第27話 熱病みたいに

 えーっ困るよ。チーフが辞めちゃうなんて。もちろんサブも良い人で頼りになるけど。でもチーフが引退して居なくなっちゃうなんて、考えてもみなかったから。


 チーフの突然の引退話に泣きそうになってサブを見ると、サブもやはり同じく涙ぐんでいた。


 「そうですね。確かに夏の大会が終わったら、選手もマネージャーも3年生は全て引退するというのが、もともとうちの部の伝統でしたから」


 「そう、それが決まりだからね。本当はこの合宿だって、私が顔を出すのはまずいと思うのだけど、まだ新しいチーフマネージャーが決まってないから、とりあえずこの合宿までは手つだってくれって、監督から頼まれてるんだ」


 あっという間に昼の休憩時間は終わり、選手達はまた焼けるような陽射しの中に元気に飛び出していった。


 夏合宿5日間の初日。まだ4日間あるが、残りの4日間でチーフが引退する。チーフと一緒の活動も最後の4日である。


 新人のマネージャー募集は、2学期開始早々に部長と監督の方で探してくれるとのこと。本当はちょっと心配だけどお任せするしかない。


 チーフが居なくなるのはショックだけと、中村くんが野球部にいる限り、マネージャーを辞めるつもりなどない。


 選手達には、この夏合宿でチーフマネージャーが引退することについては、既に噂にのぼっていたようだ。


 合宿の最終日。後片付けはマネージャー達だけではなく、選手達も全員協力して行った。


 バットを、ボールを、ベースを、トンボを、皆で部室の倉庫に片付けていく。


 由美は、練習用の古い硬球をカゴに集めて運ぼうとしたが、重くて動かない。偶然近くにいた中村がそんな由美の様子を見て、手伝いに駆け寄った。


 「おい、木村さん、女の子1人じゃ重くて持てないぞ。俺が運ぶから任せろよ」


 屈みこんだ中村の顔が、熱い息がかかるくらい、10cmほどの距離にある。このまま時間が止まれと祈りたくなる。


 「おい、チーフマネージャーが引退するらしいけど、まさか木村さんは辞めないよな。いや辞めるなよ。うちの選手たちみんな、木村さんのこととっても気に入ってるみたいなんだから」


 突然そんなこと言われたって困っちゃうよ。大好きな中村くんの日に焼けた男らしい顔が目の前にある。中村くんの瞳の中に由美が映るほど近くに・・・・・


 「他のみんなが気に入ってくれてるじゃなくて、中村くんは私のことを、どう思ってくれているの?」


 もう心臓が破裂しそうなくらいバクバク、喉が砂漠にいるときみたいにカラカラ、でもつい掠れた声で、思わず中村くんに聞いちゃったの。


 「俺は・・・・・できれば木村さんに、側で見ていて欲しいって思ってるよ」


 由美の思い切った質問に、ちょっと口ごもって話してくれた、中村くんのうれしい一言が、熱病みたいに体中を駈けめぐる。由美の一途の恋は、まだスタートラインについたばかりである・・・・・

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