第51話 聖女ミレーネ視点 ワタクシの先生
キャンキャン!
小さな子犬の魔導犬が、ワタクシのお胸に飛び込んできました。シロですね。
「ああ、ミレーネすまない。シロ! ちゃんと足を拭いてから入るんだ!」
朝練後の散歩から帰って来たアレシアが、口をとがらせます。
にしても、随分な薄着だこと。この子は自分の美貌にもう少し配慮すべきですね。
バルド先生も目のやり場に困っているようですし。
その先生が、シロの頭を撫でようと……ガブっ!
あらあら、また噛まれましたね。シロは女性にしか懐かないのかしら。
ワタクシのお胸にうずくまるシロを羨ましそうに見る先生。
言ってくれれば、いくらでも埋めてあげますのに。
―――まあ、先生はそんなこと絶対言わないんですけどね。
そもそもバルド先生はワタクシやアレシア、リエナのことを恋愛対象とは見ていないでしょうし。
どちらかと言うと、ご自身の娘みたな感じなんですよね。
随分と女を磨いてきたつもりですが、まだまだ振り向いてはくれないようです。
ガックリと肩を落としてため息をつく先生。ドラゴンを軽くいなしてしまう人なのに、不思議な人。
あきらめて厨房に向かうようですね。たしかセラが新作の料理を作っているとか。
そこへドアの開く音。
「あ~~ミレーネさんいた!」
「な、もう戻ってきてるって俺の情報本当だったろ」
「お……お久しぶりです。ミレーネさん」
お客様です。馴染みの3人組冒険者さんたち。
バルド先生は厨房に入ったし、ここはワタクシが受付ですね。
「フフ、おかげさまで勤務に戻れました。いつもご贔屓にしてくれてありがとうございます」
「やっぱり聖女さまは綺麗~~」
「ミレーネさん! ありがとな!」
「あんな凄い【結界】を張れるなんて……そ、尊敬します」
フフ、みなさんの助けになれたようですね。頑張ったかいがありました。でも、あれはバルド先生の助力が無ければ、到底成しえなかったんですが。
先生はまったくわかっていないので、ワタクシのお手柄ってことにしておきます。
「聖女様って本当にすごいんですね~同じ女性なのに、わたしとは大違いね~」
「たりめぇだろ。俺たちのレベルであんな魔物とガチでやったら、ひとたまりもないぜ」
「あ……あの……ミレーネさんって、誰かお付き合いしている人っているんですか?」
「ちょっ! あんた! 何聞いてんのよ! ごめんね聖女様、変な事聞いちゃって」
あらあら、ワタクシも捨てたもんじゃありませんね。でも……
「付き合っている人はいませんよ。でも……気になる人はいますねフフ」
「ええ! そうなんだぁ~~」
「誰だよそいつ、羨ましすぎるだろ!」
「ううぅう……でもまだ付き合ってはいないから……僕にもチャンスが……」
フフ、残念ですがチャンスはありませんよ。
でも、本当に笑ってしまうぐらい気づかないですからね、あの人。
さて、受付はこれでよし。案内は……
アレシアが豪快に荷物を持ちながら、冒険者たちを強引に連れ去って行きました。
接客としてはまだまだですが、あの子なりに頑張っていますね。
それに……
懐かしい感じがします。
フリダニアでの宿屋の日々……
ワタクシがバルド先生の元に行ったのは、9歳の時ですね。
馬車で遠出をしている最中に魔物に襲われて。たまたま通りがかった先生が、助けてくれました。
両親は先生が来る前に、魔物に食い殺されてしまいました。
―――ワタクシの目の前で。
今でも思い出してしまいます。
―――お父様の身体を食いちぎる音。
―――お母様の骨を食い砕く音。
9歳の少女にはあまりにも過酷な出来事です。
あの音が、今でも頭の中に響いてくる。
今まで愛情たっぷりに育てられていた環境が、一瞬で崩れ去りました。
なに不自由なく暮らしていた生活が一変してしまいます。
ワタクシは貴族の娘でした。たぶん。
たぶんと言うのは、あまりに衝撃的な出来事だったので、一部の記憶が無くなってしまったのです。
でも使用人がいて、お屋敷があったのは覚えています。
バルド先生があとで襲撃場所に戻ってくれたのですが、運悪く洪水が起こってしまい。何も残されていませんでした。
その後もワタクシの家族を探してくれたのですが、今もわからないまま。
先生はあの場に残って少しでも探していればと、悔やんでいたようです……
でも先生は、ワタクシをあの場から引き離すことを最優先にしてくれたんだと思います。
一週間ぐらい泣いてましたから。ワタクシ。
そしてずっと傍にいてくれた先生。
それから少したってアレシアがやってきました。
はじめの印象は凄く陰気な子。
でもよく考えればワタクシも泣いてばかりでした。
―――そんな子が2人、先生の日常に入り込んでくる。
普通なら施設に預けたり、下働きの奉公に出されてもおかしくはありません。
でも先生はそんなことはしません。
当時の宿屋の仕事すら、やらせようとはしませんでした。
先生と暮らすようになって1か月ぐらい経った頃。
ワタクシたちに数冊の本を買ってきてくれました。
おそらくいつまでたってもふさぎ込んでいるワタクシやアレシアに、色々考えてくれたんでしょう。
アレシアは騎士の本を好んで読んでいましたが、ワタクシは聖女物語という本に夢中になりました。
内容は聖女様が国に結界をはって、魔物たちからみんなの笑顔を守ったという、子供にもわかりやすいものです。
ところどころに、張り付いて開けないページがありました。
後でわかったことですが、先生が魔物の挿絵が載っているページを張り付けていたんです。
ワタクシのことを考えて。
でも……魔物自体の存在は、この世界で生きていく限り消え去りません。
だから少しずつリハビリも兼ねて、本を買ってくれたんだと思います。
刺激が強すぎないように。でも、少しだけでも魔物への恐怖を減らせるように。
ちょっとずつ前進させてくれていたんですね。
ようやく宿屋の暮らしにも慣れてきたころ、先生が毎朝【闘気】の訓練をしているのを見て、アレシアが真似をし始めました。
つられてワタクシも真似をするようになりました。実は幼少の頃は体を動かすのはあまり得意ではなかったのですが……1人カヤの外になるのが怖かったんでしょう。
あと、なんだか先生を取られるのは嫌という嫉妬も、少しはあったんだと思います。
当時のワタクシたちにとっては、先生が何の訓練をしているかさえもわかりません。
先生はそんなワタクシたちを邪険に扱うこともなく、一緒に付き合ってくれました。
見様見真似のお遊びです。
でも、続けるうちに……
アレシアの表情から、少しずつ陰りが消えていったのです。
それはワタクシの表情からも同じことが起きていました。
先生はいい顔になってきたとウンウン頷きます。
その後、先生から本格的に【闘気】を教わりはじめて数か月後。
心の活力が戻ってきたワタクシは、ある想いが強まっていきました。
―――聖女になりたい。
そう、この本の主人公のようになりたいと。
両親を目の前で食い殺されたワタクシは大きなトラウマを抱えてしまいました。
はじめは魔物に会いたくないという単純な動機から……でもその考えは、恐怖を感じ続けるにつれて変わっていきました。
こんな悲しいことは他の人には起こってはいけない。
そして、同じ苦しみを味わって欲しくない。
という想いへ―――
すべての魔物から人々を守る【結界】を使う聖女に、憧れを持ち始めたのです。
そして、月日は流れて―――
ある日、バルド先生のお知り合いが、ワタクシを引き取りたいと言ってきました。
その方は教会のシスターでした。
たまに宿屋に来ていたのはなんとなく知っていましたが、ワタクシには強い聖属性の魔力があると言うのです。
バルド先生とは離れたくなかったですが、教会に行くことを後押ししてくれたのも先生。
戻りたければいつでも戻ってきていいと。
ワタクシは決心します。
聖女となる夢を叶える。
そして、魔物への恐怖を克服する。
それが出来たら先生の元へ帰ろう―――と。
バルド先生にはっきりと自分の目標を告げてから、ワタクシは先生の元を去りました。
教会に行ったあとは、必死に努力を重ねて強力な【結界】を張ることが出来るようになりました。
【闘気】を学んでいたおかげです。聖属性の魔力とブレンドして発動するなんてワタクシしかできませんから。
そして16歳で史上最年少の聖女となりました。
もう死ぬほど頑張りましたよ。
でも―――
―――魔物が怖い。
このトラウマは一向に改善しませんでした。
【結界】を使う聖女が魔物に怯えるなんて……とても人には言えません。
昔何度も読んだ本の聖女様は、魔物にひるまず人々の先頭に立つような人です。
―――でも、ワタクシは先頭になど立てない。
だから魔物など見えない遥か彼方まで、【結界】を張るよう努力を重ねました。
おかげで歴代最大の【結界】を展開できる聖女になりましたが。
聖女となり月日が流れて―――
ゲナス王子に解雇されてしまいました。
先生の宿屋の前に行き着いたときは、どうしようか迷いがありました。
教会で修行して、聖女としての力を得ました。
聖女になって国の要職に就いて教会の主張や貴族権力にもまれて、より大人の女性になったと思います。
でも……
魔物が怖くて仕方ない。根っこは昔のままで、なにも成長してません。
でもバルド先生は、そんなワタクシを快く迎え入れてくれました。
久しぶりに先生に会えたことがとても嬉しくて……アレシアにも再会できて、リエナと知り合えて。
楽しい時間が嫌な事を忘れさせてくれました。
ですが、宿屋にハチの魔物が来た時に、再び悪夢が蘇ってしまいました。
それに、先日のドラゴンタートルに襲われた時は、先生が来なければ子供たちの命を守れなかった……
ふう……
―――なかなかうまくいきませんね。
気が滅入ってしまいます。
あ、ワタクシとしたことが。随分と思い出に浸ってしまっていました。
仕事は仕事、キッチリしないと。
そこへ、バルド先生が何かを手渡してきました……って熱っ!
「ああ……ごめんよミレーネ」
「いえ、少しビックリしただけです。バルド先生これは?」
「なんと焼きアンパンだ! 凄く美味いぞ、もうヤバすぎるぐらい!」
ああ……それでテンション上がって熱々のを渡してしまったんですね。
フフ、先生らしい。
先生は熱々の鍋に入ったアンパンをみて、ニコニコしています。
下には宝物庫から持ってきた鍋敷きが……古代の文献かなにかでしたかね。
「元気がないときはアンパンだぞ!」
あら、やっぱり先生にはバレてましたか。
落ち込んでいることは、顔に出していないつもりだったんですが。
聖女になっても、この人には隠し事ができません。
―――もう言っちゃいましょう。
ワタクシは思いのたけをすべて、先生にぶちまけた。
バルド先生にどう思われようと構わない。
「なに言ってるんだ。魔物が眼前にいても結界を張り続けたんだろ。動かない体を必死に動かして子供たちを助けたんだろ。俺はちゃんと知ってるぞ。正直なところ俺はビックリしているよ。随分と成長したんだなミレーネ。よく頑張ったぞ」
―――でも、魔物への恐怖心はいまだに克服できていません……聖女なのに。
「ハハハ、聖女だろうがなんだろうが、怖いものは怖いんだ。当たり前だろ! むしろ怖いものが無い奴の方が怖い! ミレーネ、それは正常な人の心だよ」
―――そうでした。
思い出しましたよ。
先生はどんなことでも褒めてくれる人でした……
離れていると忘れてしまうんですね。
フフ、やっぱり先生はワタクシの大事な人。本当に不思議なオジサマ……
少しだけ前進できた気がします。
今までのワタクシなら、ドラゴンタートルなんて目の前にしたら一歩も動けなかったでしょう。でも……先生の言う通り動けました。そうですよね、これって前進ですよね。
バルド先生は熱いアンパンを持ってリエナたちのところへ。嬉しそうな顔をしてます。
―――やっぱりここに来て良かった。
そして―――先生が好き。
バルド先生がワタクシのことをどう思っているか?
【ホーリーグラフ(ウソ発見魔法)】を使って、気持ちを確かめる?
たしかにこの宿屋は、レベルの高いライバルがいっぱいいます。
でも……
ホーリーグラフを使うまでもありません。
ワタクシが一番なんですから。だれにも負けませんよ。
――――――――――――――――――
いつも読んで頂き、ありがとうございます。
ついに本作も、50話を超えることが出来ました。
これもひとえに皆様の応援のおかげです。ありがとうございます!
少しでも面白い! 少しでも続きが読みたい! と思って頂けましたら、
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