第3話
私も納得していた。
家族皆でこの町に来ることを、誰一人反対する者のいない決定事項だった。
しかし、一人だけ。
「
と声をかけると、とたとたと急いだような足音を響かせ、戸の前に表れる。
「うわあ、よく来たね。」
「うん、入っていい?」
「もちろん、どうぞ。」
「じゃあおじゃまします。」
「はーい、どうぞ。」
安っぽサンダルをつっかえて、乱れた髪を直すこともなくこの人は毎日を過ごしている。けど、それが分かっていても指摘などするつもりはない。だって、そんなものがこの人に必要だとは一切思えないから。
恩義は感じている、妹を助けてくれた人の妻だから。
妹が、真紀子が溺れそうになっていたのは知っている事実で、それを助けたのが彼女の夫、そして私のおじである
「お茶淹れたから、飲んで。」
「ありがとうございます。」
この家には叔父の遺影がない。
叔父は写真を嫌っていて、あまり写ろうとしなかったから。
けれど、そんなことを気にしなくても、靖枝さんは平気な様子だった。
妹には、真実を伝えないようにしている。
あの子が、壊れないように皆が配慮をした結果だった。
私は、でもそういう、何か一枚噛んだような現実が、妙に体にのしかかっているようで、そこから逃げられない重みに耐えかね、家族から逃げ寮暮らしを始めた。
私に依存していた母や、真紀子は最初でさえ、文句ばかり言っていたが、今ではこうやって別々に人生を送っていくことが正しかったことのように思えている。
母は、様々な依存体質を改善できたし、妹はまじめに働くことが叶っている。
どちらも、私からすれば奇跡のような出来事だった。
普通は、遠く離れたどこかの産物で、私とは縁のないものなのだと決めてかかっていた。
けれど、叔父が死に一人あの水害の跡地に暮らすと言い張っている靖枝さんを説得し、親族皆でここを目指し苦労を共有して、それで。
ああなんか、私はもう全てがどうでもいいかのような気持ちに襲われていた。
しかし、これから。
「…審査があるのよね。私たちがこのままここにいられるのか。そういう。」
「まあね。本当はこの異常気象の世界ではどこもカツカツなんだ、いくら豊かだって言ってもたかがが知れている。」
だから私は、いつか壊れるかもしれない現在の暮らしを想定しながら、物事を前に進めることを常に念頭に置いている。
はあ、まだ大丈夫。
まだここの人たちは、私達を追い出さなくても大丈夫なだけの余力を蓄えている。
けど、それがいつまで続くのかなんて、私には分からない。
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