第65話 ゲナスと鏡

「よく頑張った。キャル」

「う……うん。ありがとなの、バル」


 魔王を消滅させるなんて、本当に凄い子だ。

 それに、キャルは自分のトラウマ克服の第一歩を踏み出した。


 これはあとでアンパン買ってやらんとな。


「やったな、キャル! 魔王を吹っ飛ばすなんて!」 

「フフ、頑張りましたねキャル。魔王もメテオに挟まれるなんて思わなかったでしょうね」


 駆けつけてきたアレシアとミレーネが、逃げようとするキャルの頭を強引に撫でまわす。

 2人はキャルにとって兄弟子となるのだが、キャルはいつも子供扱いされることに憤慨する。

 まあ2人にとっては、妹のような存在なんだろう。


 そこへ天使のお声が2つ追加される。


「「バルドさま」様~~」


 リエナにマリーシアさま。2人の王女だ。


「ふぅ……」


 これで無事に帰れそうだな。


 と一息ついたのも束の間―――


 そんな安堵の息をかき消す、聞き覚えのある声が飛んできた。


「んだよぉ~~これぇえええ!」


 フリダニアを追放された時に聞いた声だ。


「俺様の軍が……なぜ消滅するんだぁああ!」


 ゲナス王子か―――


「ざけんなよぉおお! 魔王なにやってんだよぉおおお!」


 取り乱すゲナス王子に、黒い影がズズズと近づいていく。


「何が俺様の軍だぁ!」


 あれは! 魔王―――!?


 黒い影は魔王の形になり、ゲナスの体にべったりと取り憑いた。

 まだ生きているのか?


 俺は剣の柄に手をかけて、様子を伺った。なにやら揉めているようだが?


「おまえ~~なんなんだあいつは! 石投げただけで我の実体を吹き飛ばしおった! なにがただのオッサンだぁ!」 

「ああ? 知るか! あんなオッサンにやられるてめぇがクソなんだろうがぁ、なにが魔王だ!」 

「おかげで我は再び魂のみの存在となってしまったではないかぁ! また永き眠りにつかねばならん!」

「ざけんな! 俺様の王国返り咲き計画をどうしてくれんだ! 契約どおりあのバルドのクソ野郎をぶっ殺せよ! さあ! 早くやりやがれぇ!」


「黙れ……バカ王子が」


 魔王がそう言った直後に、ゲナスの身体が黒く燃え上がる。


「グハァああ! んだよぉ? これぇええ!」


「ククク、バカ王子が……永久に黒い炎に焼かれ続けるがいい」


 その言葉を最後に、魔王の影は音もなく崩れ去っていった。


 黒い炎にまかれながら、身体を捩じらせてその場でのたうち回るゲナス。


「ぐぁあああ! 熱い、熱いぃいい! 鏡ぃいい! なんとかしやがれぇええ!」

『ハハハ~どうにもならんのう』


 なんだ? 

 ゲナスは誰と話している? まだ魔王がいるのか?


「さっさとなんとかしろぉおお!」

『だから、どうにもならんと言いっておろうが、お主も年貢の納め時じゃのう~ハハハ』


 ゲナスが何かと話している間も、黒い炎は彼を焼き続けた。

 ドロドロとただれていく皮膚。そこら中に焼ける臭いが漂い始める。


「お兄様……」


 おれの傍でマリーシアさまが、何とも言えない声を漏らした。

 ゲナスはあまりに多くのことをやりすぎてしまった。多くの罪なき人を不幸に落とし、時に命を奪い。

 必ずその報いは受けなければならない。


 だが、このような形での終幕は予想できなかったことだ。


 俺はマリーシアさまの手を優しく握ってやることぐらいしかできない。

 そこへ、凄まじい憎悪の視線を叩きつけてくるゲナス。


「お……俺様のマリーシアをぉぉおお……クソぉおお……全部おまえのせいだ……クソぉおおお!」 


 ゲナス王子……

 彼の目がどす黒く濁りはじめる。


「――――――バルドぉおおお!」


 のたうち回りながらも、憎悪をたぎらせた目をギラギラさせて俺を睨みつけてくるゲナス。激痛よりも憎悪の方がまさっているかのように。


『ハハハ~やっとこの時がきたわい。よう頑張ってくれたのうゲナス』


 また変な声が流れてくる。

 ―――なんだこれ?


「んだよぉてめぇ~~この時ってなんだぁああ~~鏡ぃいい」

『ハハハ~わしは邪神じゃ。復活のため他者の邪心を喰らい続けて数千年~ハハハ〜』


「なんなんだよ、これ! クソ、クソ、クソ、クソ、クソォオオオ!!」


 ゲナスの身体が真っ黒に染まっていく。

 それは魔王の黒い炎すら消し去っていくほどの深い闇。


『ゲナスよ~お主の邪心は美味であったぞ。まさかわしが復活できるまでの邪心を生み出すとはなぁ』


 どうやら、邪神なるやつがゲナスの体に取り憑いているようだ。

 爪の先から頭の上まで、何もかもが闇に染まり始めるゲナス。全身をビクビクと痙攣させて、もはや人間なのかも分からないぐらいの異形に変貌していく。


『ハハハ〜墜ちろ堕ちろ〜さあ〜いよいよじゃ。ワシは復活するのだぁ……』


 ところが、邪神とやらの高笑いがピタリと止まる。


『ふ、復活するんじゃ……クソ……』


 邪神の声に混ざる声。


『ふっか……クソが……』


 ―――この声は!?


「『クソがぁあああ! こんなところで終われるかよぉおお!!』」



 やはり、ゲナスの声―――



『ばかなぁ……逆にわしを取り込むじゃと……まさかお主ぃ……邪神よりも邪悪な存在なのかあああぁぁぁ……』

「はぁ? 分けわかんねぇこと言ってんじゃねぇ! おまえはすっこんでろ!」

『あり得ぬぅぅぅ……なんじゃぁぁ……ぁ……』


 邪神とやらの声が消えていくと同時に、異形の中からゲナスの顔が浮かび上がってくる。


「んん? なんか力がみなぎってくるぜぇ―――おらぁああ!」


 ブンと異形が腕らしきものを振るう。

 黒い塊がとてつもない速度で放たれ、前方の岩を粉々に粉砕した。


「すげぇ! すげぇ! ギャハハハ! 俺様は最強だぜぇええ!」


 ゲナスが俺の方にそのどす黒い体を向けて、ニヤリと口角を吊り上げる。


「さあ~~クソバルドぉおお! ぶっ殺してやるぜぇえ! ギャハハハ~~覚悟しやがれぇええ!」


 手に入れた力に酔っているのか、上機嫌で笑い出すゲナス。


 ―――ふぅ……。



 ―――いいだろう。



 俺はゲナスの濁った瞳に視線を向けた。



「ゲナス! ケジメをつけてやる――――――こい!」




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