キュートアグレッション

ㅤ部屋の窓が開いていた。それだけで、この部屋で起こったことを察するのには十分だった。心臓が小さく収縮するような心地があり、すぐに鼓動が耳元で響いた。


ㅤ彼女が攫われた。


ㅤ噂には聞いていたのだ。この辺りの治安は良くないと。気をつけていたつもりだった。就寝前に窓は閉めたはずだと見ると、鍵が壊されていた。

ㅤ急がないといけない。この国では、妖精はご馳走だと聞いたことがある。あの子が知らぬ人間の夕餉の食卓に並ぶなど、冗談では無い。コートを掴んで部屋を出た。


ㅤ不幸中の幸いと言うべきか、闇市の場所は把握している。その調査のためにここまでやってきたのだ。迂闊だった。やはり彼女を連れてくるべきではなかった。はやる気持ちに急かされて、闇市の入口には直ぐに辿り着いた。


「食材屋は?」


ㅤ近くの子どもに話しかければ、彼は虚ろな瞳で億劫そうに左の通路を指差す。そちらへと向かえば、香辛料の香りが強く漂ってきた。瓶に入った調味料に、なんの生き物だかわからない干物。その中に彼女は居た。錆び付いた檻の中で震えていた。店主に金貨の入った袋を投げつけ、檻を降ろす。彼女に安心してほしくて、微笑みかける。怖かっただろう。もう大丈夫だよ。


ㅤ小さな彼女を檻から出し、両手で包み込んで、目を合わせる。縋るように頬を擦り寄せる様が愛おしい。手遅れになる前で本当に良かった。


ㅤ私は彼女に微笑みかけ、そしてその身体を口に含んだ。


ㅤもう大丈夫だよ。何にも怖いことは無いからね。舌を引っ掻かく腕をちぎるように歯を下ろす。ぐじゅりと噎せ返る程の血の匂いがした。吐き気すら覚える粘質な液体も、彼女だと思うと愛おしい。


ㅤなんて、ことはなく。

ㅤ食欲をそそる香辛料の香りに包まれながら、彼女の小さな手を取って家路に着いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る