明晰夢
ㅤあなたの視線は、いつもあの子に捧げられている。あなたの中の特等席を、いつもあの子が独占している。一つしか無い席が埋まっているのなら、どけてもらわなければいけない。そういうわけで、私はあの子に席を空けてもらうことにした。
ㅤなんて、勇気があったのなら、そもそも悲劇などは生まれないわけで。今日も私はあの子を見つめるあなたを見つめている。ただ、ひたすらに。
ㅤそうして私は夢を見る。夢の中はいつも薄暗く、照明のスイッチは見当たらない。私は椅子に座っていて、目の前のテーブルを見ると、お皿に乗った手が目に入る。肘の辺りまであるそれは、手の甲をこちらに向け、静かに香草の上に鎮座している。いつの間にか握っていたナイフを滑らかな皮膚に差し込む。思いのほか簡単に切れたそれを口に運ぶと、ほんのり甘いような、舌に残る濃厚な味がした。香草の香りが鼻を抜ける。向かい側に座って微笑むあなたの片腕が無いことに気が付いたとき、目が覚めた。
ㅤ未だに舌の上に残るまやかしの味を忘れないうちに、唾を飲み込む。あの子はきっと知らない、あなたの味。香草が香った。
ㅤこんな夢を見るのは初めてではない。昨夜はあなたの左目を噛み砕いた。琥珀の色をしたあなたの左目は、レモンキャンディーの味がした。
ㅤ微睡みから引き上げるように、目覚まし時計が鳴る。
ㅤ遅刻だと急いで準備をしたおかげで、教室に着いたとき中はまだ静まり返っていた。普段喧騒に包まれた箱の中の、擬似的な静謐さがほんの少しだけ好きだ。まだ誰もいない一番乗りだろうかと扉を開けた瞬間、目の端を艶やかな黒髪が掠めた。教室から出てきた人と入れ違いになったのだ。
ㅤすれ違いざま、教室から姿を現したあなたが囁いた。
「美味しかった?」
ㅤレモンがふわりと香る。
ㅤ振り返れば、夢が覚めてしまう気がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます