ユータの卒園(2)

僕とユータはベンチに腰掛けた。


公園にいた人達は、少しづつ減ってきている。


さよなら、また小学校でね!

そんな、挨拶が耳に入る。


僕は時計を見た。

家に帰ってから来るとしても、流石に来てもいい時間だろう。


「なかなか来ないね」

「うん」


しょんぼりとした表情。

でも、まだ希望は失っていない。


目は、いつもフーカ君が来る方をじっと見つめている。

両手を体に前でもじもじと動かす。


切ない気持ちが僕に伝染する。


そうなのだ。

今会えないと、二度と会えないかもしれない。


ユータは子供ながらにそれを理解しているんだ。


切ない。

ああ、抱きしめてあげたい。


雅樹を待つ今の僕に重なる。


ああ、神様。

お願い。


フーカ君と会わせてあげて。

ユータにとって大事な人なんだ……。




それから、しばらくたった。

もう、公園には卒園式帰りの親子連れはいない。

僕とユータだけぽつりと残った。


もう、きっと来ない。


諦めるしかない。


ユータを見る。

目を真っ赤にして鼻をすすっている。


ユータも今日は会えない。

それを感じ取っている。


僕は、ユータの肩をそっと抱いた。


「ユータ、もう帰ろっか?」

「やだ! まだ、待つんだ!」


ユータの言葉が僕の胸に突き刺さる。


僕と同じ。

だから、よくわかる。


会えるかどうかも分からない。

でも、待つしかない。


会いたくて、でも会えなくて。

寂しくてどうしようもない。


僕は、目を閉じた。


雅樹、会いたいよ……。




その時、ユータが叫び声を上げた。

喜びに満ちた声色。


「あっ! フーカだ!」


ユータは、走り出す。

その先には、ひと組の親子連れ。


ユータにはフーカ君だってすぐに分かったようだ。


フーカ君も走り寄るユータに気付いたらしい。

何か大きな声を上げている。

きっと、ユータを呼んでいる声。


二人が手を取り合うのが見えた。

ああ、良かったね、ユータ。


本当に。


僕は、目尻に溜まった涙を指で拭う。

そして、ベンチを立ち上がり、ユータの後を追った。




ユータとフーカ君は手を繋いで遊具の方に向かった。

そして、立体ジムの上で肩を並べて座る。


何やらコソコソ話をしている。

楽しそうだ。


僕は、二人を眺めながら、フーカ君のお父さん、久遠さんに軽く会釈をした。

久遠さんは、僕に気がつくとお辞儀を返し近づいて来る。


「こんにちは。お久しぶりですね。めぐむさん」

「お久しぶりです。久遠さん」


僕は笑顔で話す。

久遠さんはベンチを指差した。


「そこに座りませんか?」

「ええ」




久遠さんは言った。


「それにしても、驚きました。まさか、本当にユータ君がいるなんて」


どうやら、久遠さんもフーカ君にねだられて来たようだ。

フーカ君は、どうしてもユータに会いたい、と必死で頼み込んだらしい。


「約束をしていないのに、どうして二人ともここに来れば会えると思ったんでしょうかね?」


久遠さんは、そう言うと微笑んだ。


以心伝心というのだろうか。

ユータとフーカ君は、固い絆で結ばれている。


そう、思わざるを得ない。


赤い糸というのがあるならば、間違いなく二人は結ばれている。


「ユータも、フーカ君は絶対に来るって言って聞かなかったんですよ。ふふふ」


僕は、久遠さんを見上げた。

久遠さんは、不思議そうな表情をする。


「ところで……」

「はい?」


「めぐむさん、どうして泣いているんですか?」

「あれ? 僕は泣いていますか?」


「ええ」


僕は、慌てて目元を触れる。

濡れている。


さっき溜まった涙は拭いたはず。

いつの間に?


「わかりません。ユータの願いが叶ったのに、泣くなんて変ですよね」


久遠さんは、スッとハンカチを僕に差し出した。


「大丈夫です。そんな時もありますから……」


久遠さんの優しい言葉。

お礼を言いながら、久遠さんのハンカチを受け取る。


あれ?

おかしいな。


涙がどんどん出てくる。


「すみません、すみません……」


僕は、繰り返し謝る。

手で顔を覆い隠し、とめどなく流れる涙を隠そうとする。


ああ、そうか。

この涙は僕の寂しい気持ち。


我慢して、溜め込んでいた物が、一気に溢れ出てしまったんだ。


その時、久遠の優しい言葉が耳に入った。


「僕の胸、貸しましょうか?」


僕は、久遠さんの顔を見る。

涙で曇ってよく見えないけど、その優しい微笑で、少し気持ちが落ち着く。


泣いた子供を慰める様な柔らかい表情。

久遠さんは、なんて優しいんだ。


人の温かさを感じたい。

久遠さんの優しさに甘えたい。


ああ、久遠さんの胸にすがりたい。

弱い僕は、久遠さんに救いを求めている。


「いっ、いいんですか?」

「いいですよ。どうぞ」


久遠さんは、両手を広げる。

僕は、久遠さんの胸にわっと飛び込む。


無我夢中で抱きつく。


そして、嗚咽を我慢しながらすすり泣いた。


久遠さんは、黙って僕を優しく抱きしめていてくれた。




「よかったら、話してくれませんか?」


久遠さんの言葉に、僕は素直に話し始めた。


「付き合ってる人がいるんです。その人、ずっと忙しくて、会える時間がなくて。僕は、応援するって約束したんです。なのに、僕は会いたくて話したくて触れたくて。そんな自分が嫌なんです。でも、寂しい気持ちは我慢するのが辛くて。ごめんなさい、支離滅裂ですよね?僕」


「ううん。気持ち分かります。僕も会いたい人居ますから……」


僕は、久遠さんを見る。

久遠さんも寂しそうな表情。


会いたい人かぁ。

僕は、気になっている事を久遠さんに問いかける。


「奥さん、ですか?」

「ああ、妻じゃないんです。実はお恥ずかしながら妻とは離婚していまして」


離婚……。


そっか。

だから、いつも久遠さんがフーカ君のお世話をしているのか。


「そうなんですか。僕のせいで嫌な事を思い起こさせちゃたかもですね。ごめんなさい」

「いいえ。ははは。僕の話はいいんです。でも、寂しい時は、泣いていいと思います。いつでも、僕の胸は貸しますから」


「ありがとうございます」


僕は、素直にお礼を言った。




もう暗くなってきている。

僕は、ユータの姿を探し、ブランコで遊ぶ二人を発見した。


僕は久遠さんに目配せする。


「いきまっしょっか?」

「はい」




僕は、キーキーとブランコを漕ぐユータに話しかけた。


「ユータ、そろそろ帰るよ!」

「はーい」


ポンっと着地を決めると、僕の方に駆けつけて抱きつく。


僕はしゃがんで、こっそりとユータに問いかける。


「ねぇ、ちゃんと言えた?」

「もちろん! そうしたら、フーカも僕の事好きだって。エヘヘ」


ユータは、満面の笑みで照れ顔で言う。


「そう、良かったね!」


僕は、ユータをギュッと抱きしめた。

本当に良かったね。


フーカ君が久遠さんに話している声が聞こえる。


「ねぇ、パパ、言った通りでしょ! 絶対に、ユータ君来るって! 僕ね、ユータ君とずっと一緒なんだ」

「そっか。良かったな、フーカ」


久遠さんもしゃがんでフーカ君の頭を撫でてあげている。


クスクス。


向こうでも似たような会話をしている。




僕とユータはお辞儀ををして立ち去った。


手を繋ぐユータの足取りは軽い。

ユータの手の温もりが僕に希望を与えてくれる気がした。


大丈夫。

めぐむ兄ちゃん!

きっとうまく行くから。僕みたいにね。


そうだよね。


そう思って、手をギュッと握る。


「めぐむ兄ちゃん! 手痛いよ!」

「あっ、ごめん、ごめん!」


それに僕は、泣いて少し気持ちが晴れた気がした。

これで、また少し頑張れる。


雅樹、頑張ってね。

僕も寂しさに負けないように頑張るから。


僕は、振り返り、もう誰もいなくなった公園を見てつぶやいた。


ありがとう、フーカ君、そして久遠さん。

こんな前向きな気持ちにさせてくれて。


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