第4話 計画、全て支障なし
――12:50
4時間目が終わり、生徒達が教室を出て行く。
この時点ではまだ、少女達は動かない。
いつもの4人組は休みだが、それはそれで、アリアの周りには別の生徒達が集まってくるのだ。
彼女達は、自然と連れ立って食堂に向かった。
無意識の協力者ほど有難いものはない。
何の苦労もなしにアリアの行動を制限できるし、近付き過ぎて計画を悟られる危険もない。
しかも今回のメンバーに、話好きの生徒がいたことも幸いした。
元々アリアは、総会前に生徒会役員、風紀委員で打ち合わせがあるため、早めに昼食を終えるつもりだったのだ。
だが、彼女のおかげで席を立つタイミングは無く、結局時間ギリギリまで食堂に拘束されてしまった。
――13:23
急ぎ足で生徒会室に向かうアリアの目に、トイレの看板が滑り込む。
打ち合わせの開始まで、あと7分。
トイレに入っても遅刻するような時間ではない。
対して、打ち合わせが終わってから総会までは、僅か5分。
全く余裕がない訳でもないが、不足の事態がないとは限らない。
総会は2時間ぶっ通しの長丁場だ。
昼食の際、水と紅茶を1杯ずつ飲んでしまったアリアとしては、トイレに行かないまま総会に突入するのはできる限り避けたいところ。
今のうちに済ませて、憂いを断つべきだろう。
そう思い、アリアは生徒会室に向かっていた足をトイレの方に向けた。
だが――
「あっ、アリアさん!」
「どうしたの?」
同学年で風紀委員をやっている生徒が、その足を止める。
「打ち合わせ、ちょっと早く始めるみたいなんだけど……トイレ、急ぎだった?」
「ううん、大丈夫よ。急ぎましょう」
アリアはトイレを諦め再び生徒会室を目指した。
(まぁ……今はまだ、そんなにしたいわけでもないし……)
アリアは気付いていなかった。
彼女こそが、少女達が放った第一の刺客。
役目は勿論、『打ち合わせ前のトイレの妨害』だ。
『トイレ、急ぎだった?』
如何にも『漏れそうなの?』と言わんばかりな聞き方も、アリアに『ノー』と言わせるため。
過剰なまでに尿意を隠したがるアリアがこう言われれば、余程切羽詰まっていなければ、首を縦に振れないことは想定済みだ。
少女は隣を歩くアリアに、一瞬だけ、獲物を前にした肉食獣のような笑みを向けた。
――13:33
早めに始まった打ち合わせだが、終わりまで早まるということはなかった。
途中で軽いお茶会が始まってしまったのだ。
何でも、珍しい茶葉が手に入ったので総会前の景気付けに、ということらしい。
この時点でアリアは、僅かながら尿意を感じていた。
早めに打ち合わせが終わったら、ゆっくりトイレに行こうと思っていたが、どうやらギリギリになりそうだ。
紅茶も、勧められるまま2杯も飲んでしまっている。
トイレに行けないまま総会に出ることになれば、終わるまでにはかなりの我慢を強いられることになるだろう。
震えや、足の動きが抑えられなくなるかもしれない。
(ありえないわ……そんな、みっともないこと……!)
打ち合わせが終わったら、多少急ぎ足になろうとも必ずトイレに行こうと、アリアは心に決めた。
結局、打ち合わせが終わったのは、本来の終了時刻を1分過ぎた後だった。
――13:37
(もうっ、なんでこんな時間まで!)
打ち合わせが終わるや否や、アリアはそそくさと生徒会室を後にした。
決して走らず、だが少しだけ急ぎ足で。
(こんなに急いでトイレに入ったら……まるで、漏れそうになってるみたいじゃない……っ)
そう思われるのは、アリアにとっては受け入れ難い屈辱だ。
だから総会の開始に間に合うギリギリの速さを計算して、最大限平静を装ったままトイレに向かう。
トイレに行かない、という選択肢はもうない。
既に下腹は重くなっており、このまま総会に出れば、少なくとも最後の数分は、壇上で無様な我慢ダンスを披露することになる。
(全校生徒の前で、そんなこと……! そんな恥ずかしいこと、耐えられない……!)
彼女が向かうのは、総会のある講堂までの渡り廊下のすぐ近く。
校舎側で、一番講堂に近いトイレだ。
中に生徒がいることを確認すると、アリアは若干速度を落としトイレに足を踏み入れ――
――バシャーーーーーーーーーーーーッッッ!!!
「きゃぁぁっ!? え!? 何!? 何なのっ!?」
突如手洗い場の蛇口が破裂し、アリアは胸元から靴までをびっしょりと濡らすことになった。
アリアは即座に意識を切り替え、水道管に視線を向ける。
が……。
(み、水の魔術は……!)
アリアは水属性に魔術を使うと、魔力に比例して膀胱に尿が生成される、厄介な暴発症状を抱えている。
そのせいで、危うく衆人環視の中で漏らしかけたこともあった。
アリアが手をこまねいていると、中にいた生徒の一人が水の魔術で溢れ出る水を止め始めた。
2年の風紀委員の生徒だ。
「ここは私がやっとくわ。貴女は総会に行きなさい」
そう言った彼女だが、濡れ鼠のアリアを見て困った様に眉を顰める。
「あー……でもその格好じゃ……」
「先輩! 私、使ってない体育着あるんで、取ってきます!」
「お、助かるっ!」
「えっ!?」
(ちょっと、嘘でしょっ!? 体育着って……!)
少女の言葉に、アリアは激しく動揺した。
そんなアリアを他所に、彼女は1分とかからずタオルと体育着を持って帰ってきた。
「そっちの空き教室で着替えて! 悪いけど急いでね。壇上に上がる生徒を、遅刻させるわけにはいかないんだ」
「えっ、あっ、あの……はい」
アリアは真面目な生徒だ。
同じく真面目な先輩に言われれば強くは言い返せないし、総会に遅刻できないのも事実。
諦めたように返事をし、タオルと体育着を持って空き教室に入った。
その姿を、嗜虐的な笑みで見守る少女が一人。
体育着を持ってきた、アリアと同学年の少女だ。
彼女は『3人目』の刺客。
アリアが入ったトイレの水道を破裂させ、彼女を水浸しにして最後の時間を稼ぐことが彼女の役目だ。
尚、水道への細工は他数カ所のトイレにもされている。
どのトイレを選んでも、アリアの運命は変わらなかった。
因みに風紀委員の方は、ただ責任感が強いだけの『部外者』だ。
彼女がいたのは想定外だったが、結果としてアリアが素直に従うという良い結果に繋がった。
そして、彼女は個人的に、もう一つ目的があった。
空き教室から出てきたアリアを見て、彼女は内心で快心の笑みを浮かべた。
この学園の体育着は、上はオーソドックスな白の丸襟。
そして下は――
紺色のブルマだ。
そして参考資料はいつぞやのスク水と同じく、神代で実際に学校で使われたものではない。
18歳未満お断りのアダルトゲーム。
その名も、『クイ込め! まぁぶる女学園』だ。
勿論、形状はかなり際どい。
ローライズで、レッグ部分のカットも実際のものと比べて少々鋭い。
やぼったい下着なら見えてしまうだろう。
寧ろ、シルエットだけならほぼ下着だ。
そして、生地の厚みは本来のブルマ程あるのだが、原典がエロゲブルマなため、尻に食い込まんばかりにピッチピチの締め付け。
一応ローライズには、『尻尾のある生徒も問題なく穿ける様に』。
締め付けには『ヒップハングで激しい運動に耐えられるように』、と理由はある。
が、本当のところは誰も知らない。
あと下着並みのカットに理由は付けられていない。
アリアが着させられたのは、そうゆう服だ。
しかもそれを貸した少女の体型は、身長とウエストこそアリアと同じだが、胸と、特に尻が小さい。
今のアリアは、胸の形をくっきりと浮立たせ、尻はピチピチを通り越してギチギチのブルマに、これでもかという程締め付けられていた。
トイレの鏡の端に自分の姿が映るのを、アリアの目が捉える。
(う、うそっ……嘘でしょっ!? 私、こんな格好で、みんなの前に出るのっ!?)
卑猥さなら、下着姿といい勝負だ。
無意識に、アリアの手が胸と股を隠す。
刺客の少女は笑いを堪えるのに必死になり、『急げ』と言った先輩も、流石に言葉を失った。
が、最終的には総会を優先したのだろう。
ぎこちない笑みで、『じゃあ、頑張って』とアリアを送り出した。
そして結局、アリアにトイレを使う時間は、与えられなかった。
――13:40
出番のある教師、生徒が壇上に姿を現す。
アリアが姿を見せた時、会場は当然の如くざわめきに包まれ、やがて不自然なまでに静寂した。
(やめて……みんなっ、見ないでっ……嫌ぁぁぁ……!)
罠にかけた少女達も、アリアの姿に蔑むような笑みを向け、水道を担当した少女を心から称賛した。
このショーは、自分達が思っていたよりもっともっと面白いものになると。
そして少女達は見逃さなかった。
着席の直前、アリアの体がブルッと震え、羞恥に染まっていた顔が愕然とした表情を作ったことを。
少女達にとっては至福の、アリアにとっては果てしない悪夢となる、生徒総会が始まった。
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