ユータの卒園(1)

雅樹とはあまり会えないまま、新しい季節がやってこようとしている。


冬の寒さが収まり、一日一日と温かくなる。


そんな3月の陽気の中。

街は卒業シーズンを迎える。

駅では、花束を持った人達や、華やかな袴の女性をよく目にする。


僕は、ふと、身近な人を思い浮かべる。


そうだ。

ユータは、今年で卒園だったよね。


そんなことを思っていた矢先、卒園式を終えたユータがうちに立ち寄った。




「こんにちは!」


ユータの元気いっぱいの声。


「はい、いらっしゃい!」


僕は玄関へ出迎える。

叔父さん、叔母さんも、お洒落な格好をしている。


「ご卒園、おめでとうございます!」


「ありがとう。めぐむ君」


両親もリビングから出てきて、お祝いの挨拶が始まる。

僕はユータ君に話掛ける。


「ユータ! 卒園おめでとう!」


ユータは、ニヤッと生意気そうな表情。


「ママ! めぐむにいちゃんの部屋行っていい?」

「もう、ユータは! ちゃんとご挨拶した? めぐむ君、ごめんね。いいかな?」


「いいですよ。行こっ! ユータ」

「うん」



ユータは、幼稚園の制服のまま足を投げ出す。

この姿も今日で見納めか。


子供はあっという間に大きくなる。


ふふふ。

そんな風に思えるのも僕が大人になってきたからかもな。


「ユータも幼稚園卒業かぁ」


しみじみとユータを見る。

ユータは、いつもの通り、生意気そうに答える。


「まあね」


ちょっと不機嫌そう。

なんか、ユータらしくない。


「あまり嬉しそうじゃ無いね」

「うん」


「どうしたの?」


ユータは、僕の顔をチラッと見ると、ボソッと口にした。


「実はね。めぐむ兄ちゃんに相談があるんだけど……」

「なあに?」


ちょっとした間。


いつもはもっと元気いっぱいなのに。

いよいよユータらしくない。


いや、それほど重要な事なのかも。

僕は、じっとユータの言葉を待つ。


「フーカと違う小学校になっちゃうんだ……」


僕は、腑に落ちた。


「そうなの? なるほど、それで元気ないのか……」

「フーカと同じ小学校が良かったな……」


ユータの悲しそうな顔を見ているとこっちまで悲しくなってくる。


「そっか……」


僕は、ユータの頭をポンポンと撫でた。




ユータは、僕を見上げる。


「それでさ。フーカ、卒園式の時、女の子に囲まれて手紙とか貰ってた」


「ふーん、ユータは貰わなかったの? お手紙とか?」

「もらってないよ」


「じゃあ、羨ましかったとか?」

「違うよ!」


ユータは僕を睨む。


「そうだよね。ごめんごめん」


「フーカと目が合ったんだけど、僕は目を逸らして帰ってきちゃったんだ」


僕は、黙ったままユータの話に耳を傾ける。


ユータは唇をキッと噛んだ。

その表情は、みるみるうちに曇る。


「だから、フーカにさよなら、言えなかった……」


今にも泣き出しそうなユータ。


「さよなら、言えなかった」


もう一度つぶやくと、そのまま僕の胸飛び込んで来た。


相当、心残りだったのだろう。

うっ、うっ、と嗚咽を吐きながら泣く。


「そっか……よしよし」


僕は、ユータの頭を撫でてあげた。

でも、ちょうど良かった。


「ねぇ、ユータ、別にフーカ君とさよならしなくていいんだよ」

「えっ? そうなの?」


ユータは、顔を上げる。


「うん。小学校が違くたって、ユータが本当にフーカ君を好きなら大丈夫なんだ」


そうなんだ。

今のユータは幼稚園が世界の全て。


でも、歳を取ると分かってくるんだ。

小学校、中学校、高校と、世界がどんどん広がっていくことに。


だから、小学校が違うなんて小さい事なんだ。


「本当?」


僕の顔を覗き込む。


「うん、本当」

「やった!」


ユータは、素直に喜ぶ。

そんなユータを微笑ましく見ながら、僕は付け足す。


「でもね、ユータ。ちゃんと気持ちをフーカ君に伝えないとわからないかも」

「どうゆうこと?」


僕は人差し指を立てて言った。


「ユータがフーカ君に好きって言葉に出して言う。ずっと友達でいてって」

「さよならじゃなくて、好きっていうの?」


ユータは、不思議そうな顔をする。

何が違うのかピンときていないようだ。


「そう」


僕は、大きくうなずく。


「でも、フーカ君が、イヤだって言ったら諦めるんだよ」

「うん。わかった」




僕とユータはそんな話をしてゲームをして遊ぶ。

ユータは、ずっと気にしていたようだ。


今は、心のつかえが取れたのか、無邪気に遊んでいる。

すっかり元気になっていつものユータだ。


よかった。

やっぱり、離れ離れは寂しい。


でも、大丈夫。

好きだっていう気持ちがあれば。


ああ、そうか。

半分は自分に言い聞かせているんだなって気づいた……。




ゲームで遊ぶのはひと段落ついた。

ユータは、ゲームを置いて言った。


「ねぇ、めぐむ兄ちゃん。さっそく、好きって言いたい。会いに行こう!」


「待ってよ。約束してないんでしょ? 会うの」

「うん」


「じゃあ、会えないかもしれないよ」

「でも、会えるかもしれないよ」


ユータの決意は固そうだ。

真っ直ぐに僕の目を見つめる。


うう。

そんな純真無垢な瞳を僕に向けないで!


「ああ、もう!」


弱いんだよな。そういう真剣な眼差し。

僕は、しぶしぶ了解する。


「いいよ。どこ? こないだの公園?」

「うん」


ユータの嬉しそうな笑顔。


まったく。

僕も甘いな。


でも、ユータの笑顔でキュンとしちゃう。


「オーケー」



僕とユータは叔母さんに事情を話した。

と言っても、告白しに行く、とは流石に言えず、幼稚園に忘れ物したかもしれないから取りに行く、という事にした。


叔母さんは、僕に言った。


「悪いわね、めぐむ君」

「いいんですよ。遅くなるようならお家に送りますから」


僕は、なんでもないです、というように手を横に振る。


「ありがとう、めぐむ君。ユータ、お兄ちゃんの言うことを良く聞くのですよ」


ユータは、叔母さん前では猫被り。


「はい! じゃあ、行ってきます!」


甲高い声でそう言って、手を上げた。




僕達は電車に乗って、幼稚園の近くにあるストロベリー公園に向かった。


電車でひと駅。


ユータは、車窓からの景色を眺めながら、ボソボソ何かを言っている。

よく聞くと、フーカ君に関する事のようだ。


何だろう?

練習でもしているのかな?




電車を降りて、しばらく歩き、目的地のストロベリー公園に到着した。


公園を見回すと、親子連れで賑わっている。

同じ幼稚園の制服を来た子供たちが何人かいる。


親御さんらしき人達もいるから、卒園式の帰りに立ち寄ったのだろう。

親同士の立ち話もあちらこちらでしているようだ。


ユータは、公園の真ん中まで走り、キョロキョロ辺りを見回す。


そして肩を落とした。

いないようだ。


僕は、ユータのそばに近づき肩を叩く。


「いなかった?」

「うん……」


ユータは下を見たまま答えた。


何か声をかけなきゃ。

僕は言った。


「ユータ。まだフーカ君、家に帰ってないのかもよ。しばらく待とうか?」


ユータは、僕を見上げる。


「うん!」



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