年下の男の子(2)

お風呂を上がり、僕とユータはパジャマに着替え、リビングでくつろぐ。

ただ、両親は、ユータが可愛くて仕方がないようで、質問攻めが続く。


僕はユータが可哀そうに思い、もう寝るからと、僕の部屋へ連れ出した。


ユータは、僕の部屋でさっそくゲームを始めた。

すぐに夢中になる。

両親の前では、おくびにも見せなかったけど、ゲームをしたくてうずうずしてたに違いない。


ユータは偉いな、と率直に思う。

たまに幼稚園生とは思えない面を見せる。

僕が幼稚園の時はどうだっただろう?

よく覚えてないけど、もっと我儘だったのではなかったか。


ふと、時計を見た。

ああ、そろそろ本当に寝る時間だ。

寝る準備をしないと。


僕は、ユータに声をかける。


「さぁ、ユータはベッドに行って!」

「うん。分かった」


ユータは、ゲームの画面を見ながら、僕のベッドに移動する。


「あーあ、やられちゃった!」


ユータは、万歳してゴロッと寝転ぶ。


「ははは、じゃあ、寝よう!」



僕は、テーブルをしまって布団を引いた。

ベットに寝転ぶユータに話掛ける。


「本当に一人で寝れるの? お兄ちゃんもベットで寝た方がいい?」

「大丈夫! いつも、一人だもん!」


「本当に?」

「本当!」


ユータは口を尖らす。


「そう? じゃあ、夜中、おしっこ行きたくなったら起こしていいからね」

「うん!」




んー。

寝苦しい。

僕は、胸の辺りに圧迫感を感じて目を開けた。


枕元に置いたスマホを手に取る。

眩しさに目を細める。

時間を確認すると、まだ寝付いてまもない。


うーん、それにしても、なんだか、胸のあたりが……。


はっ!


よく見ると、僕の上に乗っかるユータの姿。

あっ、だめ……。


ユータは、僕のパジャマを捲り上げて、僕の乳首に口を付けてちゅっぱ、ちゅっぱ吸っている。


痛気持ちいい。


感じちゃうよ、ユータだめ!


そう思って、ユータに声を掛けようとして思い留まる。


ユータは、寝ぼけているようだ。

よく見れば、口をもごもごさせて赤ちゃんみたい。

おっぱい吸っちゃって、ママじゃないよ。


クスっ。

ああ、ユータってかわいいな。

このギャップが堪らない。


うん。

そっとしておいてあげよう。


クスクス、それにしても、やっぱり、僕の所に来ちゃったんだ。

僕は、ユータを起こさないように優しく背中をポンポンたたいた。




明けて次の日。

ウキウキするユータを連れて電車に乗り込んだ。


ユータは、小さいリュックを背負って扉の窓越しに外の景色を眺める。

あまり、電車には乗った事がないのかもしれない。

目をキラキラさせている。


ユータは、指をさして叫んだ。


「確かこの辺、うん、この辺!」


地図を事前に確認したところ、確かに目的地のストロベリー公園は、線路際だった。

なるほど、だいたい行き方は分かった。


駅に着くアナウンスが入り、僕はユータの手を握った。


「さぁ、降りるよ!」

「うん!」



ストロベリー公園に着いた。

ユータは、公園を一通り見渡し、滑り台を指さした。


「あッ! フーカ!」


ユータは、そう叫ぶと、その人物の方へ走っていく。


ユータがふうかと呼んだ子は、こちらを見た。

そして、満面の笑みを浮かべる。

すぐに、「ユータ君!」と叫んで手を振る。



ふうか、ちゃん?

その子の服装は、チェックのシャツにオーバーオール。

ユータより少し小柄。

女の子? かな。


僕は、微笑みながら、ユータの後を追う。

ユータとふうかちゃんは手を繋いで楽しそうに何やら話している。

仲良しさんなんだ。


僕は、改めてふうかちゃんを見る。

垂れ目でつぶらな瞳。

肌は色白で、髪の毛は少し長めでサラサラしている。


ふうかちゃんは、ユータと話していると、ころころと可愛らしく笑う。

カワイイ。

ユータったら、こんなに可愛い子と仲良しだなんて、なかなか隅に置けない。



ふうかちゃんは、僕に気が付いたようだ。

僕は、しゃがんで声をかける。


「ふうかちゃん。はじめまして。ユータのお兄ちゃんです」

「お兄ちゃん? はじめまして。フーカです」


ふうかちゃんは、ペコリとお辞儀をした。


へぇ。

幼稚園生なのに、しっかりとしている。


ユータは、なぜか誇らし気に、へへへっ、っと鼻の下を指でこすっている。

ユータは言った。


「砂場にいこう! フーカ!」

「うん!」


ふうかちゃんは、健気にユータの後を追いかける。


へぇ。

仲がいいというより、恋人同士みたい。



はっ。


僕は、ピンと来た。

ああ、ユータが好きって子は、ふうかちゃん、だ。


きっとそうだ。

確かに、優しそうだし、可愛いもんね。

僕が、腕組みをして、うんうん、と、ひとり頷いていると、後ろから誰かに声をかけられた。


「あの」


振り向く。

えっ?


そこには、涼し気な笑顔の男性。

優しそうな垂れ目な目元。

ふうかちゃんと同じ、サラサラの髪の毛。


肩幅が広くて、背が高くてスラっとした体格。

もしかしなくても、ふうかちゃんのお父さんだ。


視線が合う。


「ああ、だめ……」


僕はうわごとのようにつぶやく。


ドクっ、ドクっ。


鼓動が早くなるのを感じる。


やばい。

かっこいい。

僕は、慌てて視線を外す。


でも、そこには、胸元まで空いたシャツから、鎖骨から胸板のふくらみが目に入る。

ちらっと見えるネックレスの鎖が、大人の雰囲気を醸し出している。


キュン。


はぁ、はぁ。

だめ……雅樹以外の人にこんなにときめいてしまったら。

僕は自分を戒める。


その男性は、僕に言った。


「こんにちは。えっと、大丈夫ですか?」

「はっ、はい」


僕は辛うじて答える。


「僕はフーカの父親です。あなたは?」

「はい! 青山 恵です! ユータの従兄弟です!」


はっ。


初対面なのに、氏名まで明かして自己紹介をしてしまった。

恥ずかしくて、顔が熱くなる。


その男性は、一瞬驚いた顔をしたけど、すぐに優しく微笑む。


「これはこれは、ご丁寧に。僕は、久遠 徹くおん とおると言います。ところで、ユータ君のママに何か?」


久遠さんは、心配そうに言った。


ユータ君のママ?

すこし、ぼぉっとしていて、頭が思うように働かない。

いけない、いけない。

僕は、かぶりを振る。


ママ?

ああ、そうか。

どうして、ここにいるのがユータのママじゃないのか? ってことか。


「あっ、いいえ。叔母は、ちょっと家を空けるとのことでユータを一晩預かったんです。だから、今日は僕が付き添いなんです」

「そうですか。何かあったのではと心配しちゃいました」


そう言った、久遠さんは、小首をかしげて微笑む。

大人なのに、子供のような無垢な笑顔。


ああ、そんなの反則だよ。

ドキドキが止まらない。

僕は、誤魔化すように話し出す。


「あっ、あの、ふうかちゃんとは、仲良くしてもらっているんですね」

「ええ、フーカはユータ君が大好きのようで、いつもユータ君にべったりなんです。ふふふ」


久遠さんは、手の甲を口に当てて上品に笑う。

僕はそのしぐさに見とれてしまう。

ああ、細くて長い指。



はっ。

どうしたんだろ、僕は……。

今日は、何かおかしいぞ。


「えっ、ええ。ユータもふうかちゃんの事が大好きみたいです。一緒に遊べるという事で、電車に乗ってきました」

「そうですか。それは、大変でしたね」


「いいえ、そんな事。ほら、あんなに楽しそうに遊ぶ姿を見ちゃったら、無理してでも来て良かったと思います」


僕は、砂場で大きな山を作って遊ぶ二人に視線を移して言う。

久遠さんも、僕につられて二人を見る。


「そうですね。ふふふ」




僕は、久遠さんの横顔をちらっと見る。

カッコいいな。

でも、雅樹とは全く違うタイプ。


いままで、自覚はなかったけど、僕は久遠さんみたいな大人の人に弱いのかもしれない。

そう思える僕は、冷静に久遠さんを見れるようになってきたって証拠。


よかった。

このまま浮気に走っちゃうことが無くて……。


ごめんね、雅樹。

ちょっと、気になっただけだから。


大丈夫だからね。

僕は、心の中でそうつぶやいた。

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