終わりよければ

ㅤ君のたった一人の最後になりたかった。そうすれば、これまでの、介入できなかった記憶全てが清算される気がした。崖の上で繋いだ手の温かさは鮮明に思い出せる。震えていたのは、どちらだったのか。一歩踏み出したのは、同時だった。お互い、間違いなく、躊躇いなく飛んだ。落ちていく間、君の澄んだ目を見て、私は初めて心から笑えた気がした。


ㅤあのときは、これがハッピーエンドだと信じて疑わなかった。きっと君もそうだったのだと思う。悲しいくらい楽観主義な私達は、こんな未来を予想することなどできなかった。終わりを目の前にして、終わらなかった未来のことなど、考えたくもなかったのかもしれない。


ㅤたった一人、生き延びてしまうなんて。


ㅤ呼吸もできない私は、ただ毎日君のことを考えている。あの日、私達は崖になど向かわなければよかったのだろうか。喫茶店で深煎り珈琲など飲んで、苦味に顔を顰め、カフェインで痛む頭を抱えながら、それでも楽しそうに笑う君を、そのまま家に送り届ければよかったのだろうか。そんな選択、有り得たのだろうか。


ㅤ私は欲張りだったのだと思う。君と明日を夢見るよりも、君を引きずり下ろしてしまいたかった。これからを共に形作るよりも、終わらせてしまいたかった。そうして、全てが手に入る気がした。ハッピーエンドなど夢見ずに、平和に、静かに、君の側にいればよかったのだ。


ㅤ私が欲張りでなかったなら、君をたった一人にすることもなかったし、泣いている君を慰めることもできたのに。それでも、私のために君が泣いてくれるのなら、これがハッピーエンドのような気もするのだから、救えない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る