第17話 時計を止めて

 後ろの人の手が、電車が揺れる度に亜紀のお尻にぶつかる。狭くて身動きできないけど、なんとか体をずらすけど、手は追いかけてくる。


 『これって痴漢?』


 そう思っても怖くて、声が喉で止まって助けを求められないの。手はだんだん図々しく触ってくるけど、逃げられない。誰か助けて・・・・・


 周りを見ても、誰も気づいてくれないの。なんか怖くて悲しくて、涙が出て来ちゃった。


 「おいやめろよ。やめろって言ってんだろ」


 泣き出しそうになったその時、後ろから声がかかり、お尻の辺りで動いていた不快な手が離れた。


 電車がホームに滑り込み、後ろに張り付いていた中年男が慌てたように下車していった。


 「おい、大丈夫か?」


 救いの神の声に振り向いた。涙で霞んだ目の中に、日焼けした風太くんの心配そうな顔が飛び込んできた。


 「あ、ありがとう・・・・・」


 怖くて、嬉しくて、安心して涙が頬を伝った。


 「変なことされたら、声を出さなくちゃダメだよ。黙っていると、いつまでもしつこく追いかけてくるんだから」


 「うん、でも怖くって、声が出せなかったの。ごめんなさい」


 ホームから新たな乗客が乗り込んできてまた満員状態に。風太くんが肩を掴んで、自分の方にぐるりと体を回してくれた。


 まるで風太くんに抱き抱えられているみたい。恥ずかしいけど、でも、でもすごく嬉しい。


 風太くんの大きな胸の中、男の人の匂いがする。変な匂いじゃなくて、安心できて思いきり甘えたくなる。


 風太くんに抱き抱えられたまま高校がある下車駅に到着。心臓がドキンドキンと大きく鼓動してたの、風太くんに分かっちゃったかな。


 ずっとこのまま時間が止まればいいのに・・・・・風太くんって、やっぱり亜紀の騎士だったんだね。こんな夢の中みたいな事がおこるなんて、考えてもみなかった。


 でもあっという間に夢の世界は終わる。聞きなれた下車駅のアナウンスが、夢の世界に終わりを告げた。


 ホームに出た時にも、風太くんが声をかけてくれたけど覚えてないの。頭の中がボーッとしてしまって。


 でも、もう一度ちゃんと言ったよ。


 「本当に、ありがとう」


 午前中の授業は上の空。先生の口が動いているのは見えたけど、言葉が耳に入らない。だって今、亜紀の頭の中は風太くんでいっぱいなんだもの。


 午前中の授業が終わり昼休み。屋上に仲間と集まって、いつものようにお昼ご飯。たぶん水奈ちゃんもいるけど、顔が見れないよ。だって電車の中で、風太くんに抱き抱えてもらっちゃったんだもの。


 どうしよう、 みんなに話したほうがいいのかな? 水奈ちゃんもいるけど。


 今日は天気が良いせいか屋上は人がいっぱい。あれ、あそこの隅の方にいる男子グループに風太くんがいる。


 風太くんと目が合っちゃった。恥ずかしいけどつい顔が緩む。憧れの風太くん、今日はありがとう・・・・・

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