四_2、極道の息子と、人殺しの娘

          ◇◇◇

 瀬堂さんがヤクザだというのは、豊条本家にお邪魔したときに実感はしていた。本人のヤクザらしい面を見たのは、さっきが初めて。

 だけどいまのわたしに、そのことを深く考えるキャパシティなんてない。

 たった一言、たった一瞬の衝撃の余韻が、まだ頭の中を揺さぶり続けて漂白する。

 わたしの記憶に曖昧さがあるのは否定できない。でも――死んでいた? 激しい乱闘だったのはたしかだけど、まさか、息の根が止まっていただなんて。

 お父さんは、わたしを助けるために、人殺しになってしまった……?

 いや、でも、久山って人がそう言っただけ。嘘かもしれないし、鷹柳会の勘違い――

「――若、裏が取れた。警察も織原漣至に殺害容疑を掛けてる」

 ドアガラス越しの伊縫さんの報告に、そんな可能性ももろく崩れてく。わたし、いつ車に乗ったんだっけ。

「状況は如何です?」

「少なくとも公表はまだらしい。ヤクザ者が被害者で一般人が加害者、って図式が影響してるかもしれねェ。捜査状況だが……動きはあるようだが、どうも不透明だと」

「不透明?」

「あァ。殺人事件は捜査一課のシマだが、一般人の容疑者相手に暴対四課が動いてる。理由は不明。無論、被害者が暴力団員ってだけなら管轄外だ」

「……確かに、妙ですね」

「それとだ。ホトケは高柳たかやなぎ諒兵りょうへい志麻しま忍武しのぶ。鷹柳会現組長のドラ息子と、その側付きだ」

「……単に構成員が殺害されたにしては本腰すぎると感じてはいましたが、後継者候補の片割とは。繋がりが見えてきました」

「裏付けが欲しけりゃいつでも言ってくれ――そういうワケだ、嬢ちゃん。ボコしただけなら正当防衛で済むが、こいつァ過剰防衛になる。悪ィが捜索は打ち切りだ」

 交わされたやり取りは、ほとんど頭に入ってこない。

 お父さんの捜索が中止になるのはどうでもいい。前に瀬堂さんが言ってくれたから。方法が変わるだけで実態は変わらないって。

 だけど、あの優しいお父さんが、相手が相手とはいえ殺人犯になってしまった。その事実が、頭の中をギチギチ絞め上げる。

「篝さん、出して下さい。今日はもう引き上げてしまいましょう」

「……そうだね、了解」

 発進した車の揺れにさえ、吐き気が込み上げるような気がした。

「織原さん、君がいま何に気を病んでいるのかはわかる。だけどそれ、一旦保留にして」

「…………え?」

「状況は最悪な方に傾いている。僕も耳を疑った。だけど事実かもしれない事を知っただけだ。より核心に近い情報を得たのだと思えば、むしろ推論を立てやすい」

 ……事実、かもしれない?

「どうにもきな臭い。悪いけど、しばらく集中して考える」

 そう言うと瀬堂さんは、腕を組んで目を閉じる。

 なにか、わたしの想像の及ばないところに、彼は手を伸ばそうとしていた。


          ◆◆◆

 自宅に着いてからも、僕はリビングで一言も喋る事なく、渦巻く思索に意識を委ねる。思考の精度を得る為に時たま収集済みの情報を漁るだけ。

 意識と乖離した時間は、ひたすらに流れ去っていく。

「炸夜くーん、夕飯どうすんの?」

 篝さんの声で時計に目を向けると、普段ならとっくに支度を始めている頃だった。たまには作ってくれと一瞬思ったが、篝さんはからっきし、織原さんは言わずもがなだ。かといって、夕飯を作ろうという気も湧いてこない。

「ピザでも頼んでおいてください」

「おや、家でジャンクフードなんて珍しい」

「ピザは野菜なのでいいんですよ」

「……お母さんからそれを聞くとは思わなかったよ」

 篝さんが織原さんを呼んで注文の相談を始める傍ら、僕はまた思考に没頭する。

 暗闇の中から手探りで糸を見つけ出して手繰り寄せ、繋がる先を見つけては、あるいはどこにも繋がっていない事を確認して、また次の糸を探っていく。頭の中でそれを繰り返して、繋がり合う糸が織り成す全体像を、脳裏に焼き付ける。

 ……これで、辻褄は全て合うか。

「二人とも、少し大丈夫?」

 呼び掛けると二人は対面のソファに座った。織原さんが、ずいと身を乗り出す。

「さっき言ってた推論のお話ですか?」

「そう。ただし勿論、僕が立てた仮説でしかないし、現状ある情報から導き出した粗雑なものだ。そこを踏まえて聞いて欲しい」

 僕は語る。そのつもりはないのだが、肩書をそのまま演じるように。

 口惜しいのは、これは事の真相である可能性ではあっても、僕達の求める答えではない事か。

 ――端緒は、昨日織原さんが話してくれた件だ。高柳諒兵がおこなっていた強制売春、その餌食なりかけた織原さんの救出劇。そこで高柳諒兵が死亡し、彼を担ぎ上げていた直系派は、犯人と目される漣至さんへの報復に乗り出した。

 高柳諒兵の死について取り仕切っているのは若頭派。漣至さんの犯行と突き止め、その足取りを掴んだのも。だがサルマーンさんの調査報告によれば、最上沢へ発った構成員に若頭派はいない。対立候補の仇討ちなどする義理はない――そう解釈も出来るが、もし別の思惑があるなら、いくつもの疑問点に説明がつく。

「別の思惑?」

「――若頭派の狙いは、織原さんだ」

 唐突に指名された当人は、目を瞬かせて「……わたし?」と半信半疑の声をあげた。

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