年下の男の子(3)

ストロベリー公園の砂場では、ユータとふうかちゃんの大作が完成しようとしていた。

大きな砂山に、大トンネル。


ちょうど今まさに開通したようだ。

喜びのハイタッチが聞こえる。


ふふふ。

二人の笑顔を見ると、こっちまで嬉しくなってくる。

僕は、久遠さんに言った。


「それにしても、ふうかちゃんって可愛いですよね。ユータも可愛いですけど、やっぱり女の子は可愛いなぁ」

「ははは。やっぱり、フーカは女の子に見えちゃいますか? フーカは男の子なんですよ」


「えっ?」


僕は、驚いて久遠さんを見つめる。

真剣な眼差し。

冗談ではなさそうだ。


「すっ、すみません。あまりにも可愛かったもので……」

「ははは。いいんですよ。名前もフーカなので、よく女の子と間違われるんです。だから、半分は僕のせいでもあるんです」


「でも、男の子だって、可愛いことには変わりないですから。そうか、ふうかちゃんじゃなくて、フーカ君か」


そっか。

フーカ君。

なんだか、男の子と聞いた途端、妙に親近感生まれた。


そう言われてみれば、僕もフーカ君のようだったのかもしれない。

僕みたいに、『女の子みたい』っていうのがコンプレックスにならないといいなぁ、と密かに思った。



ふと、時計を見る。

まだ、お昼には時間はある。

でも、両親からは、ユータのお昼を任せられている。


食材を買ってお昼の支度をするとなると、そろそろ引き上げた方がよさそうだ。

僕は、久遠さんに声をかける。


「久遠さん、僕達はそろそろ帰らないといけません。お先に失礼します」

「そうですか。今日は、お会いできてよかったです、めぐむさん。では、また」


久遠さんは、お辞儀をする。


「ええ。僕も久遠さんとお会いできてよかったです。では、また」


僕もお辞儀を返す。

では、また。か……。


『また』は、あるのだろうか。

そんなことを思いながら、僕は砂場の方に足を向ける。


「ユータ! そろそろ帰るよ!」




家に帰る途中で、駅前のスーパーに立ち寄る。


「ユータ、何食べたい?」

「なんでもいいの?」


「お兄ちゃんが出来るものならね!」


僕は、偉そうに胸をはる。


「じゃあ、お寿司がいいな!」

「ぶっ! 幼稚園生のくせに生意気な! よし、カレーにしよう。いいね、カレーで!」


「ちぇ、なんだよ。カレーしかできないなら最初からそう言ってよ。期待しちゃったよ」


僕は、いーっという顔をしてユータを睨む。


ははは。

なんだかんだいっても、僕は、ユータと同レベルだな。


久遠さんみたいな大人の人とは雲泥の差。

僕はまだまだこっち側の人間なんだ。

そんな事を思いながら、野菜コーナーに足を進めた。



家に着くと早々にカレーを作り始めた。

野菜をカットしてお肉を炒めて、ぐつぐつ煮込む。

ルウを溶かし、あとは弱火で煮込むだけ。


僕は、エプロンをしたまま、リビングに入る。

ユータは、ソファでごろっとしながらテレビを見ていた。

ユータは、僕の顔をみると突然言った。


「ねぇ、めぐむ兄ちゃん、まさきって誰?」

「えっ?」


心臓が、バクバク打ち始める。


「ユータ、どうしてその名前知っているの?」

「だって、昨日の夜、寝ている時にお兄ちゃんが言っていたから……」


「お兄ちゃん、そんな事言ったかな?」

「言ったよ。僕がお兄ちゃんのおっぱいを吸っている時に」


おっぱいを?


吸っている?


時?


サーっと血の気が引く。



「へっ? もしかして、起きていたの?」

「それはそうだよ。だって、寝れない時におっぱい吸うと落ち着くんだ。そうすると寝れるの」


「そっ、そうすると、そのとき、まさきって聞こえたのね?」

「うん、そうだよ」


はぁ、はぁ。


やばい。

雅樹の名前を聞かれてしまうとは。


何という不覚。

汗がどっと噴き出す。


僕は、そっと、ユータに問いかける。


「他に、お兄ちゃん、何か言ってた?」

「うーん、何か唸っていたみたい。でも、忘れちゃった。すぐに寝ちゃったから」


ユータは、そう言うと、もう興味を失ったのか、プイっとテレビの方を向いた。


ほっ。

危なかった。


僕が、雅樹と、そう僕がずっと憧れていた彼と付き合っていることは、誰にも秘密なんだ。

僕は、エプロンの端で汗を拭いた。


「雅樹はね、お兄ちゃんの大事なお友達なんだ」

「へぇ」


「さぁ、カレー食べようか!」


ユータは、とびっきりの笑顔になる。


「うん! 食べよう! 僕もうお腹ペコペコなんだ!」




ユータは、子供の割にはたくさん食べた。

お替りをしてくれたのには、正直とても嬉しかった。


ああ、これこそまさしく主婦の喜び。

ユータは、すべて食べ終わると、グラスの牛乳を一機に飲み干した。


「ぷはっ!」


いっちょ前にそんな声を上げる。

僕は、ユータの口の周りを拭いてあげながら言った。


「どうだった? お兄ちゃんのカレー。辛かったかな?」

「ううん、美味しかった!」


「良かった!」


僕は、思わず両手を叩く。


「僕、めぐむ兄ちゃんをお嫁さんに貰ってもいいよ!」

「何、生意気言ってるの! しかも、お兄ちゃんは男の子だから!」


ユータの鼻をぎゅっと掴む。


「痛い、痛いよ! 冗談だよ!」

「全く、ませているんだから!」


その言葉とは裏腹に、僕はユータの頭を、いい子、いい子するように撫でた。




午後は、特に何をするでもなく、のんびりしようってことになった。

ユータは、お昼寝をして、しばらくゲームで遊んでいた。


僕は、この間に宿題でもやろうかと机に向かう。

ユータは、ふと、ゲームをする手を休めてつぶやく。


「あー、早く明日にならないかな。早くフーカに会いたいな」


明日は幼稚園があるから、フーカ君に会えるのだ。


僕は、机を離れてユータの前に座り込む。

なに? といったユータの顔。

僕は、ニヤニヤしながら言った。


「ねぇ、ユータ、もしかして好きな子ってフーカ君でしょ?」

「えっ? いっ、いいでしょ! そんな事!」


「図星だ!」

「ずぼしって?」


「あたりってこと!」

「ちっ、違うよ!」


ユータは、そっぽを向く。

クスクス。


顔を真っ赤にして照れちゃって。

可愛いんだから。


僕は、ユータのぽっぺをツンツンと突く。

ユータは、「やめてよ!」と、僕の指をはねのける。


「それより、めぐむ兄ちゃんはさ、フーカのパパの事をカッコいいって思ったんでしょう?」

「えっ!」


ドキっとして目を見開く。


「ふふふ、それ、図星って奴だ! あはは」

「ぷっ、一本取られたかな」


大笑いするユータに、照れ隠しに腰のあたりをこちょこちょする。

ユータは、キャッキャ笑うと、はぁ、はぁ、もうダメとお腹を抱えた。


ユータは、寝転びながら息絶え絶えになっていたが、しばらくして、やっと落ち着きを取り戻しす。

ユータは言った。


「うんとね、ママが、フーカのパパはカッコいい!って言っていたんだ。あっ、でもこれ内緒だった!」

「ふふふ。大丈夫だよ。お兄ちゃん秘密にするからさ」


僕は、ユータにウインクしてみせる。


なるほどね。

ユータにカマをかけられたって事か。

本当に、生意気なんだから!クスッ。




夜になると、叔母さんがユータを迎えに来た。


「はい、めぐむ君。これお土産ね」

「すみません。頂きます」


お菓子の箱。

わざわざ、買ってきてくれたようだ。


僕は、お菓子の箱をお母さんに渡すと、リビングでくつろいでいたユータに声をかける。

ユータは、嬉しそうな顔をして「ママ!」と声を上げて、叔母さんに飛びついた。


「あらあら、甘えん坊なんだから、ユータは」


叔母さんは、抱きつくユータの頭を撫でてあげている。


ふふふ。

なんだかんだいっても、幼稚園生だもんね。

ママに会えなくて寂しかったんだ。


「いい子にしてた? ユータ」

「もちろんだよ。ママ!」


僕は、ほのぼのとその光景を見守る。

ユータは叔母さんに抱きつきながら、チラッと僕の顔を見た。

不敵な笑み。


ぶっ!

なんだよ、ユータは演技しているの?

ほのぼのして損した。


「ありがとね。めぐむ君」


突然、叔母さんにふられてビクッとした。


「いっ、いいえ。ユータ君、いい子でしたから」

「本当? ならいいけど」


焦った。

ユータは、そんな僕を見て、ニヤニヤした。




帰り際、僕はユータを呼び止めしゃがんで話しかける。


「また、おいで。ユータ」

「うん。ところで、めぐむ兄ちゃん。今度、恋人の事教えてよ! まさきって人があやしいけど!」


「ユータこそ、好きな子の事、白状しなさいよ! フーカ君だと思うけど!」


僕達は、ニコッと笑う。

そして、僕とユータは、パチン!とハイタッチをした。


「またね!」


そう言って、僕とユータは互いに手を振った。

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