39 祭りの後
「ちょっとちょっと」
グラウンドへ移動しようと歩き出したところで、鈴川に呼び止められる。
「ちょっと待って、えーっと……」
「矢口です」
「やぐっちゃんね。オッケー覚えた」
鈴川が嬉しそうに笑う。
「今日はありがとね。あのままじゃ騒ぎが大きくなるところだったからさ、助かったよ」
「いえ、俺はなにも」
会釈をして歩き出そうとする俺の前に、鈴川が立ち塞がった。
なんなんだ。
「やぐっちゃんさ、あの子と仲良しなの?」
「あの子?」
「うん、〈保健室の高森さん〉」
突然の質問に、思わず言葉に詰まる。
「仲が良いというか、知り合いですけど」
一応、と付け加える。
「そうなんだ。ところでさ、やぐっちゃんは高森さんの噂を知ってる?」
自然と顔が強張るのがわかった。
「……仮病でズル休みしてるって話ですか」
「違う違う、まあそれもあるけど、そんなんじゃなくてさ」
鈴川が両手をひらひらとさせながら笑う。
「いや、知らないならいいんだ。邪魔して……」
「〈
鈴川の後ろから声が降ってきた。見ると生徒会の一人が立っている。確か塚田とかいう名前だったか。
……そんなことより、今なんといった?
「人殺しというのはどういう意味ですか」
「そのままの意味だ。人を殺したんじゃないかって話だよ」
冷たい口調で塚田がいい放つ。
「突拍子もない話で現実味に欠けますね。作り話でも、もっとまともな話をしたらどうですか。噂にしたって馬鹿馬鹿しすぎる」
「そうか? 辻褄の合わない話ばかりをするというし、虚言癖もあって、よく不審な行動をしているんだろう。あながち作り話ってわけでもねえかもな」
塚田が鼻で笑う。
「さっきの旗だって、高森千咲がやってないって証拠もないだろ。旗が持ち上がる時に舞台上にいて、カッターで切りつけたのかもしれない。舞台に鉢巻が落ちていたことの説明はできていないしな」
嫌な空気だ。まるで見下しているような、はじめから高森が犯人だと決め付けるようないい方をする。
「それで、わざわざ俺にその話をしてどうしようっていうんですか」
「ごめんごめん。いやね、ただの噂なんだけど、中身がちょっと悪質すぎるからさ。高森さんと仲が良い君なら、何か事情を知ってるかと思ってね」
「期待に応えられなくて残念ですが、俺は何も知りません」
塚田と俺の間に入った鈴川が、作ったような笑みを浮かべる。おそらく、鈴川も高森を疑っているんだろう。少なくとも全面的に信じてはいないように見える。
「ただの噂といいながら気にするということは、何か理由があるんですか」
俺の質問に、鈴川がきまり悪そうに頭をかいた。
「やぐっちゃんさ、高森さんがいじめを受けていたという話は知ってる?」
「――は?」
一瞬、何をいわれたのかわからなかった。
いじめ?
誰が? 高森が?
そんな話は聞いたことがない。
高森だって何もいっていなかった。何も。
……いや待て。そもそも、俺にいう必要があるか?
たった数ヶ月前に知り合った他人に、そこまで話す必要があるだろうか。自分が、かつていじめられていたなんてことを。
「高森さんはある女生徒から嫌がらせを受けていたらしい。図書室で脅迫されたり、駅で怒鳴られたりしていたのを見たという生徒がいる」
そんなはずない。
だって、高森はいつも笑顔だった。発作が起きている時以外は、いつも楽しそうに笑って―― 笑って? だから、なんだ?
村沢の笑顔が蘇る。
そうだ。笑っている人間が、いつも幸せとは限らない。俺はそれを知っていたはずだ。
「いじめは段々とエスカレートして、高森さんは保健室で過ごすようになった。自傷行為もその頃からはじまったらしい。それで追い詰められた彼女が、いじめていた相手を屋上から突き飛ばして殺してしまった」
「何?」
航一が低い声をあげた。
「その女生徒が亡くなった日に、屋上から下りてくる高森さんを見たという噂があるんだよ。あくまで噂だから、誰が見たのかわからないし、何の根拠もないんだけどね」
「その女生徒って、まさか」
高谷が信じられないという顔で呟いた。
鈴川が頷く。
「
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