四_3、極道の息子と、人殺しの娘

          ◆◆◆

 後になって気付いたが、思い出してみると最初から不自然だった。

 最初というのは元凶となる一件の事ではない。僕達と織原さんが遭遇した時。

 あの時、織原さんは久山らに追われていて、介入した篝さんにより手を引いた。篝さんを恐れたにしてもひどくあっさりと、報復対象である漣至さんの娘には全く執着を見せず。

 そして今日の会合。カマをかけてみるべきかとも思ったが、下手なリスクは負うべきでないと判断した。だがあの時久山達は、手詰まりになっているだろう漣至さんへの執着は見せる一方、娘である織原さんについては一切触れなかった。

 当事者の一人であり愛娘でもあり、彼らにとって最大級に利用価値がある存在のはず。だが彼らは認知していない。漣至さんには辿り着いたというのに、それはおかしい。

 そうなると怪しくなるのは、直系派の情報源だ。彼らは若頭派に潜り込ませたスパイから情報を得ている。

 後継者候補でもある若頭の師々戸は伊縫さんがキレ者と評し、事実漣至さんの関与と所在を突き止めている。それ程ならば、スパイの存在ぐらい関知していてもおかしくない。或いは二重スパイなんて可能性もあるかもしれない。その上でもし、若頭派が織原さんの事まで調べが済んでいたのなら、意図的に織原さんの存在を伏せて情報を流したのではないか。

 何故そんな事をするのか。浮かんだのは、これが派閥争いであるという事。

 直系派、厳密には高柳諒兵による売春斡旋は、当然だが公になっていない。主犯は二人にせよ、発覚しないようサポートされていたはずだから。

 しかし彼の死で状況は変わった。人が死ねば警察が動くし、乱闘での騒音も考えれば尚更だ。高柳諒兵本人が死亡しているにせよ、捜査によって関連する売春が発覚してしまえば、関わっていた構成員も摘発される。つまり、直系派の弱体化に繋がる。伊縫さんが言っていた、暴対が動いているというのは、恐らくこれが理由。

 漣至さんに高柳諒兵殺害の容疑がかかったのは、現場に撮影機材があった事を考えれば不思議じゃない。一部始終が記録されているから。だけどこれが決定的なモノとも思えない。既に撮影が始まっていたか、アングル的に映り込んでいたか、乱闘の最中に壊れていないか、そうした不確定要素が考えられる。

 むしろしっくり来るのは、若頭派が直系派を蹴落とす材料を得る為に、以前から高柳諒兵を監視していた可能性。映像記録の有無を問わず、現場を目撃していたのなら合点がいく。その上で真っ先に介入すれば、直系派や警察に流れる情報の制限も自在なのだから。

 そしてこれは、希望的観測も多分に含むのだが……恐らく、漣至さんは二人を殺害していない。もちろん打ち所次第であり得なくはないが、偶然が二人、しかも大なり小なり腕っぷしのある人間を相手に、それが出来たとは考えづらい。

 先に述べたように監視していた若頭派の構成員が事後に介入し、トドメを刺したのだろうと僕は思う。それによって彼らは、漣至さんに殺人の濡れ衣を着せる事が出来る。

 そして漣至さんの情報を流して直系派を焚き付ければ、本部のある東京から人員を減らせる。同時に警察にも匿名のタレコミである程度伝えておけば布陣が整う。

 だけどこれは完全じゃない。警察が売春の糸口を掴んでも、漣至さんを確保し供述を得られたとしても、それだけでは被害者による証言がない。性犯罪は非常にデリケートな問題だ。当事者が口を閉ざす理由を無視して解決は出来ない。若頭派としてもここは難題のはず。被害の事実を語らせるのは難しく、証言能力を伴わせるのに脅迫の類も使えないのだから。

 そこに織原さんが狙われる理由が出来る。若頭派は織原さんに接触して、こう囁やけばいい。

 君の父親は無実の罪で追われている。君の知る全てを公にすれば、父を救う事が出来る。

 初めから素性が分かっているぶん被害者を捜す手間は省けるし、口を割らせるのも被害そのものは未然に済んでいて、なおかつ身内を救う為とあらば、進んで協力を得られる。

 だけどここで誤算があった。織原さんが漣至さんを追って東京を離れ、最上沢に来た事だ。調査のプロである木城さんさえ舌を巻くほど迅速に。若頭派はおおかた、織原さんを遊び仲間に売られる間抜け、とでも思っているんだろう。そうでなくても高校生の行動範囲なんてたかが知れてる。舞台を整えている間にいなくなっている、なんて想定外だったはず。

 織原さんの行動は無謀だ、と僕は何度か言ってきたが、こういう形で功を奏していたようだ。


          ◇◇◇

 全身の毛が逆立っていくよう。初めて湧き出た感情が怒りだと、しばらく気付かなかった。

「……炸夜くんにしちゃ荒っぽい推論だと思う。けどその通りなら、深凪ちゃんを利用する為に人殺した挙げ句、罪をなすり付けたって事か。自分らの地位の為に。とことんクズじゃん。ねえ、ちょっと出張行ってきていいかな、東京まで」

「だからやめてくださいよ。確証はないし、当たっていたとしても織原さんの身辺を警戒する必要があります。今でこそ若頭派は東京に留まっていますが、それも時間の問題だ。高を括ってノーマークだったにせよ、織原さんの足取りが割れてる頃かも」

「こっち来たら絶対張っ倒す」

「その心意気で大人しくしてて下さい」

 あのときのことが利用されるのは、別にいい。発端はわたしなんだから。

 だけど助けてくれたお父さんを利用するのは、ましてやその為に悪者に仕立て上げるなんていうのは、許せない。

「仮にですけど。もしわたしが若頭派のいうことに乗ったら、お父さんは助かるのでしょうか」

「……深凪ちゃん、まさか」

「いえ。わたしはどうなってもいいし、あのことが公になっても覚悟はできてます。だけど、悪魔に魂を売るようなことはしたくない」

 瀬堂さんはその事も考えを立てていたんだろう。すぐに答えてくれた。

「それでいい。直系派を最上沢へ送らせたのは人員分散の意図の他に、あわよくば漣至さんを始末させようって魂胆だと思う。真相に近い人間は一人でも少ない方がいい。殺人犯の汚名を被せたまま被疑者死亡、というシナリオが若頭派の理想のはずだ」

 ……いまお父さんがどんな状況の中にいるのか、なんでそうなってしまったのかと考えるだけで、おかしくなりそう。でも、気持ちが荒れ狂うほど、自分の無力さを痛感させられる。

「そんな風に考えられる炸夜くんが悪人に見えてきたよ。代わりにぶん殴りたいぐらい」

「なに言ってるんですか。僕だってヤクザなんだから、悪党に決まってるでしょう」

「ああ、言われてみれば確かに、顔を見ればわかるね」

「おわかり頂けて何よりです」

「……瀬堂さんが、豊条がどんなに悪党だったって、あなたたちが、わたしの希望です」

 神様の奇跡も、悪魔の甘言も、わたしにはいらない。

 少しだけ面食らった顔で二人がわたしを見たけれど、すぐに穏やかな顔になる。わたしがいま唯一、信じて頼れる人たち。その気持ちが、伝わってくれたらいい。

 間もなくインターフォンが鳴った。注文したピザが来たらしく、緋州さんが玄関に向かった。

「……さて、実のところ状況が前に進んだわけじゃない。漣至さんの所在は、最上沢にはいるのだろう、という所から進展がない」

 そう。鷹柳会、直系派の半ばお門違いな報復も、若頭派の張り巡らされた策略も、全てお父さんが見つからないことには、対策のしようがない。

「今日も午前中は聞き込みしてましたけど、収穫ありませんでしたね……」

「うん、正直な話、僕らも手詰まりだ。そこでひとつ、提案があるのだけど」

「提案?」

「漣至さんの件は、さしあたり容疑が晴れるまで事務所としては一時中断になる。僕や篝さんは個人的に動けるとしても、木城さん達の手は借りられない。となると、動いていても見込める収穫を考えたら割に合わない。で、しばらく休養を取るのはどうだろう」

 え、と思わず口に出してしまった。ご尤もなのだけど、やはり一刻も早く、と思ってしまう。

「気が逸るのはわかるよ。僕も歯痒いし。だからがむしゃらに行動するより、別方向からのアプローチを試みれば、案外見えてくるモノがあるかもしれない」

「……? 捜さないのに、どうやって?」

「漣至さんへの理解を深める。一番知っているのは当然織原さんだけど、父上の著作、読んだ事ないんでしょ? 小説家としての側面を知って何か閃く、というのも否定できない」

 リビング隅の本棚に目を向けながら言う瀬堂さんの言葉に、合点がいった。

 日が経つにつれて、お父さんへの気持ちも大きくなってるのはたしかで、落ち着いたら読んでみようとは思ってた。前倒しになるけれど、悪くない提案な気がした。

 緋州さんがピザを持ってきたのでダイニングに移動すると、お母さんは盛大にため息をつく。

「……ピザは野菜、とは言いましたけど何ですかこれ。肉フェスでもするんですか」

「いやあ、たまにはお肉いっぱい食べたくって」

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