事を何か言った。

そして、叔母さんは警戒するようになった。


例えば、ユータはフーカ君のことが好き。

それも、普通の男の子同士の友達を超えたものを察した。


あり得る。

僕が腕組みをして考えていると、久遠さんが言った。


「めぐむさんは、二人の事どう思いますか?」

「そうですね。とても楽しそうでいいですね」


「そう見えますか? 僕もです。フーカはユータ君のことが大好きでして、ユータ君もフーカの事を好いてくれているようです」

「ええ。ユータはフーカ君のこと大好きみたいです。ふふふ」


「その、めぐむさん」

「なんでしょうか?」


「もしも、フーカとユータ君は、その……」


久遠さんは、頬をほんのり赤らめて、言いにくそうにしている。


「はい?」

「その、愛みたいな感情があったらどうしますか?」


「愛ですか。久遠さんもそう思いますか? 僕も二人は愛し合っているように見えます。ふふふ」


久遠さんは、目を見開く。

そして、ホッとした表情を浮かべた。


「そうですね。めぐむさんは、二人を応援してくれますか」

「ええ。もちろん。あんな二人は見ているだけで心がポカポカしてきます」


久遠さんは、僕の方を見て優しそうな目つきをした。


「めぐむさん、ありがとうございます」

「えっ? どうして? お礼なんて」


僕は、不思議そうに久遠さんを見た。

でも、久遠さんは、もう前の方を向き、ユータとフーカ君を見つめている。


「いえ、なんとなくです。さぁ、見て下さい。そろそろ試合形式ですよ」

「あっ、はい。楽しみですね」



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