第2話 オッサン、追放先で王女を救ってしまう
「ふあ~朝かぁ~~」
俺は大きく伸びをして、頭をポリポリとかきながら体を起こす。
ゴツゴツとした固い地面にあぐらをかきながら、包み紙から最後のアンパンを出してかじりついた。
第一王女のマリーシア様より頂いたアンパンだ。俺が王城に来ることを知って、わざわざ準備してくれていたのだ。こんなしがないオッサンの大好物を覚えていてくれたなんて、感動ものだ。
「う、美味い……」
アンパンをかじりつつ、眼前に広がるのは、ナトル王国という小国の王都である。
ナトルは俺が追放されたフリダニアと同盟関係にある。まあ実質、フリダニアが親玉の従属に近い関係だが。
なけなしの全財産もフリダニアの宿屋も没収されてしまった。
手元にあるのはマリーシア王女からもらった路銀と通信石。あとはしょぼい安物の剣ぐらいしかない。
その貴重な路銀も国境を超えるまでの移動でかなり使ってしまった。これ以上無駄に使うことはできないので、王都郊外の森に野宿したのだ。
俺が野宿したのは大森林と呼ばれる場所である。
ちょうどナトルとフリダニアの国境がわりにこの大森林が続いている。大森林は魔物も出るし、時にはスタンピードという魔物が大量発生する事象もこの大森林から起こる。
とりあえずはこの国で資金を貯めなければいけない。再び宿屋の親父になるために。
なぜ宿屋にこだわるのか―――
宿屋は基本的に旅人が使用するものだ。そして余程酷くない限りは、けっこうな割合でリピートしてくれる。
みんな勝手を知った宿屋の方がいいからだ。
だから旅人たちは、各所に自分の行きつけの宿をつくる。
フリダニアの時もぶっちゃけショボイ宿だった。だが、馴染みの客はそこそこいたし、みんな忘れた頃にフラッと現れて泊っていく。たいていは家に帰ってきたかのような顔をして。
別に親密な訳でもない。じゃあ飲みに行くかといった間柄でもない。
でも、俺はその顔を見るのが好きなのだ。
だから俺はそんな奴らが集まるこじんまりとした宿屋で、のんびり余生を過ごしたい。そう思うようになった。
とまあグダグダと脳内で講釈を垂れたが、そもそも宿屋の店主しかやってこなかった39歳のオッサンが、今更別の職に就ける気もしない。こっちの方が現実的な理由なんだろう。
「さてと……朝飯もすませたし」
俺はむくりと立ち上がり、尻に着いた砂をパッパッと払う。
まあ悲観ばかりしてもしょうがない。今後のまったりスローライフの為にも、気分を変えて頑張るか。
王都城下町に行く前にやることがある。日課である朝の鍛錬だ。
まずは剣の素振りから。
集中………
体からオーラを絞り出して―――
「せいっ!」
「せいっ!」
「せいっ!」
ひたすらに、これを繰り返す。
同じ動作を何度も何度も。
ちなみに俺の体をまとうオーラのようなものは、【闘気】と呼ばれるものだ。
これは体内に巡るエネルギーを練ってより純度を高くしたものだ。そうすることで普段より少しばかり大きな力を得ることが出来る。
【闘気】は多少訓練を積んだ者であれば使うことが出来る。俺の父親も、祖父も使うことができたからな。
剣の素振りが終了したら、次の鍛錬を行う。
おれは素振りを含めて、合計3つの鍛錬を毎日行っている。
もうオッサンになってまでやらなくても。なんて考えもあるだろう。
―――だがサボるわけにはいかない。
その理由は、巣立っていった弟子たちへの教えだからだ。1つのことを誰よりも繰り返し鍛錬せよ。いついかなる時も反復せよと。どの教え子たちにも必ずそう教えてきた。言った本人の俺が実行していなければ何の説得力もない。たとえ、俺よりはるかに強くなって大成したあとでもそれは変わらない。
だから、いついかなる時も鍛錬は絶対にかかさないと決めている。
「ふぃ~こんなもんだな」
朝の日課を終えた俺は、フゥっと一息ついた。さてと、城下町に行って宿屋資金のため情報あつめないと。
というか肌着の白ティーシャツを着替えたいんだが……そんな贅沢を言える状況でもないか。
言っておくが、オッサン臭うわけじゃないからな。気持ちを新たにして着替えたかったという意味だ。
よっこいせ―――オッサンが腰を上げると
「キャァアア!」
ええ? なに!?
いきなり森の方から悲鳴が聞こえてきた。女性のようだ。
俺は帯剣すると、すぐさま森の山道へ向かい駆け出した。
しばらく駆けていると、2台の馬車が見えてきた。周辺には倒れた騎士も数名いる。どうやら魔物の襲撃にあったらしい。
あれはビッグベアか? 大型のクマのような魔物。両手の腕力が凄まじく、騎士の鎧でも簡単にミンチにしてしまう。
「グルゥウウウウ」
「嫌ぁああ、来ないで……」
悲鳴の主は、まさに魔物の振り上げた右腕に切り裂かれようとしていた。
瞳からは涙が流れており、恐怖に体を震わせている。
あまり面倒ごとには関わりたくなかったが……そんな事を言っている場合ではない。
まずは奴の注意を引かんと!
俺は地面の石をつかむと、素早く投げてビッグベアの後頭部に命中させた。
ガキンッと鈍い金属音がしたかと思うと。ビックベアがこちらを振り向く。
よし、こちらに注意が向いた!
「グルゥウウア!」
頭部に石をぶつけられたことに苛立ったのか。ビッグベアはこちらを向くと、猛烈な勢いで突進してきた。
それに臆することなく、俺は剣を正眼に構えて集中を開始する。全身に【闘気】が少しずつ練りこまれていく。
「ま、待て……そいつは普通のビッグベアじゃない。剣は効かない、折られるぞ!」
倒れていた騎士が声を振り絞って俺に警告を飛ばす。
剣を折られる? たしかにさっき石が当たった際は、変な金属音がした。通常のビッグベアより防御力の高い種族なのかもしれんな。
「悪いが遊んでいる暇は無さそうだ。初めから全力でいかせてもらう」
俺の全身から【闘気】があふれ出し、体の中心から両腕にパワーがめぐっていく。
「グルゥウウアアア―――!」
ビッグベアが眼前に迫ったその瞬間―――
「――――――【一刀両断】!! せいっ!」
一筋の剣閃がビッグベアの脳天から地面まで、綺麗に打ち下ろされる。
ビッグベアの中央から隙間が徐々に開いていき、その巨体は綺麗に真っ二つになり、崩れ落ちた。
「ふう~なんとかなったな……」
剣を鞘に納めつつ、緊張をほぐすように息を吐いた。
「な……あの最高硬度のミスリルベアを一刀両断だとぉ……どんな剣を使ったんだ……」
倒れていた騎士が起き上がり、俺の方をマジマジと見ながら呟いた。
いやいや、ビックベアのちょっと変わった硬めの種類の奴を倒しただけだから! いるでしょこんなん、大森林なら! 大げさに驚くのはやめてくれ!
【闘気】をコントロールして一点集中、これがオッサン唯一の取柄である。
と言ってもそこまで大げさなものでもない。通常よりちょっと攻撃力が上がる程度だ。
俺が子供時代の弟子たちに教えたのも、この【闘気】である。
ちなみに、【一刀両断】とは元弟子である剣聖アレシアの最大奥義である。単に正眼から剣を打ち下ろすだけなんだが、彼女は剣聖たる最強の剣技にこの【闘気】をのせて放つので、とんでもない威力を発揮する。俺のはなんちゃって一刀両断だ。本家である彼女には遠く及ばない。
さてと、倒れている騎士たちも立ち上がり始めて、各所で救護活動が開始されたようだ。
また奥の馬車はそれほど被害もないようだし。
―――俺はもはや不要だな。
スッと踵を返して去ろうとしたら、なんか柔らかいのが飛びついてきた。
バイ~ンって。
「わぁあ~~お助け頂きありがとうごじます! 凄いですっ! カッコイイです~!」
バイ~ンの正体は、魔物に襲われていた少女だった。
いや、不用意にオッサンに抱きつちゃダメだよ。二つのボリューミーな膨らみが、バインバイン当たってくるじゃないの。
「うわ、ちょっと……近いですって!」
「命の恩人です~~!」
余計に抱き着く力が増してきた。いやもうヤバいから! 密着のしすぎで、2つの膨らみ変形しちゃってるから!
オッサンのクソザコ理性が、いまにも崩壊しちゃうじゃないか!
あと白ティー着替えてないんだよぉ。だから不用意にオッサンに抱き着いちゃダメ!
「リエナ~~!!」
さらに、奥の方から髭を生やした大柄なオッサンが、こちらに全力で走ってくる。
んん? 頭に載ってるやつ……あれって……
―――王冠じゃねぇかあああ!
「お父様~~!」
んんん? お父様~~? てことは……
「ああ、申し遅れました。私、ナトル王国第一王女のリエナ・ロイ・ナトリスと申します」
はい、王族きたぁあああ―――!
なぜだ、なぜなんだ? もう王族はこりごりなんだよ……俺はひっそりと、スローライフを楽しみたいだけなんだ。
しかし王女が名乗ったのだ。俺が名乗らないわけにはいくまい。
「バルド・ダルシスと申します。フリダニア王国から来ました。王女殿下とは知らず、数々のご無礼をお許しください」
不可抗力とはいえ、膨らみ祭りを堪能してしまったからな俺。ヤバいな、即刻打ち首とか言われたら、どーしよう。
「おお、バルドか! 娘を助けてくれたこと礼を言うぞ! 本当に良くやってくれた!」
「そうですよ! 命の恩人様になんの無礼があるのですかっ!」
王冠の人も駆けつけてきて、俺の肩をバンバン叩きながら感謝されてしまった。まあ王様なんだろう。
「いえいえ、では俺……じゃない、私は急ぎますので、これにて」
そう言って立ち去ろうとすると、ガシっと両肩を掴まれた。王様と姫に。
「これにて」させてくれぇ~。
「ふむ、バルドよ、礼がしたい。とにかく王城に来るのじゃ!」
「そうですわね! 当然のことです! バルドさま~~さあ行きましょう!」
どうやら、立ち去らせてくれないらしい。
行きたくないなぁ。最近の王城にいい思い出がないなぁ。ひっそりとスローライフ楽しみたいなぁ。
そんな俺の気持ちなどおかまいなしに、王冠の人とリエナ姫は俺の両肩を掴んで、グイグイと馬車まで引っ張っていくのであった。
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