第10話 胸が痛い

 いつもは結構楽しいはずの母さんと一緒の買物も、昼の外食もまったく楽しめないまま、味気ない時が流れた。


 「風ちゃん、どうしたの? 何か今日はいつもの元気がないみたい」


 水奈に振られたショックを、見せないように繕ってはいたけど、さすが母さんには気づかれてしまったようだ。


 「いや、今日はちょっと寝過ぎちゃったみたいで、頭がボーッとしてるだけだよ」


 無理に笑って元気そうに見せたが、心の奥に刺さった痛みは収まらなかった。


 夕方には買物から帰り、18時ころには夜食も済ませた。母さんが作ってくれたいつも美味しいはずの手料理も、砂を噛むという程ではないが、味があまりしなかった。


 風呂にも入り、いつもはのんびりしているはずの時間も、心が鉛のように重い。


 明日、月曜日に学校で水奈に会ったら、どんな顔をすればいいんだろう。いつも通りの挨拶なんかできそうもない。


 いや、たぶん水奈の顔をまともに見れないし、できれは見たくない。こんな惨めな気持ちのままで。


 『学校に行きたくねぇな・・・・・』


 生まれて初めてそんな気持になった。それに亜紀ちゃんと付き合うって、どうすればいいんだよ。


 確かに亜紀ちゃんって頭もいいし可愛いけど、今まで女の子として意識したことないからな。どうするんだよ。


 何か情けないのとみっともないのが入り混じってイラつく。今まで女の子なんて気にしたこと無かったのに。クソッ!


 頭の中が一杯になって、ほとんど眠れないままに朝をむかえた。


 今日の朝食も何故かあまり味がしない。どうして? オレの味覚がおかしくなったのかな? ごめんね。母さん。


 いつもの電車に乗り込む。満員の人いきれでクソ暑いし、あちこちからギューギュー押されてウンザリする。


 なるべく水奈のことは考えないことにした。考えたからって、どうにかなるわけじゃないしな・・・・・


 満員電車の中、見慣れた制服姿の女学生の後ろ姿を見つけた。ほんの2mほど離れているけど、オレは背が高いからよく見えるんだ。


 長いキレイな黒髪、細い肩が時々不自然に動く。何かイヤなものから逃れようとしているみたいだ。


 注意して見ていると、女学生の後ろにピッタリと張り付くような中年男が、不自然な動きをしているように見えた。


 『痴漢だな』すぐにわかった。


 女学生は満員でまったく隙間も無い中、なんとか少しでも中年男から離れようとしているようだった。

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