第2話
今日が曇ることなんて、はあ、分かってるなら最初から言っといてよ。
いくらため息をついたって、私は今日、お兄ちゃんのために荷物を届けなくてはいけない。
ため息しか出ない、私は嫌だ。
私は嫌なの、絶対に嫌なの。
お母さんも嫌、お父さんも嫌、そしてお兄ちゃんも嫌で、でも。
「真紀子、お母さんからの頼まれ物だろ?」
「うん、そうだけど。別に要らないでしょ?お兄ちゃんは、もううちには住んでいないんだし、今は寮暮らしじゃない。」
「まあな、でもありがたいよ。寮ってさ、自由が利かなくて。洋服とか食べ物とか、もらえるだけで助かってるんだし。一応お母さんにもありがとうって言っておいて。」
「分かった。でも約束はできない、お母さんは最近体調が悪くて、今日のこの荷物だってちょっと元気な時に思いついたように用意していたの、だから。」
「それでいいよ、お母さん、平気か?」
「一応ね、でもこれからどうなるかは分からない。そういう状況。」
「そうか。」
私はそう言って、兄の部屋を出た。
私たちは、もう大人になっていた。前暮らしていたところは、ついにあの大雨によって住むことができなくなり、谷全てが湖のような状態になり水没してしまっていた。
たまに、誰かが様子を見に行って、まだ雨が降り続いていて、あそこにだけ雲がかかっていて、とても不気味なのだと言い伝えてくる。
今はみな、幾人かの犠牲を払ってのち、この小さな町の居場所を得た。
ここは、私達が住んでいたところからは考えられないくらいの都会で、人の名前は覚えられないし、そもそも覚えらる量の人数ではなかった。
しかし、はあ。
こんな天気の日は本当にダメなのだ。
だって、私は、雨が怖い。
空に雲がかかりだしたころ、突然、それは降り始めたのだ。
叔父は、死んだ。
何も気づいていない私に向かって、「逃げろ。」と言い残しこの世から去ってしまった。
私は、叔父の妻には何も伝えていない、それは、怖くてできることなどではなかった。
私は、叔父に生かされたのだ。もう水が迫っていて逃げられないという状況で、私を水の上に持ち上げ、叔父は水の下に、底に、もっと深い場所へと沈んでしまった。
「清水さん。」
「はい。」
私はひどく平坦な声で、そう答えた。
「あなた、これからどうするの?私も考えているけれど、いつまでもぼんやりしていることは良くないと思うの。何か、勉強してみたら?まだ若いんだし、大丈夫だと思うわ。」
「…はい。」
この人は、あの水災から生き残った私たちの、ケアを担当してくれている女性だった。ボランティアで、この仕事をしているのだという。
「いいのよ、焦らなくて。焦る必要なんて、ないんだから。とりあえず、したいことをしてみるといいわ。それでいいんだから。」
「ありがとうございます。」
私は、彼女に手伝われ今はこの町の小さな会社で事務の仕事をこなしている。昔から学校へは行かなかったけれど、とにかく本を読んでいたからこういうことは得意だったらしく、重宝してもらえている。
そして、
「あ、翔。」
「待った?」
「待ってないけど、何?今日どこか行ってたの?すごい服だね、スーツなんか着てさ。」
「まあ色々あって、でも似合ってるだろ?」
「おお。」
翔の言った通り、彼は今日何かをしていた、つまり就職活動をしていたのだろう。翔は、この町の人間ではない、私と一緒で近隣の集落からやってきた、出稼ぎ物者のような人間だった。
つまり、翔のいたところは、私のいたところのように天災でなくなってしまった訳ではない、翔は自らの意思でここへ来た。
そして今は、学生で、その後に着く仕事を探しているといった状況だった。
同い年の翔と出会ったのは、偶然で、私が仕事で毎日通う場所に、翔はたまたまアルバイトのような形で働いていて、何か気になってしまって、私の方から声をかけた。
そして、なぜ気になっていたのかという理由だって分かってしまった。
私も翔も、ここじゃないところからやって来た、という点なのだろう。
きっと、それ以外の理由は分からない。
しかし、男とは言え親しく話せる友達のような存在がいることは、私にとってはとてもありがたいことだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます