七_1、外道と、純真

「さて……本題の前に、二人にはまず詫びなければいけないな」

 主に会議で使われる広間、粟の間に落ち着いた父の声が張られる。

 広々としたこの空間にいるのは父と僕の他、伊縫さんの三人だけ。襖の向こうには父の護衛役である熾さんもいるだろうが、ここで聞いた話をどこかに漏らす事はあるまい。

「漣至の件、あいつから相談を受けていたのを隠していた事、そして漣至が死亡したと偽装していた事、多大な迷惑をかけた。すまない」

 父は上座で胡座をかいたまま、わずかに顎を引いて目を伏せた。立場上、容易に頭を下げるわけにはいかないが、その声からは充分な謝意が感じられた。

「その事は僕にも落ち度があります。先日ここに来た時点で気付けたのですから。気付いていれば、こんな事態にはならなかったでしょう」

 こんな事態、とは織原さんが陥った状態の事だ。HandS探偵事務所として深く関わっている彼女の事は周知されている。近日、快方に向かっているのは伏せているが。

「俺も構わねェよ、会長。こちとら人生の半分は警察組織タテ社会で生きてきたんで、上に振り回されんのは慣れてる」

 言葉とは裏腹に、伊縫さんの声には棘があった。漣至さんの死という話が出た時その裏取りまでしたのだ。警察関連の伝手という彼の分野まで欺かれたとあっては、組織のトップが相手でも敬語を使わないのも肯けるか……まあ、所長である僕も含めて、伊縫さんが敬語を使っているところなど見た事ないのだが。

 などと思っていたら、伊縫さんは僕にも横目でギロリとした視線を向けてきた。

「今朝がたいきなり連絡が来て、本家に集合だの言われても従うぐらいにはな」

「…………」

 これは相当不機嫌だな、伊縫さん。

「……頼みたい事があると言ったな、炸夜?」

 父の言葉に頷く。今日、この二人を呼び出したのは他ならない僕だ。

 これも元はと言えば、僕の気が回っていれば助力を請わずともよかったのだが――いや、いずれにせよこうする必要はあったか。

「でもその前に、伊縫さんに尋ねたい事があります」

「あン? 俺にか?」

 伊縫さんは眉を顰める。彼に来てもらったのはこちらの意味合いが大きい。

「鷹柳会の戦力――いえ、武装について」

 眉間に刻まれた皺が深くなる。これにはさすがに、父も同じような顔をしていた。

 しばし探るような視線を向けてきたが、やがて口を開く。

「……ヤツらはデカい組織じゃねェが、小さい組織でもねェ。西側製の突撃銃アサルトライフルが十丁程度、これは扱いに慣れがいるが、幹部クラスなら全員が海外の射撃場で遊んできたのが確認されてる。拳銃は売り物含めればおそらく百以上。弾薬はいずれも充分だ。だがなにより、破片手榴弾の蓄えが脅威だな。推定される量で、まとめて使えばビルの数棟は更地に出来るだろうよ。日本でこれだけ用意出来りゃ、組として相当ニラみが効く」

 伊縫さんが淡々と語るのを聞きながら、僕は思考を巡らす。

 銃器類はともかく充分な数の弾薬を国内で製造するのは難しいし、明言はしていないが密輸か。そして伊縫さんがそのデータを持っていながら摘発されていないという事は、現物の在り処がわからない、というところか。それを突き止められなければ令状は取れないし、仮に取れたとしてもシラを切り通されるだけだ。

 ともあれ脅威なのは確かだ。伊縫さんがここで嘘をつく理由もない。だが――

「それらの戦備、鷹柳会は我々にも用いるでしょうか?」

「おい炸夜、お前まさか頼み事って」

 さすがに狼狽した様子の父に、僕はわざとらしく嘆息してみせる。

「この町に鷹柳会が現れた時点で可能性は常にあった事です。それに、

 言葉の意図を汲みかねてか父は眉を顰めていたが、気付いたのか苦々しげに視線を逸らした。一度決めた事は容易に変えられない。立場とは力があると共に面倒なものだな。

 まあ、戦備の確認など戦う気がなければするはずもない。そこに子を巻き込ませまいとする父の思いもわからないではない。結果はどうあれ漣至さんもそれで織原さんを遠ざけていたのだから。

 でも豊条はヤクザを名乗る組織であり、父と違って僕は、母と同じく生まれながらのヤクザだ。

「それで、どうです伊縫さん?」

「…………」

 しばし睨みつけるような視線を僕に向けていたが、目を伏せて舌打ちした。

「組同士の抗争なら持ち出すだろうよ……だがアウェイの最上沢まで持ってくるのは目立ちすぎる。それに武器関連は若頭の師々戸が仕切ってて、こっちに来てる直系派は組ン中じゃ位が低い。対抗勢力にわざわざチャカ握らせる事はしてねェだろう。丸腰かそれに近い状態のはずだ」

 やはり先に抗争の備えを明かしたのは脅しか。伊縫さんは厳つい見た目に反して……あるいは人生経験の賜物か、事態はなるべく穏便に済ませようとする節がある。

「では、若頭派の方は?」

「……若頭派の狙いが嬢ちゃんなら、確かにそろそろ来てもおかしくねェか」

 サルマーンさんが東京から報せてくる鷹柳会、主に若頭派の動きから彼らの目的が織原さんである事はほぼ確信している。その所在が最上沢にある事も、伊縫さんの言う通りそろそろ発覚しているかもしれない。

「戦場が最上沢なら、若頭派でも運搬に伴うリスクが避けられん。ウチを相手取るとしても、懐に隠せる拳銃を全員、手榴弾を一ダースってとこか。それでも使われたら、こっちとしちゃ実害はデカいな」

「では、つもりなら?」

「あ? なンだそりゃ?」

 伊縫さんが訝しげな目を向けてくるの無理はない。若頭派が織原さん狙いである事に対し、泳がされている直系派は、死亡の偽装も虚しく漣至さん狙いだ。この地でかち合ったとしても、険悪になろうともやり合う理由はないのだから。

「どうです?」

「……仮定の話だが。単純な戦力も若頭派が上だ。ほぼ丸腰の直系派とやるってンなら大した武装もしないだろう。リスクが増えるだけだからな。幹部クラスがチャカ忍ばせとく程度になるはずだ」

「……ちなみに、携行している拳銃の種類は?」

「マカロフ。鷹柳会が持ってる拳銃はこれだけだ」

「意外とちゃちいのですね。今時マカロフとは」

「中東の武装勢力がいまだにAK使ってるのと似たような理由だ。軍人ほど訓練積んでるワケでもねェ連中には必要充分な性能、安全装置セーフティもあって暴発もしにくい。なにより日本じゃ銃火器なんざ性能の良し悪しより有るか無いかの問題だ。原価が安い分、売れば利益も出しやすい。高ェ銃は見栄張れるが見えなきゃ意味もねェしな」

 マカロフか……日本の裏社会で最も出回っている拳銃。豊条としても相手取る可能性が高い武器として僕も性能や構造は教育されている――持ち出してくるなら、考えている策の一つが実現性を帯びてくるな。

「……お前が鷹柳会と一戦交える気なのはわかった。なら、俺に何を頼みたいっていうんだ?」

「交戦は現時点で考えている僕の計画の、あくまで一部です。成就には、父上の協力が欠かせません」

 そうして僕は二人を呼び出した理由、その計画を話して聞かせる――その最後の一手だけは伏せて。

 聞き終えた伊縫さんが苛立たしげに顎を撫でる。

「……俺は現場指揮か。まァ普段やるのとは少し毛色が違いそうだからな。妥当だろうとは納得できる」

「お願いできますか」

「何度でも言うが、命令なら従う。だがその作戦、合理的だろうとは思うが納得はできねェ。特にあんたはそうだろう、会長?」

 伊縫さんの呼びかけに、父は答えず、目を半分伏せて何かを考え込んでいた。

「……会長?」

「……そうだな、俺も伊縫さんと同じ意見だ。だが、手を貸そうと思う」

 正直なところ助力を渋ると思っていた父はそう言い、僕を鋭い目で見据える。

「炸夜、いま話した計画は豊条の流儀に反する。躙虎が知れば止めるだろう。遅くとも事が終われば知れる。その時、お前はケジメを付ける事になるぞ」

「承知の上です。それよりも僕は、父上が乗ってくれた事に驚いています」

「俺は……少し気になる事があってな。お前の作戦が上手くいけばいいと思っている」

「気になる事……?」

 父は苦々しく笑った。

「俺も昔はカタギだった、というだけの話さ」

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