第24話 ほめてもらったの
朝から夜まで1日中の合宿である。人数は少ないといえど、ほとんど休息する暇もなく、マネージャーたちは走り回っていた。
特に由美は1年生のため、3年のチーフや2年のサブより、さらに雑用が多いのは当然である。
由美の動きは際立っていた。入部してまだ10日ほどしか経っていないが、選手たちの顔と名前もほとんど記憶し、本屋で購入したルールブックにより、ルールも確実に身につけていった。
「今度入った新人マネ、よくがんばってるな。部員たちからも好評だぞ」
監督からチーフに、お褒めの言葉をいただいたほどである。
由美は、なるべく中村くんを意識しないようにしていた。意識すると動きがぎこちなくなったり、ついえこ贔屓してしまいそうになる。
偶然中村くんと接する時に、何か一言だけでも声をかけたくなる、そんな気持ちも、しっかり押さえ込んでいた。
12時を少し回った頃、朝からの基礎練習が終わり、選手たちが次々にベンチに戻って来る。
選手全員が真っ黒に日焼けして、顔は汗に輝いている。
由美たちマネージャーは、ベンチ前で冷たい飲み物、タオルを持って選手一人ひとりに声をかける。
「お疲れさまです」
「オスッ」
3人のマネージャーの前に並んだ選手のほとんどは、一声発してタオルで滴るが汗を拭い、飲み物を砂漠のように乾ききった喉に流し込む。
外野の定位置から中村くんが、由美の前に戻って来た。他の選手よりさらに真っ黒な顔が、太陽に輝いている。
「お疲れさまですっ」
大好きな中村くんの匂いがする。胸がときめいた。自分の心臓の鼓動がドクンドクンと聞こえるようだ。
由美は右手にタオルを、左手に飲み物を持っていたが、中村はまずタオルに手を伸ばした。
中村の指が、由美の指に僅かに触れる。由美の体中にビリッと電流が流れた。恋って本当は電流なのかもしれない。
タオルで流れる汗を拭いながら、中村は飲み物を取り喉を鳴らした。
中村の目線が痛いくらい眩しい。真っ暗な顔を綻ばせながら・・・・・
「木村さん、がんばってるな」
そんな優しいこと言われたら泣いちゃうよ。由美は眩し過ぎて、中村の顔を見上げられなかった。
何か言いたい。でも言葉が出てこない。言いたいこと、話したいことはいっぱいあるのに。
「ありがとう・・・・・」
由美の精一杯の一言だった。
「おぅ大変だと思うけど、がんばれよ」
由美の切ない想いなど、伝わるはずなどないのかもしれない。男らしい背中を見せて、中村はベンチの中に消えていった。
でもとっても嬉しかった。とっても幸せだった。
だって中村くんが声をかけてくれたんだもの。しかも、がんばってるなってほめてくれたんだもの。
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