第56話 オッサン、大魔導士を従業員にする

「よしよし、いいぞキャル~~追加10本!」


「わかったの~バル~~」


 ―――キャルと久しぶりの朝練。


 キャルット・マージ、三神の1人、大魔導士。


 黒髪ショートにグレーの瞳、小柄な体型で10歳ぐらいにみえるが、今はたしか……19歳か。

 13歳で大魔導士の称号を得て14歳の時、血の会戦で究極魔法メテオにより帝国軍の移動要塞を一撃で壊滅させた、とんでもない子だ。


 キャルと再会したのはつい昨日のことだ。

 彼女はゲナス王子に会い、俺が追放されたことを知ったらしい。


 三神をクビになったらしい彼女は、この宿屋で働きたいという。

 状況が良く分からんが、居たいのなら、好きなだけいればいい。と答えた。

 彼女の実力があれば、別の国でも活躍できるだろう。その時は宿屋を出て行けばいい。


「―――バル~~終わったの~~」


 キャルがその小さな両手をブンブン振っている。

 アレシアとミレーネもこちらにやってきた。


 しかし……またこの3人と朝練する日が来るとはなぁ。



 俺が3人の天使のような笑顔に癒されていると……別の天使が来た。



「―――な、何ごとですか!」



 リエナが宿屋から飛び出してきた。随分と慌てている。


「おはよう、リエナ。俺たちは朝練していただけだぞ」


「朝練……。でも、ドン、ドン、ドンって地震みたいな揺れが! ―――ってなんか空が赤いぃいい!」


「ああ、あれはキャルの朝練あとだよ、大丈夫だ。よしキャルラスト10本!」

「わかったの~~~~~隕石魔法メテオ! メテオ! メテオ! メテオ!……」


「スト―――ップ! 何やってるんですかっ!」


「いや締めの10本だが」

「ラスト10本なの」


 リエナの大声に、俺もキャルも首を傾げた。


「ダッシュ10本みたいな感じで言わないでくださいっ!」


「どうしたんだリエナ? 顔を真っ赤にして」


 朝が弱いのは知っているが、ここまで寝起き悪かったかな。


「そりゃ真っ赤にしますよ! この事態をちゃんと説明してください!」


「朝練のことか? リエナ、これはちゃんとしたメテオじゃないから大丈夫だ」

「メテオにちゃんとするとかしないとか……良く分からないですが、聞きますね」


「キャルが本気でメテオを使用する時は、従来の魔力に【闘気】を混ぜて放つんだ。だが朝練でそれをやると周りが消し飛んでしまう。宿屋もろともな」


「究極魔法ですもんね……」


「だから朝練では【闘気】のみを使用するんだ。魔力は石を形成するときだけ使用する」


「そうなんですね……たしかにそれなら国土への被害はなさそうですね……まあ宿屋はちょっとうるさいですが」


「フフ、リエナ。今朝はワタクシが防音魔法をかけるのを失念していました。明日の朝練からは宿屋にかけますね」


 ミレーネが、紫色の綺麗な縦ロールを揺らしながら、リエナにウインクする。

 納得したのか、渋々頷くリエナ。


 リエナはこの国の王女だ。たしかにメテオなんてバンバン撃たれたら、たまったもんじゃない。それに宿屋の事も考えてくれての発言だ。

 ちゃんと気遣ってくれているんだ。いい子だよ、本当に。


 本来なら俺が気遣うことだな……オッサンは久しぶりに弟子が3人揃って、浮かれてしまっていた。



「う~~~ん。なんとか分かりました。ですが……

 ―――バルドさまは何やってんですか!?」



「俺のは小石に【闘気】をこめて投げているだけだ。なんちゃってメテオだ」


 リエナにそう言いながら、俺もラスト10本を次々と空へ投げていく。

 空に打ちあがった小石は、キャルの朝練用メテオに当たって上空で四散する。


 魔力がないとはいえ、石が落ちては万が一の事故もあるからな。上空で粉砕しているのだ。


 俺に魔力は無いので、当然ながら魔法は使えない。

 ましてやメテオなんて究極魔法だ。


 では、なぜ俺がこんな訓練をしているのか?


 キャルには事情があり、メテオを制御する必要があったのだ。

 しかし、俺は【闘気】ぐらいしか教えてやれない。


 アレシアには【闘気】の剣を、ミレーネには【闘気】の壁を。

 そしてキャルには、―――【闘気】の石を。


 彼女たちが目指す目標は凄まじく高かった。


 そこでオッサンがやれることは、傍で一緒にやってやること。


 それだけだった。


 1人でやるよりは一緒にやった方が頑張れる。


 それに彼女たちはみな暗い過去を持っており、心を開くには時間がかかる。

 だから一緒にやるんだ。

 人は一緒に同じことをしていると、いつの間にか仲良くなるもんだ。


「バルは昔から一緒にやってくれるの」


 キャルはそう言いながら、最後の一発を空から放つ。


 ―――せいっ!


 と同時に俺が一投した小石が、上空で衝突して綺麗にはじけ飛んだ。


「よし、ラストだ。よく頑張ったな」

「ヘヘ、バルと一緒久しぶりなの。楽しいの」

「そうか……俺も久しぶりでいい汗かいたよ」


「なんかすっごくいい話で終わった感じですけど、お二人のせいで空が夕焼けみたいに真っ赤になってますからね! とまあ……驚くのはいつものことですね……さあ、朝食ができていますよ」


 リエナが呆れた声を出しながらも、やれやれと微笑んだ。




 ◇◇◇




 朝食を済ませた俺たちは、みな仕事に就く。


 俺は白ティーシャツを着替えて、気分を新たにする。

 しかし最近は良く着替えるな……

 魔物大量発生スタンピードのときも臭うって言われたし。キャルもやたらクンクンしてくるからな。


 オッサンの体臭はもはや改善できんが、白ティーは着替えることができる。


「うわ~~~キャルちゃんかわいいぃ~~」

「リエナ! キャルの方が年上なの!」

「でもでも~~可愛すぎてぇ~~」

「そ、そうなの?」


 なんか女子が盛り上がっている。

 そういえば、キャルも働く以上は制服を着るのか。


 まさかっ―――!?


「ば、バル……どうなの?」


 はい、ミニスカメイド服でした……


 そう言えば昨日ミレーネが速攻で制服発注してたな。ウフフフ~てやけに機嫌が良かったか。

 またミニスカ率が増えてしまった。


「ねえ、どうなの?」

「お、おう……とても似合ているぞ」


 俺がぎこちなくそう答えると、飛び跳ねて喜ぶキャル。


 チラチラと見えるから、跳ねるのはやめてほしい。ミニスカがすぎる。

 取り合えず今日のキャルは赤色ということが判明した。

 言っておくが、見たくて見ているんじゃないぞ。ミニスカが悪いんだ。


「バルドさま~~キャルちゃんは何してもらいますか?」

「えっ! 俺は見てないっ……じゃない。そうだな……」


 急に声かけないでくれ。オッサン焦るじゃないか。


 取り合えず受付に入れてみた。

 フリダニアの宿屋にいた頃は、キャルはよく俺の受付を見ていたからだ。


 馴染みのあることから始めるのがいいだろう。

 それにリエナが随分とキャルの事を気に入っているみたいだし。


「「いらっしゃいませ~~」なの」


 うむ、初めからいい声が出ている。

 リエナが色々教えながら、対応してくれるのでキャルも楽しそうだ。


 これなら大丈夫だろう。少しカウンター裏に行く旨を2人に伝える。

 俺は裏に行くと、帳簿とのにらめっこを開始した。月締め作業である。




 ◇リエナ視点◇


 きゃあ~~キャルちゃんかわいい。

 ずっと夢見ていたかわいい妹。それが現実のものになろうとしてるわっ!


 それに覚えも早い。この調子ならすぐに慣れそうね。


 すでに10組ほどの来店をこなしたから……では。


「キャルちゃん、次のお客さんは1人で対応してみよっか?」

「う……うん。やってみるの!」


 いやぁ~ん。ちょっと緊張しているキャルちゃんもかわいい~~。


 私がキャッキャッしていると。次の来店客が入って来る。


 男性1人、見ない顔ね。ご新規さんだわ。


「ふひょ~かわいい受付さんだなぁ~お嬢ちゃんいくつ?」


 ちょっと、私のキャルちゃんをいやらしい目でみないでくれる!

 と言いたいところだけど。これぐらいの事は日常茶飯事。それに私のこともわかってないみたいだし。


 頑張って、キャルちゃん! お姉ちゃんは後ろから応援してます!


 私の不安を他所に、セクハラ気味な客の対応もそつなくこなすキャルちゃん。

 この子本当に優秀ね。


 それに動きがバルドさまに似ていいる。


 たぶんフリダニアの宿屋で、バルドさまをずっと見ていたのね。


 このまま無事にワンオペ終了かと思いきや、事件は起こった。


 ルームキーを渡す際に、男性客がキャルちゃんの手を握ったのだ。

 うっかりじゃない……わざとだわ。


 これはダメね。注意しようとキャルちゃんと男性客の間に入ろうとすると……


 ―――キャルちゃん!? どうしたの!


 様子がおかしい。


 身体がガクガクと震えている。顔も真っ青で呼吸も荒い。


「……るな」


「え? キャルちゃんなに? 大丈夫!?」


「……男は触るなぁあああ!」


 凄まじい目つきで男を睨みつけるキャルちゃん……ここまで豹変するものなの?……って空がっ!!


 窓から見える空が、真っ赤に染まっていく……これって!


「うわ~~なんだ~空が真っ赤だぞ!」

「また魔物の襲撃か~~~!」


 周りの客も異変に気付き始めた。


「ちょ、キャルちゃん落ち着いて!」


 遥か上空で巨大な物体が形成されていく。


 これって―――やっぱり!


 その時だった。

 カウンター裏から勢いよくバルドさまが、飛び出してきた。


 バルドさまはすぐにキャルちゃんの手をギュッと握って、もう一方の手で背中をさすり出した。


 彼女の荒い呼吸が、少しずつ収まっていく。


 と同時に、空の色も青色に戻っていき。形成された物体も消えていった。


「ば、バルドさま……これは……」

「ああ、リエナ大丈夫か? すまなかった。まさか直接触ってくる客がいるとは。俺の配慮が足りてなかったな」


「あの……キャルちゃんは男性が苦手なんですか?」


「そうだ。キャルは俺以外の男に触られると……」


「触られると……?」



「―――メテオが出ちゃう」



「触られるとメテオでるぅうう??」



 なにそれ!?



「よく今まで世界無事でしたね……」


 三神って、やっぱりぶっ飛んだ人たちなんだ……




 ―――――――――――――――――――


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