第67話 オッサンとリエナ

「調子に乗るなよぉおおお! 無能野郎がぁあ!!」


 ゲナスはその巨体から無数の手を伸ばして、戦場に転がる剣を次々に拾っていく。


「細切れになりやがれぇええ!」


 力任せに次々と剣を振るうゲナス。

 無数の黒い斬撃が、俺めがけて飛んでくる。


 ―――すぅうう


 呼吸を整え、【闘気】を身体に巡らせた俺は、剣を構えて―――


「せいっ!」


 一筋の剣閃が黒い斬撃と衝突して空中ではじけ飛ぶ。


「せいっ!」「せいっ!」「せいっ!」


 次弾の斬撃も同じ。そしてその次も、全て。



「どうしたゲナス! こんなものか!」



「グッ……クソっ!」


 ゲナスはふたたび黒い斬撃を繰り出そうと、その巨体から突き出た無数の手を動かすが……


 ―――遅い!


 俺は地を蹴り、ゲナスとの間合いを一気に詰める。

 そしてその勢いのまま―――



「――――――せいっ!」



「ぎゅあぁあああ! 痛てぇえええ!」


 ゲナスの叫びと共に、無数にある腕の1本が宙にとぶ。


 さらに攻撃の手を緩めず、斬撃を続けざまに放っていく。

 次々に斬り落とされる腕。本体にも数撃叩き込んだ。しかし……


 おかしい―――


 斬っても斬っても数が減らない。


「ぎぐぁああ! 痛てぇ! だが―――俺様の再生能力を舐めるなよぉおお!」


 なるほど、切った付け根から再び腕が生えてきている。

 胴体の方も同じく、俺のつけた斬撃跡は徐々に修復されていく。


「ギャハハハ~~どうだ~~いくら斬っても無駄なんだよぉおお!」


 巨体をブルブルと震わして愉悦に浸るゲナス。

 ふむ、最大出力で真っ二つに叩き斬っても良いのだが―――


 それをするとリエナが危ない。


「ば、バルド先生……おそらく……ゲナスの核を斬らないとダメです……」


 ミレーネが顔を歪ませながらも、俺に伝えてくれた。

 ゲナスの呪いか魔法で精神的な負荷をかけられているのだろう。顔が真っ青だ。


 なるほど、核か。

 人間でいう心臓のようなものなんだろう。


「ワタクシのことは大丈夫ですよ……フフ」


 ミレーネ……。


 すまない、ここはリエナを優先させてもらうよ。

 俺の弟子にそこまで軟な奴はいないからな。


「ああ? 俺様の核を斬るつもりかぁああ! そりゃ無理だぜぇえ!!」


 俺たちの会話を聞いていたのか、ゲナスがグフフとニヤケながらその体を躍動させた。


 ゲナスの肉体から赤い宝石のようなものが浮かび上がる。

 あれが核か……


 しかし、なぜわざわざ核の場所を教えるんだ?


 その答えはすぐにでた。


「むっ? 動いている?」


「ギャハハハ~~そのとおりだぜぇ! 俺様の核は絶えず移動しているからなぁああ!」


 勝ち誇ったように剣を振り放つゲナス。

 俺はゲナスの放つ黒い斬撃を弾きつつ、無数の腕を斬り落とす。


 が、いくら斬ろうが一向に腕の数は減らない。


「ギャハハハ~これで俺様へのとどめはさせないなぁ、いくらでも斬るがいいさ! 再生しまくってやるぜぇえ!」


 たしかにこれはやっかいだぞ……

 どうする?


 黒い斬撃は対処可能だが、ゲナス本体を倒さなければ意味が無い。


「ギャハハハ~~どうしたどうした~~バルド~貴様の体力が尽きるまで攻撃し続けるぜぇえ!」


 俺が攻めあぐねていると、ゲナスの動きが止まる。


 ―――!?


「ぐがぁ……このクソアマがぁ……」


 あれはリエナ!?


 ゲナスの体から浮き上がってきたのは、なんとリエナだった。

 その体に赤い核を抱えている。


「クソがぁあああ! まだ消化されてないのかよクソ娘がぁ! 俺様の核を離しやがれぇええ!」


 取り込まれたリエナは、ゲナスの核にしがみつきながら俺に叫ぶ。


「さあ、バルドさま! 核の動きを止めました。今のうちに私ごと斬ってください!」


 この子は……


 ふぅう―――


 俺は一息深呼吸してから口をひらく。



「リエナ、それは出来ない相談だ」



「で、でもバルドさま……今は議論している時間はありません! だって私の魔法力と体力はもうほとんど無いんです。ゲナスを止められる時間はわずかです……早く!」


「だからダメだと言っているんだ」


「なぜです!」


「―――俺は……従業員を辞めさせたことがない……」


「え? なんですか? こんな時になに言ってるんですか? 私1人ですべて解決ですよ。また大好きな宿屋を再開してください! もとはと言えば……私が巻き込んだんですし! 今はそんなことよりこの悪魔を止める方が重要です!」


 ダメだ……


 俺は巻き込まれたつもりもない。

 オッサンはただひたすらに宿屋の店主だった。


 宿屋を営む以上は、従業員を雇う。

 かつてフリダニアにいた頃にも従業員は雇っていた。


 みなそれぞれの理由で辞めていく。

 しかしそれはみんな自身の意思で去って行くのだ。


 俺は雇った以上はその子に対して責任を負う覚悟で雇う。

 自らの意思で退職しない限りは、最後まで面倒を見る覚悟だ。

 もちろんこの考え方が全てではない事はわかっている。


 だが、俺は宿屋の店主だ。

 俺の店は俺のやり方でやる。


 そしてリエナは俺にとって大事な従業員だ。

 だから……



「――――――そんな退職理由は認めない!」



「ば、バルドさま……」


「リエナ、もうちょっと我慢してくれ。すぐ助けるからな―――」


 俺はゲナスとの間合いを一気に詰めて、そのままゲナスの体にダイブした。


「ギャハハハ! てめぇ自ら取り込まれるとはぁ、やっぱお前はアホだなぁああ!」


 俺の体がゲナスの巨体に取り込まれていく―――


 たしかに、そうかもしれんな。

 だが、負ける気などこれっぽっちもしない。



「アホはどっちかな? さあゲナス―――

   ――――――俺の【闘気】全部くれてやるっ!」






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