第57話 オッサン、従業員を祝う
「シロ~~取ってこ~~い」
アレシアが棒きれを投げると、シロがキャンキャンと追いかける。
俺たちは朝練を終えて、しばしのまったりタイムを満喫していた。
「バルド先生、頼んでいたものが出来上がったようです。ワタクシ午前中に取りにいきますね」
ミレーネが、ポストから取って来たであろう手紙の一通を俺に渡す。
「おお、ついに完成か。悪いなミレーネ。お願いするよ」
「フフ、良かったですね。あの子も喜ぶでしょう」
キャンキャン
「あ、シロ! こら!」
「キャッ! シロちゃん~やん♡」
シロが、王城から出勤してきたリエナの大きな膨らみにダイブする。
貴族の集まるパーティーに出席しなければならず、昨日は仕事を上がるとすぐに王城へ戻ったのだ。
アレシアがリエナから引きはがそうとするも、必死に抵抗するシロ。
シロのやつ……相変わらず羨まし……じゃない破廉恥な犬だ。
「みなさん、おはようございま~す」
シロの突撃ではだけかけた胸元をタユンポヨンさせながら、挨拶するリエナ。
その胸元を整えてあげるミレーネ。いやこちらもポヨンしてらっしゃる。
「むぅうう……ズルい」
その2人のポヨンを見て、キャルが不服そうに唸った。
「キャルちゃんは成長期だから~まだまだ伸びしろあるからね~」
「キャルはリエナより年上なの! お姉さんなの!」
キャルが自身の胸元をバーンと張る。
たしかにリエナやミレーネの巨峰に比べれば、かなりなだらかな丘だ。
その丘にきらりと光る一筋のチェーンが。
「キャルちゃんのネックレス……アレシアやミレーネと同じものですね。綺麗……」
「ふっふ~~バルに貰ったの。キャルの宝物なの!」
俺が昔渡したやつだ。
そこまで高いものじゃないが、3人とも未だにつけている。
「いいなぁ……」
ポツリとリエナの口がひらく。
「みなさん、家族みたいで羨ましいです」
リエナはこの国の第一王女だ。将来的には他国へ嫁ぐか、国政を担うか。いずれにせよこの宿屋にいるのは一時的なこと。彼女もそれがわかっているから、そんな言葉が出たのだろう。
―――でもそんなことは関係ない。
「何言ってるんだ。リエナ、君だって俺の、いや俺たちの大事な家族だよ」
そう言うと、リエナはすこし間をおいて静かに頷き、笑みを浮かべた。
「はい! そうですよね! セラもシロもね……ふふ」
「ああ、そうだ」
先の事がどうなるかなんてわからん。
でもここは……彼女がいつでも帰って来れる場所なんだ。
なんだか少し湿っぽくなったので、誤魔化すようにキャンキャン飛び跳ねるシロの頭を撫でてやる。
―――ガブっ!
また噛まれた……この犬、俺をカミカミする骨かなんかと勘違いしているんじゃなかろうか。
「ご主人様、シロはたぶんお腹が空いているんデス」
セラがフライパンを両手に玄関から現れる。
朝食の準備ができた旨を伝えに来たのだろう。
「そ、そうなのか? シロ? そういうことだったのか。すぐに魔導石に【闘気】を入れてやる」
なんだお腹が空いていたのか。俺だけ噛まれすぎだと思ってたんだよな。
キャンキャン!
俺が手を伸ばすと嬉しそうに周りを飛び跳ねるシロ。はは、かわいい奴め。
―――ガブっ!
やっぱり噛むんかい!
その後、シロとプチ格闘してなんとか魔導石を補充することに成功した。
まあ、こんなことも含めてスローライフだなぁ。
案外悪くないと感じながら、俺は朝食のテーブルにつくのであった。
◇◇◇
「キャルちゃん、今日はアレシアとポーター業務ですね」
受付カウンターでキャルの荷物運びを見ながら、リエナが話しかけてきた。
「そうだな、取り合えず一通りの業務を体験してもらうよ」
その中から、彼女に合う業務を主体にやってくれればいい。
浮遊魔法で荷物をフワフワ浮かせて運ぶキャル。
「キャルちゃんって凄いですね。色んな魔法使えるんだ」
「ああ、小さい頃から頑張ってたからな、キャルは」
「大魔導士ですもんね。なんかキャルちゃん見てるとそんな風には全く見えないけど」
キャルは最年少で大魔導士の称号を得た。
リエナの言う通り、初見の人はその容姿からは想像できないだろう。
「と、ところでバルドさま……そのキャルちゃんって男性が苦手なんですよね」
聞きにくそうな顔をするリエナ。
まあ、デリケートな話だからな。リエナもどこまで踏み込んでいいのか分からず、探り探りなのだろう。
「ああ、キャルは幼少の頃にとてもつらい事があってな。それ以来、男に触られると拒絶反応が出てしまうんだ」
「そうなんですね……キャルちゃん……」
すこしぼやかして言ったが。キャルは俺の宿屋に来る前は、性被害を受けていた。
元々孤児だったキャルをメイドして招き入れた貴族の屋敷。
ここの主人がいびつな性癖を持っていた。
毎日続く、地獄のような日々……
それが彼女のトラウマになってしまっている。
「でも、バルドさまも男性ですよね」
「ああ、なぜかキャルは俺だけは大丈夫なんだ。長く宿屋で一緒にいたからかな。とはいえ当初は近寄らせてもくれなかったが」
「ふふ、キャルちゃんバルドさまのこと大好きですからね。よくクンクン匂いかいでるし」
「お、おう……そうだな」
あれはなんなんだろうか? オッサンはやはり臭っているのだろうか?
白ティーシャツはこまめに変えてるんだけどなぁ。
変な臭いに病みつきになっているとかだとしたら、ヤバイぞ。
「と、とにかく触られなければメテオは発動しない。リエナもそれとなく見てやってくれると助かる」
「ええ、バルドさま、もちろんです! 頼ってくれてうれしいです」
嬉しいですか……普通ならこんな面倒なこと、関わりたくもないだろうに。
追放された時はどうなるかと途方に暮れたけど……
俺は本当に周りの人に恵まれているな。
「あ、ミレーネが買い物から帰って来たようですね」
リエナが、玄関から入って来るミレーネに手を振る。
「戻りました。リエナ、申し訳ないけど荷物運ぶの手伝ってくれるかしら」
「ええ、もちろんよ」
リエナと共に奥に行くミレーネが、俺に小さく囁く。
「フフ、見たところ業務も落ち着いているようですし……バルド先生」
「ああ、ありがとうミレーネ」
◇◇◇
荷物を整理し終えたリエナとミレーネが出てくると。
「あれ? どうしたのみんな?」
従業員が勢ぞろいしている風景に、リエナはキョトンとする。
「「「「お誕生日おめでとう!」」」」
「え? バルドさま、これ? えぇ!?」
まだ完全に状況が呑み込めないリエナに、アレシア、ミレーネ、キャルが次々と彼女のプレゼントを渡していく。
そして、セラが奥から特大ケーキを持ってくる。ろうそくは17本だ。
「わぁああ……ありがとうみんな」
感情が追い付いてきたのか、目頭を真っ赤にしてリエナが微笑んだ。
昨日リエナが出席したパーティーとは、彼女の誕生パーティーなのだろう。
王城では王女だが、宿屋では俺の大事な従業員だ。
だから従業員としてのお祝いをしたかった。
俺は笑顔でケーキのろうそくを吹き消したリエナに、小さな箱を差し出した。
「リエナ、これは俺からのお祝いだ」
「ば、バルドさま……これ……」
リエナは俺の渡した小さな箱から出てきたネックレスを見て、言葉を詰まらせた。
「気に入るかどうかはわからんが、受け取ってくれ」
これは俺が3人の弟子に贈ったのと同じものだ。
鎖の中央には小さな石が、七色の光を放っている。俺が子供の頃にいた村の村長から貰った石を削ったものだ。
滅茶苦茶硬いので、凄く時間がかかる。
村長も「この里といえどこいつを削れるものはおらんじゃろう」とか言ってたような気がする。
だから、凄く時間がかかる。【闘気】を凝縮したナイフで少しずつ削る。1か月ぐらい前から準備したからな。
最後の加工は宝石店に頼んだ。今日に間に合って良かったよ。
俯いてフルフルと震えるリエナ。
あ? もしや微妙だったか……?
リエナの様子から、同じものが欲しんじゃないかと思ったんだが。
まあオッサンなんかから貴金属を貰ってもなぁ。てのはわかる。
すると顔を上げたとたんに、飛びついてきた。バイ~ンと。
「わ~~ん、やっぱりバルドさま大好き~~」
どうやら喜んでくれたらしい。
寒いことしたのかと、オッサンちょっと焦ったじゃないか。
たわわな膨らみをムギュムギュと押し付けてくるリエナ。
これはむしろオッサンへのご褒美なのでは? と邪な感情が出る場面だが、それも彼女の満面の笑みで吹き飛ばされた。
「む、むう……まあ今日はしょうがないな!」
「ウフフ、あらあら良かったですねリエナ」
「リエナもキャルたちとお揃いなの~~」
「今日だけは、ご主人様の独占を許可しマス」
「キャンキャン(?)」
いつもは抱き着きに厳しいみんなも、今日は怒らない。
こういうの……いいな。
隣国が攻めてきたり、魔物が大量に湧いたりして色々あったけど。
いや~いいな。やっとスローライフぽくなってきた!
「まあ! 王女さまに抱き着かれて随分とご満悦ですわね」
そうそう、こんな美少女王女に抱き着かれるなんて、オッサン人生で二度と無いだろうからな。
そりゃあもう大満足だ……って、この声!?
あの人? なわけないよな。
いつものブルブルはきてない。
ポケットから通信石を出して見るが、なんの反応もない。
通信石がブルブルしていないのに、声が聞こえる??
いや……まさか。
恐る恐る、後ろを振り向くと―――
――――――本物来てんじゃん!!
フリダニアの王女、マリーシアさまだ。
「なぜ私にはそのような贈り物がありませんの! 私が納得いくまで、じっくりとお話ししましょうか!」
俺のスローライフ……どこいった。
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