幼馴染が死んだ

ㅤ幼馴染が死んだ。事故だった。相手の車に、ブレーキを踏んだ様子は見られなかったらしい。


ㅤあるはずだった未来を夢想する。きっといつか、二人で遠い国を旅しよう。そう言ったのは、彼女だった。今でも鮮明に覚えている。放課後に教科書を広げて、顔を寄せあって地図を眺めた。行きたいところには、赤く印をつけた。二人とも海が好きだったから、底に潜って小魚と遊びたかったし、イルカと一緒に泳ぎたかった。海底に眠るお宝なんてものに夢見たりもした。キラキラとした瞳で語る彼女を見ていると、なんだってできる気がした。今となってはそこまでの夢は見ないけれど、ちょうどひと月後、海に行くはずだった。船に乗って鯨を見たいと言ったのは、私の方だった。彼女は少し迷う素振りを見せながらも、一緒に見ようと約束してくれた。その約束は、もう果たされることは無いのだけど。


ㅤあるはずだった未来を奪った男が目の前に蹲っている。嗚咽が聞こえる。私に謝ってもどうしようもないし、後悔しても仕方ないのに。

ㅤ返してくれ、だなんて。先に奪ったのはどっちだ。ひと月後に、海に行くのだと彼女は言った。渡された招待状は、遊覧船のチケットとは似ても似つかない。呆気に取られる私の前で、彼女は浜辺をウエディングドレスで歩く話をするのだった。


ㅤあるはずだった未来を奪った男は、被害者の顔で泣いている。


ㅤあの日、彼女の車に衝突するまで、私はアクセルから足を離さなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る