四_1、極道の息子と、人殺しの娘

          ◇◇◇

「ほーい、もう大丈夫ッスよー」

 例のフレンドリーなギャル店員(木城さんの妹さんらしい)に呼ばれて、身を隠していたレジカウンター裏に繋がるスタッフルームから出る。

 これから、このコワーキングスペースの会議室で、瀬堂さんたちと鷹柳会の話し合いが行われる。議題はお父さんの捜索の件。

 わたしとしてはその場に加わりたいぐらいなのだけど、当然NGを食らってしまった。ヤクザ同士の会合だし、向こうがわたし=捜索対象の娘と向こうが認知していたら、何が起こるかわからないから。覚悟はあるといっても、無為な危険に身を晒す必要はないのだと。

「あ、みーにゃんコレ。セッティングおーけーッス」

 みーにゃんってわたしのことか。そう呼ばれたのは初めてだ。

 面食らっていると、レジ越しに何食わぬ顔で「ほい」と小さな機械を手渡される。

 使い捨てイヤホンが繋がれたモバイルスピーカー。接続先は会議室の端末。出入りする鷹柳会から隠れられるスタッフルームだと同期が不安定になるらしく、会合中だけ客席だ。

「あとコレも。アネキがよくしたげて、ってゆってたから、あーしからサービス」

 ついでとばかりに出されたのはカプチーノ。喫茶店としても営業してるから、そっちのメニューらしい。表面のミルクの泡には、にっこり笑ったまんまるなネコが描かれていた。

「か、かわいい……ていうか上手い」

「うへへ、こー見えてもあーし、バリスタ目指してんだぜ」

 人は見かけによらない、というのは最上沢に来てから何度も経験したけれど、こんなところにもいたとは。

 適当に隅っこのカウンター席につ座り、とりあえずスマホでユルいネコを撮影。もったいないと思いつつカプチーノを一口飲んでみる。包むような濃厚なミルク感にシャープな苦味と、ほんのりココアの香り。癖になりそうなおいしさに、軽くびっくりした。

 完全にひとりの時間を過ごすのって久しぶりだなぁと思いながら、イヤホンの包装を解いて耳に付ける。ゆったりしに来たわけじゃなくて、ちゃんと目的があるのを忘れてはいけない。

 小さく笑う声が聞こえて横を見てみる。三つ隣の席にいた人――気弱そうな顔立ちに見覚えがある。たしか倉科さんだっけ。瀬堂さんと気が合うらしいおじさん。

 はて何故笑われたのかと、すぐ思い至って手鏡を取り出して覗いてみる。油断した。キリッとした顔でミルクヒゲ付けてたなんて、恥ずかしい。

 卓上の紙ナプキンで口元を拭い、そのまま隠してお辞儀する。倉科さんも軽く会釈を返して、手元のノートパソコンに向き直った。

 ……よかった、このまま声でも掛けられたらどうしようかと。まったく無縁な人というわけではないのだけど、わたし自身があまりよく知らない男の人とは少し距離感が欲しいというのが正直な気持ち。

『――この場は録音させて頂きますので、どうかあしからず』

 テーブルに端末を置いたらしい音と瀬堂さんの声がイヤホンから聞こえた。

 始まった。

 今度こそ意識を傾けて、会議室の様子を伺う。


          ◆◆◆

「久し振りじゃねェか、久山」

「……ご無沙汰で。こんなトコにアンタがいるなんざ聞いてねぇが」

 伊縫さんの威圧を込めた憮然とした態度に、久山は心底嫌そうに顔を顰めた。伊縫さんの刑事時代に縁があったのだろう。敵対的な。

 会議室に集うのは、僕を含めて六人。

 豊条側は僕と、篝さん、伊縫さん。

 鷹柳会からは、久山と、以前も見た取り巻きの二人だ。

 そしてこの場にこそいないが、織原さんもモバイル端末を使って会話は聞こえている。

「それで、用件は何でしょうか。我々も暇ではないのですが」

「言ったろうが。織原漣至、お前らも捜してんだろ。情報をよこせ。全部だ」

 伊縫さんの睨みに一瞬怯んだが、それ以上は臆する事なく要求を示してくる。

「逆に、あなた方はどの程度知っているんですか?」

 久山は鼻を鳴らし、何も答えなかった。

 そのまま数十秒、沈黙の睨み合いが続く。

 ……やれやれ、話し合いと聞いていたが、やっぱりこうか。同席者がこの二人で良かった。

「話になりませんね。論外だ」

 ため息と共に呆れを吐き出すと、取り巻き達が色めき立った。しかし篝さん達が立ち上がる素振りを見せると、忌々しげに舌打ちする。

「誤解のないよう先に伝えておきますが、我々は、あなた方に機会を与えているに過ぎない」

「……なに?」

「これは豊条の縄張シマに断りもなく立ち入ったあなた方に、筋を通し事後承諾を得る機会を与える為の場、だと言ったのですよ。ご自分達で決めて下さい。我々の敵となるかどうかを」

「…………クソガキめ、話が違ぇだろ」

「要求に応じたつもりは一切ありませんよ。しかしクソガキとは心外だ。同じ跡取りと言えど、あなた方の所とは出来が違いますよ」

「――あんまナメんじゃねぇぞ、あァ!? ウチの兄貴が何だとコラ!!」

「必死ですね。のなら、賢明な判断を勧めますが」

 表情が変わる。満ちる怒気の中に、一抹の緊張。

 アタリだ。彼らは組長の息子を担ぐ直系派の人間らしい。

 言葉選びは慎重かつ迅速に。挑発とハッタリを織り交ぜ情報を掠め取る。ホームに立つ強者として、アウェーの弱者から搾取を。

 その実、目的に対して手詰まりだという点で対等である事を、悟らせないように。

「我々の敵であるなら、一人残らずこの地から排除する用意があります。しかしあなた方には、ここに留まらねばならない理由がある。その為に何が必要かは明らかでしょう?」

「…………」

「他所の組の派閥争いなど下らない。お帰りになる準備をされた方がいい」

「……借りは返す。それが極道モンの筋だろう」

「暇ではないと申したのですが、何度も言わせる気でしょうか。その筋を示せと」

 借りを返す為に漣至さんを追っている。即ち、件の暴行に対する報復の為に。

 ここまでは織原さんが話してくれた内容から、既に想定済み。

 既知の情報、のはずだった。

。返さなきゃ気が済まねぇ借りだ」

 ――胸の中にするりと挿し込まれた驚愕を、表情に出すような愚行は犯さない。

 それは、不思議な事ではない。愛娘を守る為に手加減など出来ようはずがない。だがそれは、信じ難くもある。

「二人、だそうですね」

「……どこまで知ってやがんだお前ら」

 やはりそうだ。織原父娘の件における金髪と坊主頭の二人。

 そしてそもそも、この時点でおかしい点がある。ハッタリの成果か、こちらの頭の中では結び付いているものと久山らは認識しているようだが、身内の仇討ちと派閥争い、この二つは一見して繋がりがない。

 それらを繋げる何か。つまり彼らが漣至さんに殺されたとしているのは何者か――頭の中にある符号が、合致していく。

 織原さんにこの会話を聞かせ続けてよいものか、一瞬迷う。だが、少しでも多くの情報を引き出すべきだと決断する。

「よく仇が誰かを特定できたものです。そればかりか最上沢まで割り出すとは。噂に聞く若頭の手腕は本物のようだ」

「クソが……確かにこの件を仕切ってんのは師々戸ししどのクソ野郎だ。だが俺らだって指くわえてるワケじゃねぇ。スパイネズミで全部知ってる。奴らにゃ渡さねぇ。お前らにもだ」

 若頭の名は師々戸、そして殺害の件は師々戸が仕切っている……想定内だが、引っ掛かる。

 どうやって漣至さんだと特定した?

 僕の知る状況を考えれば、現場を目撃していなければ特定出来るとは思えない。その方法は一つ、いや二つか。

 漣至さんまで割り出したのなら、久山達は何故、

 その奇妙な状況こそが、派閥争いに繋がる――

「なるほど、あなた方の事情は承知しました」

 これ以上、彼らから有益な情報は得られないな。そして恐らく、直系派彼らが漣至さんに辿り着く事は出来ないだろう。ならば、泳がせておこう。

「さしあたり、狼藉を働かない限りはこの地に留まる事を咎めないでおきましょう」

「……おいコラ、これで終わらせる気じゃねぇだろうな。今度はテメェらの番ってのが筋だろ」

 噴き出すのが目に見えるような憤りに、動じる事などない。

 どうせ彼らには何も出来やしないのだ。威力を盾に自身の要求を押し通す、ヤクザのやり方をヤクザに対して行う事が、豊条というヤクザの矜持。

「こちらからくれてやるものなど一つもない。欲しいモノがあるなら、あなた方のやり方で手にすればいい。我々が、庭掃除をする機会を得るだけだ」

 念の為、スピーカーに繋がる端末の電源を切る。万が一の場合、無為な暴力を聞かせるわけにもいくまい。

 いまにも爆発しそうな怒りを前に、強気を崩さない。

「お忘れなきよう。鷹柳会が我々豊条の敵でないのは、いまはまだ、というに過ぎない事を。何が最善であるかを、重々ご承知頂くように」

 テーブルに叩き付けられた久山の拳は、そこでただ、向ける先もなく震え続けた。

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