第7話

 俯きながら去って行く彼女の背を見る。

 言葉をかけたかった、けれど彼女は、こちらを向いてなどくれない。

 「………。」

 でも、おかしくないか?

 喉元まで出かかっている言葉が、なぜかせりあがってきているのに出せない。

 やばい、何か。

 「ねえ。」

 「………。」

 「何?」

 あ、と思った。声が出た、彼女がこちらを振り向いた瞬間、何かがはじけるように時間が動き出したかのようだった。

 「私、死ぬわけじゃないから。」

 「それなんで分かるんだよ。てかどこ行くんだよ。やっと会えたじゃん、お前もさ、何か色々あったみたいだけど、私だってそうなんだ。」

 「分かってる、みんなが大変だってことは分かってる。だから、」

 「だから行くの。」

 「え。」

 口から出た言葉はとても素っ頓狂なものだった。

 ちょっと、アホなんじゃない?と聞かれそうなほど素直で、自分でもびっくりしていた。

 そして、椎子はいなくなっていた。

 どこか、私の知らない場所へ行ってしまったのだろう。


 「利人君。」

 「椎子?」

 私は、驚いていた。

 あそこから退避して、皆は散り散りになっていた。正直、会合を持とうとか、そんなことを言っている場合ですらなかった。世界は激動していた。だから、その流れについていくだけで、それだけでとてもとても必死だったのだと思う。

 「何で、場所分かったの?もしかして誰かに聞いた?」

 私は部屋にこもっていた。

 寮生活は苦しいものだった、けれど反面自由でもあった。家族に縛られて生きていた私にとって、そこは天国ともいえるような場所でもあった。

 「うん、調べたの。人に聞いたりしてね。私、実はここからいなくなるの。」

 「は?どこ行くんだよ。行き場なんて無いだろう?」

 その通りだ、今は人が住めるような場所なんて、どこにもない。

 私たちが住んでいたところよりももっと、大変な環境にある人たちだって多く見た、だから今は、極力今生きている人間を養っていくためにはどうするか、をまともに話し合うことでしか、生き残るすべがないと言っていい程だった。

 「はあ、やめよう。」

 「どうして?」

 椎子は目を見開いていた。でも、私だって本気だ、彼女がどこかへ行くというのなら、それについて行ってしまいたいという思いが募っていた。

 幸い、私にはもう手のかかる母はおらず、一人で生きていける女性がそこにいるだけだった。

 そうだ、私には何もない。

 何もないのだから、こうやって私に会いに来てくれたのは、でもきっと私も会いに行ったのだろう。だから、

 「新しいところに行くのなら、私も行くから。」

 「…好きにしなよ。」

 と言い、椎子の膨らませた顔を眺めた。

 

 そして、

 そして今。

 椎子はいなくなってしまった。

 最初から、私など置いていく気だったのだろう。

 というか、連れていける場所ではなかったのだ、多分、椎子は私なんかが把握できるような存在ではないのかもしれない。

 ああ、こんなことになるのだったら、もっと、大事にしておけばよかった。

 私は、何がしたかったのだろうか、なんて、そんなことを彼女の背を見送りながら考えていた。

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