第4話
何か間違っているというのなら、きちんとそれを伝えて欲しかった。
「これ、ほら。」
得意げな様子で見せつけている、このかばんには見覚えがあった。
「あ、もらったんだね。」
「そうなの。」
笑いながら彼女は自分を肯定した。
私は、いつまで経ってもこんなこととは縁がなくて、この人と話しているといつもそんなことばかりを考えてしまう。
「いいわね、もらえる物はもらいなさいよ。でも、何でそんなものあげたって気持ちは奪えないって分かってるのに、男ってバカだよね。」
「そんなことないよ、マジで好きな人もいるし。かばんって、魅力なんだよね。私にとっては理想に近いっていうか。」
「へえ。」
話は適当に聞いておく、まじめに聞いたって結局、全てが彼女の自慢話で終わってしまうだろうから。
「おい早く来い。」
「…分かった。」
全身で不服を表しているのに、彼はそれに気付けない。
「これ見ろ、上等なものなんだ。二人で食おうぜ。会社の人がさ、くれたんだ。その人実家が金持ちらしくて、たまにそういう事があるんだよな。」
「そうなの、良かったね。」
「おう。」
この人には、嫌味を伝えたって伝わらない。逆に、それが良いという人だっているのだろう、素直で、表裏が無くてよく言えば純粋、悪く言えば馬鹿野郎。
だが私はこの人のことをクソ馬鹿野郎だと思っているし、それに対して悪いという感情すら抱いたことがない。
なぜなら、この人は私のすべてを一切否定しないからなのだ。
自分も、何か何も恐れないでぐいぐいと表立っているけれど、他人に対しても悪くいう事がない。
なぜ、そうなったのかは分からない。
元々、生まれつきなような気さえしている。
けれど、私はこの男が嫌いだった。
とっとと別れたかったけれど、そうさせてくれない。
何に対しても優しい、それで通っているこの男の唯一の弱点と言っても良いのではないだろうか、ホント、いい迷惑だ。
「私もう帰るから。」
「待てよ、食ってけよ。」
「いいよ、勝手に食べなよ。別に気にしないから。」
「そうか、分かった。」
嫌味が通じない、こんなことってある?
私は部屋に帰り布団に潜り込む。
そして、ぼんやりと考えている。彼のことと、そして自分のことを。
「私は、彼と別れればそれで幸せなのだろうか、本気になれば彼だって追ってこないのは分かっている。けれど、それですべてが正しいのかが分からない。」
なんて、呟いてみる。
私は孤独だ、彼はそれを知っている。
元々、居場所など無かったのだ。
椎子は、そう思っている。
逃げ遅れなくてよかった、あの災害の中だったらきっと死んでいた。家族もいない私が一人で生き残るのは苦行にすら近かった。しかも、私はあそこで随分と都合よく利用もされていたし。
はあ、何なのよ。いい加減にしてよ。
私って、何がしたいのかしら。とか、そんなことを思うと全てが手さぐりになってしまうから、私はまた昔のことを思い出す。そうして気を紛らわせている。
私は、あそこで神と呼ばれたことがある。
血縁がなく、しかしずば抜けて数学系の問題に強く、でもそれだけのことだったのに。
あの頃はたった一人だった、今もそう変わりはしないけれど、もっと、別次元の、救いようのない暗さを抱えていた。
だから、他人から無条件に慕われるあの状況は、私にとって快楽に近いものだったのかもしれない。
ぞくりと背中を走る、妙な高揚が私を覆っている。
そのまま寝てしまえば、もう何も考える必要などなかった。
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