第3話 忘れたい記憶、不穏の足音
思ったよりかかってしまったけれど、エルナが手伝ってくれたおかげで、何とかトイレの掃除が終わった。
もしかして私は、エルナがいないと、もう生きていけないのではないだろうか。
……ダメダメっ! 弱気になってるわ!
きっと、あんな夢を見たせいだ。
私の人生の中で、記憶にある限り最初の、そして最悪の『失敗』。
10歳の誕生日に、私の身に降りかかった悲劇。
節目の年。そして、来年からは帝国の学園寮に入り、気軽に帰っては来れないからと、その年の私の誕生パーティは盛大に行われた。
家族も、城の家臣達も、領地で急がしくしているおじ様達まで駆けつけてくれて、料理や飲み物も私の好きな物だらけ。
大好きな料理と、大好きなみんなに囲まれて、夢のような時間だった。
帝国に行く前に経験をと、お酒も弱いものを少しだけ飲ませてくれた。
――鉛の様な尿意を感じたのは、それからすぐ後だった。
あの頃の私は、アルコールに強い利尿作用があるなんて、これっぽっちも知らなかった。
一度気付いてしまった尿意はどんどん大きくなり、私はもう立ってるだけで精一杯になってしまった。
トイレに行きたい、おしっこ、漏れそう、おしっこ。
でも、行けなかった。
何だか恥ずかしくて、言い出せなかったのだ。
そのうち、私がみんなに感謝の言葉を伝える時間になった。
尿意はもう限界だった。
でも、こんなタイミングでトイレなんて言ったら、まだまだ子供だと思われてしまう。
当時の私は、10歳という年齢と、来年から親元を離れて帝国に行くことに、誇らしさを感じていたのだ。
それに、私の成長を喜ぶみんなに、情けない姿を見せて心配をかけたくなかった。
私は、我慢に我慢を重ねて、その上にもう一つ我慢を塗り重ねて、みんなの前に立ち――
――何も言えないまま、漏らした。
床も、絨毯も、この日のためにと誂えたドレスも、靴も、全部をびしょ濡れにして。
心配をかけたくない。
大人になったと思って欲しい。
そうして強がった結果、私は家族と大勢の家臣達の前で、これ以上無い大失態を演じてしまった。
思い出したくもない、最悪の記憶。
私がトイレ、特に小さい方に対して過敏になってしまうのは、恐らくこの出来事が原因だ。
なんで、今更こんな夢……。
何か、悪いことが起こる前触れだろうか。
あぁっ! また弱気になってる。
ダメよ、そんなんじゃ。今日は生徒総会があるんだから。
過去の記録を塗り替える成績で主席入学を果たした私は、1年生にも関わらず、生徒会の副会長という大役を与えてもらっている。
会長のような演説はしないけれど、壇上に上がって、幾つか連絡事項を伝える仕事があるのだ。
任せてもらったからには、しっかりとやり遂げなければならない。
私は一つ息を吸って、気合を入れ直した。
「あ、そうそうアリア」
「どうしたの?」
「言い忘れてたんだけど、私、実家から呼ばれちゃってさ。今日からしばらく、学園空けるんだ」
――えっ。
入れ直した筈の気合いが霧散していく。
今日はもう一人の親友ロッタも、学園を休むことになっている。
それだけじゃない。結構気が合って、よく一緒に行動をするリーザとアネットの主従もだ。
いつもの仲間が、一人もいない。
胸に抱いた不安は、いつの間にか先ほどよりも大きくなっていた。
何かが、起こる気がする。
何か、とてもよくないことが――
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