奇跡に出会えるのは、子どもだけの特権であるらしい。
ㅤ奇跡に出会えるのは、子どもだけの特権であるらしい。だから私は子どものままでいるのだと彼女は言った。白い床に花びらを散らして、その中央でくふくふと笑う彼女は、なるほどたしかに少女のようにしか見えない。ヴェールのように被っているのは、カーテンのレースだろうか。また悪戯したのかと溜息が出る。この家に来て初めて出会ったとき、彼女は、自分はこの家に住む妖精なのだと名乗った。私は少しだけ驚いて、それから頷いた。この家は、先日亡くなった祖父から譲り受けたものだ。そこに昔のままの姿の従姉妹が住んで暮らしていたというだけの話である。かつてのままの無垢な瞳でこちらを見つめる彼女は、あの頃と一寸も変わらない。空き家だと聞いていたのだが、風変わりな同居人がいたことなどは誤差の範囲だろう。
ㅤ彼女は大人しかった。私が来てからも変わらず自分の世界で生きているらしい。空き家だったこの家は、彼女の部屋だけ埃を被っていない。どこから掻き集めたのか沢山のぬいぐるみと、床に散らされた花びらと、小さなベッド。そこが彼女の寝床だった。何を食べて生きているのかと思えば、庭に植えてある木苺のようだ。手を赤く濡らしているのを見たことがある。食事を共にすることを勧めたこともあるのだが、彼女はにこにこと微笑んで庭へと走っていてしまった。
ㅤ彼女は本当に妖精になったのだと思った。話しかけてくるわけでもなく、ただ時折パタパタと家の中に足音を響かせている。それは不愉快ではなく、むしろ一人の寂しさを紛らわせてくれる。
ふと、庭を見つめる。かつては美しく整えられていた庭園は、今はもうくすんで朽ち果てており、よくわからない草が生い茂っている。そんな朽木の中で木苺がそこだけ瑞々しく茂っているのは、私が彼女をあそこへ埋めたからだろうか。
木苺を一つ摘む。久方ぶりに口にした少女の味は、噎せ返る程に甘かった。
ㅤ奇跡に出会えるのは、子どもだけの特権であるらしい。だから子どもであるうちに、私は彼女を妖精にしたかったのだ。
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