かいたいがんぼう
ㅤガタタン、ゴトトン、
ㅤボックス席で、向かい側に座る妊婦を見つめる。まぁるいお腹の中には人間がもう一人入っているらしい。皮一枚隔ててこちらをじっ、と見つめる胎児の姿を想像してみる。何かを言おうと口を開くが、口腔はすぐさま羊水で満たされ、言語は液体にどろり溶けてなくなる。
ㅤそれが、あなただったらいいのにと思った。そのサネカズラの色をした唇をパクパクとしても口を満たすのは透明な血潮ばかりで、決してあたしになんにも届かない。それはきっと哀れで、あたしの心の底がぎゅっとなる。抱き締めたくてもあなたはあたしの中にいる。まだヒトですらないあなた。それにしても、お腹の中に居るというのは、まるで、食べられているみたいだ。あなたを丸ごと飲み込んでしまえば、同じことのような気がする。卵を飲み込んで腹が脹れた蛇のように。でもきっと喉につっかえてしまうので、脳だけ飲み込んでしまおうか。だけどもあなたはきっと、自分の腹を裂いてあたしを埋め込もうと言う。そうして縫い付ければ、それもまた同じことなのかもしれない。
ㅤ嗚呼、それなら、あなたはあたしの心臓を孕んでほしい。
「ねぇ」
ㅤあたしの瞳でこちらを見つめるあなたが口を開く。言葉は空気には溶けない。
「私達、一緒になれる?」
ㅤ ガタタン、ゴトトン
「もちろん」
ㅤ愛し合うふたりが一緒になれない道理なんてないのだから。
ㅤ屠殺場の屋根が見えてきていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録(無料)
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます