第5話 美味しい美味しい特別な紅茶
――14:19
「んっ、んんっ……くぅっ……あぁ……あぁぁぁ……っ」
(ど、どうしよう……トイレっ……トイレに行きたい……!)
総会開始から40分が過ぎようている頃、アリアは一人、激しい尿意に襲われていた。
(も、漏れそう……! だめよっ、我慢しないと……!)
結局3時間目に終わりを最後に、トイレには行けずじまい。
昼休みには水をコップ1杯、紅茶を合計で3杯飲み、食堂でフルーツも食べている。
さらに水を浴びて体が冷えた上に、下腹を締め付けるサイズ違いのブルマ。
既に、意識から尿意を追い出すことは不可能。
平静を装うどころか、この2時間を我慢し通せるかすら、強い不安を感じる程だった。
(大丈夫……大丈夫よっ……私はもう、成人したんだから……! こんな、みんなが見ている前で…………が、我慢が、できなくなるなんて……絶対に、ありえないわっ!)
何とか心を強く保とうとするが、どうしても最悪の想像が拭えない。
(お願いっ……これ以上………したくならないで……!)
ゆっくりとした呼吸を繰り返し、少しでも尿意の侵攻を遅らせようとするアリア。
だが、そんなアリアを嘲笑うかの様に、尿意は加速度的に強まっていった。
(なんでっ!? なんでこんな、急に……!? あぁぁぁ……トイレぇぇ……!)
尿意が急激に上がった原因は、知らず知らずの内に突き立てられた、『2人目の刺客』の刃によるもの。
アリアが打ち合わせで、2杯飲み干した紅茶に潜んでいた悪魔。
少女達の計画の中でも最重要の要素――利尿剤だ。
打ち合わせで飲んでから、総会の最中に効果が出る遅効性のもの。
そして、アリアの狼狽える姿を長く楽しむため、効果がじわじわと強まるものを選んでいる。
結果は見ての通り。
アリアは総会の真っ只中、まだ1時間以上を残した状態で、限界近くまで膀胱を膨らませてしまっていた。
(我慢っ……するのよ……! 私はっ、副会長なんだから……! 総会の途中で……トイレなんてっ……!)
それは責任感か、それともトイレを言い出せない悪癖か。
何としてでも最後まで我慢しようとするアリア。
だが、利尿剤を飲まされた彼女の体は絶え間なく小水を作り出し、危険水位に達した膀胱を更に圧迫する。
「んんっ! んっ……あっ!? あぁぁっ……!」
襲いくる波に、アリアの体がブルッと震える。
ブルマから伸びる脚はもじもじと擦り合わされ、彼女を注視している者達の一部は、アリアの窮状に気付き始めていた。
(ど、どうしようっ……本当に、もう、我慢が……っ! ダメよっ、途中でなんて……で、でもっ……でもぉっ!)
縋るように時計に目を向ける。だが、針は先ほどから5分と進んでいなかった。
「あぁぁぁぁぁ…………っ!」
総会は残り1時間と3分。
とても我慢し切れるとは思わない。
アリアの、心が折れた。
(も、もう、無理ぃ……! ト、トイレ、行かせて、もらわなきゃっ……あぁっ、なんて情けない……!)
これから自分は、大勢に見られながらトイレを申し出なければならない。
あと1時間の我慢ができず、このままでは漏らしてしまうことを全員に知られてしまう。
あまりの羞恥に、アリアの目に涙が浮かんだ。
(せ、せめて、不自然じゃ無い、タイミング……私の、連絡事項が、終わったら……!)
あと5分もすれば会長の演説が始まる。
演説は凡そ10分前後。
アリアの出番はその次だ。
(私の番まで、15分……その後、ちょっとだけ、早口で……そうすれば、5分くらいで……!)
合計で20分。
今のアリアにはそれすら果てしなく長い時間だが、耐え抜くしか無い。
間近に迫った出番すら待てないほどトイレを我慢していると思われるなど、最後に残ったプライドが許さないのだ。
(20分……たった20分よ……! 我慢できる! 私は、ぜったい、がま、ん……あぁぁぁっ!)
だが、アリアを蝕む利尿剤は、そんな虚勢を許しはしない。
ジョロロッ。
「んむうううっっ!!?」
会長の演説開始から1分。
ついに、ピンっと張った我慢の糸が綻び始めた。
咄嗟に口を塞がなければ、講堂中に悲鳴が響いていたところだ。
(あ、あぁっ、ダメっ! 漏れるっ! もう、漏れちゃうっ! ど、ど、どうしようっ!? どうしたらいいのっ!!?)
自分の出番を終えるどころではない。
アリアはもう、会長の演説が終わるまですら耐えられる気がしなかった。
今すぐ立ち上がり、両手で出口を抑えながら、反対側の教師達のところまで走りトイレを願い出る。
そうしなければ、この壇上でとんでもない醜態を晒すことになる。
だが、アリアは立てなかった。
今回の会長の演説テーマは『責任』。
主に、責任を途中で放棄することが、どれだけ恥ずべきことかを語っている。
そんな話の最中に、あと数分後には出番を迎えるアリアがトイレを我慢出来ずに壇上から逃げ出す。
間違いなく、全校生徒の笑い者だ。
だが――
ジョォォォッ!
「んぐぅぅぅぅっっ!!?」
再びの放水。
今度は、先ほどよりも量が多い。
下着はもうグッショリで、ブルマにも小さな染みが浮かんでいた。
(あぁぁぁっ……もう、限界……! おしっこ……限界っ!!)
体の震えは止まらない。
生徒達から隠れる方の手は、ピッタリと閉じ合わされた脚の隙間に入り込み、全力で出口を抑えていた。
ジョロッ、ジョロロッ!
「あぁああっ!? あぁぁあっ!?」
塞げなくなった口から悲鳴が漏れる。
(もうダメっ! もうダメぇぇぇぇっっ!!! 言わなきゃっ! 言って、今すぐ、トイレに……!)
『つ―――は、せ――か―か――連絡事項……』
会長が話している言葉も、随分前にから耳に入ってきていない。
もう、本当の本当に限界だ。
このままでは、アリアは壇上の椅子に座ったまま、ブルマも、脚も、靴下も、全てを水浸しにしてしまう。
全校生徒の前での無様な失禁。
アリアは明日から、影でも日向でも、『お漏らし皇女』と呼ばれることになるだろう。
(い、いい、嫌ぁぁぁっ! そんなの、嫌ぁぁぁっ!)
尿意と恐怖が体を動かす。
アリアはついに、自分の役目を放棄した。
(ごめんなさいっっ!!!)
「副会長、お願いします」
――えっ?
それは、アリアが尿意に負け、腰を浮かせたのとほぼ同時。
目安より2分早く演説を終えた会長が、マイクに乗せて講堂中にアリアの出番を告げた。
「連絡事項、お願いね」
全校生徒の視線が、アリアに集まる。
一瞬、尿意を上回る羞恥心。
「あ、あの、私……んっ……トっ、トイ………はいぃ……っ」
『トイレに行きたい』
たったそれだけの言葉を、アリアは結局、口に出せなかった。
よろよろと、舞台袖のマイクに向かうアリア。
その後ろを通る生徒会長が、一瞬、冷たい視線をアリアに送る。
そう、生徒会長も少女達とグルだった。
彼女の実家は、ルーデンベルク家に多額の借金があり、その債権はイライザに譲渡されている。
イライザは減額を餌に、優秀で、多くの権限を持つ生徒会長を手駒として使うことができるのだ。
だが、今回彼女に与えられた本来の役目は、演説を
その結果待機中に限界を迎え、トイレに駆け込まれてしまっても彼女の落ち度では無い。
借金減額はなくなり、多少嫌味は言われるだろうが、実質的な被害を被ることはないはずだ。
彼女はこの会場内で、唯一アリアを救う事ができる存在だったのだ。
だが会長は、哀れなアリアを、むしろ全力で追い詰めた。
アリアがトイレを申告しようとしていることを悟り、敢えて演説を早く切り上げ、出番を早めることでそれを防いだのだ。
それをイライザがどう評価するかは、特に重要ではなかった。
会長は、自分の意思で、アリアの退路を完全に断ち切ったのだ。
コーデリア・エルスデン。
皇立学園高等部、ベルンカイト校生徒会長。
そして数ヶ月前――
アリアに中等部歴代最高成績記録を塗り替えられた、『2番目の女』。
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