それぞれの恋

いちみりヒビキ

年下の男の子(1)

家の玄関先。

僕の手には、男の子の小さい手。


男の子は、僕を見上げる。

ニコッと、微笑んで上げると、男の子も、照れた面持ちで微笑み返す。


叔母さんは、片手を上げて言った。


「……ということだから、めぐむ君、お願いね」

「はい、分かりました」


僕は、男の子の手をぎゅっと握りしめた。




男の子の名前は、ユータ。


僕のいとこだ。

今年、幼稚園の年長さん。


来年は小学生だなんて早いものだな。

思わず感慨にふける。

ついこの間は、抱っこしてあげたけど、年長さんともなると、抱っこするのも嫌がりそうだ。


今日は、ユータの母親、つまり叔母さんが同級会があるとかで一晩留守にする。

あいにく、叔父さんも出張中だそうで、ユータをうちへ預けに来たのだ。


僕とユータは、叔母さんが、マンションの廊下から見えなくなるまで手を振り続けた。




大きくなったと言っても、まだ幼稚園生。

一晩といえど、両親と離れ離れになるんだ。

さぞ、寂しいだろう。

優しく、ケアしてあげなきゃ。


僕は、ユータの手を取って、家の中に入る。

そして、しゃがんで言った。


「ユータ、泣かないで偉いぞ!」


僕は、ユータの頭をそっと撫でる。

あどけない表情で、キョトンとしている。

戸惑った表情にも見える。

もしかして、状況をちゃんと掴めてないのかな。


「大丈夫だからね」


僕は、ユータ頰に優しく手を添える。

かわいい。


ユータは言った。


「めぐむ兄ちゃん! 早く、遊ぼうよ!」

「あれ、ユータ寂しくないの?」


「寂しくないよ。なんで?」


あれ?


驚いた。

今時の幼稚園生ってこんなに大人びているもの?


僕は、ユータに手を引っ張られながらリビングへ向かった。




結局、ユータの希望もあって僕が面倒をみることになった。


お母さんは、何かとユータの世話をやきたがったが、ユータが「めぐむ兄ちゃんがいい!」と突っぱねて、ようやく諦めた。


どうも、お母さんは、わんぱくな男の子の世話をやきたかったようだ。

僕がおとなしくて、手がかからない子だったせいかもしれない。


「そうね、残念」


お母さんは、そう言って肩を落とした。


「ねぇ、お兄ちゃんの部屋で遊ぼうよ!」


ユータはそう言って、僕の腕を引っ張った。



「へぇ、ここがめぐむ兄ちゃんの部屋なんだ」


ユータは、部屋を見回すと、ベットの縁にちょこんと座った。


「ユータ、もっと小さい頃に来たことあるんだけど、覚えてない?」

「よく覚えてないや」


「そっか、まだ小さかったからね」


そうなのだ。

ついこの間遊びに来た時は、ユータを抱っこしてあやしてあげたっけ。

子供の成長は早いとつくづく思う。



僕は、ユータを改めてみる。

短く切った前髪。

一見、上品そうだけど、イタズラ好きそうなキラキラした目。


にっこりした笑顔がキュンとくる。

僕の可愛い従兄弟の男の子。



「なんで、僕の顔をじろじろ見るの? 何か付いている?」


ユータは、口の周りを手の甲で拭う。


「ううん。なんでもないよ」


僕は、慌てて目を逸らす。

幼稚園の年長さんともなると、しっかりと自分の意見を持って喋る。

こうやって、普通に会話できるのが不思議だけど、とっても嬉しい。


「ところで、めぐむ兄ちゃん。恋人いるの?」

「へっ? こいびと?」


僕は、何かの聞き間違いかと思って聞き直す。

まさか、幼稚園生の口から恋人なんて言葉が出てこようとは。


「めぐむ兄ちゃんって、高校生でしょ? 高校生って恋人いるんでしょ?」

「そんなの、誰が言っていたの?」


「幼稚園の先生。あれ? もしかして、兄ちゃんは恋人いないの?」


ユータは、僕を残念な目で見る。


全く、最近の幼稚園の先生は何を教えているのか。

僕は、悔しくなってついムキになって言った。


「いっ、いるに決まっているじゃん!」

「えー? 本当かな?」


ユータは、じとっと疑いの目を僕に向ける。


「もう! 生意気!」


僕は、ユータの髪の毛をシャカシャカ撫でた。


僕は、トレーに載せたジュースをユータに渡す。

ユータは、美味しそうに、チューっと飲んだ。


ああ、そうだ。

ユータの為に用意していたんだった。

僕は言った。


「ねぇ、ユータ。ゲームする?」

「えっ? ゲームあるの? していいの?」


「うん、いいよ」


僕は、最近はあまり使ってなかった携帯型のゲーム機をユータに手渡す。


「やった! これ、やりたかったんだ! 友達みんな持っているんだけど、ママ買ってくれないんだ」

「そっか、なら思う存分やっていいよ」


やった!っとユータの叫び声。



ユータは、喜々としてゲームをやり始めた。

生意気でもやっぱり子供なんだ。

僕は、ゲームに夢中になるユータを眺めながら、クスっと笑った。




夕ご飯ととり、お風呂の時間。

僕は、ユータに尋ねる。


「お兄ちゃんと一緒に入ろっか?」

「うん!」


「ユータは、自分で服を脱げる?」

「そんなの当たり前だよ!」


ユータはさっさと服を脱ぎ、一目散にお風呂場へ入った。


「ユータ、痒いところある?」

「ううん、大丈夫」


僕は、シャカシャカとユータの髪の毛を洗ってあげる。

最後にシャワーでシャンプーを流すと、ユータは気持ち良さそうに顔を拭った。


「ねぇ、お兄ちゃん?」

「ん? なーに?」


「お兄ちゃんのってちっちゃいね」


グサっ!

ユータは、僕のをまじまじ見つめる。


「何言ってるの! ユータよりは大きいでしょ!」


「そんなの当たり前だよ。僕、まだ幼稚園生だもん」


正論だ。

ぐぅの根も出ない。


「パパのは、もっともっと大きいよ」

「あー、なんだ、パパと比べてかぁ。うん、そりゃ、僕は小さいよ。だって、まだ高校生だもん!」


「それにしても、小さくてかわいい!」

「なっ、生意気め!」


「お先ー!」


ジャポン!


ユータは逃げるように湯舟に浸かった。

僕は、ユータを睨む。

ユータは、へっちゃらだよ、っていう態度。


「まったく、ほんっとに生意気なんだから!」




湯船に一緒に浸かる。


「ねぇ、ユータ」

「何? お兄ちゃん」


「幼稚園楽しい?」

「うん! 楽しいよ!」


「よかった。ユータは、運動得意だから何でも出来るもんね?」

「うん。僕、足速いよ。走るの得意!」


ユータは、得意げな表情。

走ることに関しては、全くと言っていいほどいい思い出がない。

僕は、水面を見つめながらつぶやく。


「へぇ、いいなぁ。お兄ちゃんなんて、いっつもビリだったよ」

「そうなんだ……じゃあ今度、競争しようよ! 僕、お兄ちゃんに勝てるかも!」


ユータは、嬉しそうに言う。



うーん。

競争したらどうなるんだろう。

まさか、ユータに負けたりして……。


まさかね。

いくらなんでも……高校生と幼稚園生だから。


僕は、動揺を悟られないように言った。


「ははは、お兄ちゃんがいくら遅いって言っても、流石にユータには負けないよ!」

「それもそうだね! あはは」


ユータはすんなり同意する。

ほっ。

じゃあ、競争しよう!って言われなくて良かった……。

まったく、ヒヤヒヤする……。



「ところでユータ。足が速いなら、女の子にモテるんじゃない?」

「どうかな。僕はそんなの、興味ないもん」


「ふふふ、そっか。そうだよね。幼稚園生じゃ、好きとか嫌いとか恋愛は早いもんね」


僕は、ユータの鼻の頭をちょんと触る。


「あー! いま、幼稚園生をバカにした!」


ユータは僕の指を払いのける。


「そんな事ないよ。あれ、もしかしてユータ、好きな子いるの?」

「いるよ!」


ユータは、ムキになって頬を膨らませる。


「へぇ、いるんだ。どんな子?」

「優しくて、その、笑うと可愛いんだ」


「そうだよね。優しい子に惹かれるよね。うん」


そっか。

ということは、ユータは初恋は済ませているのか。


最近の子は、本当にませているんだなぁ。

僕がそんな事をしみじみ考えていると、ユータが言った。


「ところで、明日、行きたいところがあるんだ」

「いいよ。どこ?」


「幼稚園の近くの公園。ストロベリー公園って言うんだ」


ユータの幼稚園の近くか。

隣駅。

大人の足だと歩けない事は無いけど、ユータと一緒だったら、電車かな。


「オーケー、じゃあ、電車に乗って行こっか?」

「うん!」


明日の計画はできたっと。


「さて、そろそろお風呂あがろう!」


僕とユータはザバッと立ち上がり脱衣所へ向かった。


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