最終章 皇女と悪夢の生徒総会
第1話 悪意の坩堝
「もうっ! 何なのよアイツっ!」
学園から少し離れた所にある、とある帝国貴族の娘が持つ秘密のサロン。
そこに、一人の少女が肩を怒らせながら飛び込んできた。
「ちょっと、来るなりどうしたの?」
「アリアよっ! アリアっ! ほんと嫌になっちゃう!」
怒り心頭。今すぐにでも手近な物に当たり散らしそうだが、それはできない。
ここのオーナーの親は、帝国の公爵だ。
彼女も伯爵家の長女だが、八つ当たりで私物を壊したとあれば、どんな不幸が我が身に降りかかるかわからない。
「アイツ、また何かやったの?」
まるでアリアが問題児の様な言い草だが、実際は逆だ。
このサロンに集まる女子生徒達は、学園でも指折りの問題児。
しかも大人受けはよくしている、厄介な類の者達だ。
「ええ。ほら、リディル先輩に粉かけてた、C組のアイツ、いたでしょ?」
「ああ、あの冴えない平民の」
「そうそう! 身の程がわかってないみたいだったから、ちょっと『忠告』をしてあげただけなのに……それをアイツっ……!!」
彼女の中では、私物を隠したり、階段から突き落としたり、祖母の形見のブローチを便器に投げ込むことは『忠告』というらしい。
が、その『忠告』の話が流れ流れてアリアの耳に入り、僅か数日で証拠を揃え彼女の前に叩きつけてきたのた。
『貴女、成人の儀は済ませたわよね? 窃盗、傷害、器物破損……これが明るみに出れば、全て一般の罪状が適応されるわ。貴女は『前科持ち』になる。勿論、貴女のご実家にも、話が届くでしょうね』
彼女の父親は、娘の教育には失敗したが、優秀で実直な武人気質の男だ。
娘が虐めを行っていた上、犯罪にも手を出していたとあれば、勘当もありえるだろう。
彼女は平身低頭、アリアに許しをこうしかなかった。
「何が『よく、反省しなさい』よっっ!!! 私っ……あの平民の女にっ、頭を下げさせられたのよっ!?」
「何それ!? 流石に有り得ないわよ!?」
アリアの行為は人としてはむしろ正しいことだが、この場所にいる彼女達にとっては『非常識』。
サロンがざわめきに包まれる。
そして、その騒音は、一人の少女に腰を上げさせた。
「どうかなさいまして?」
お嬢様口調の赤い髪の美少女。
このサロンのオーナー、イライザ・ルーデンベルク公爵令嬢だ。
左右には彼女の取り巻きの、ここの序列二位と三位が控えている。
尚、帝国ではもう10年以上前にお嬢様口調のブームは終わっている。
今ではよほど実家が厳しくなければ、貴族の子女も普段は平民と変わらぬ話し方をする。
だがイライザは最古参の貴族、ルーデンベルク公爵家の長女。
礼儀作法も、嫌という程叩き込まれている。
「イライザさん……実は」
泰然としたイライザを前に、少女は少し落ち着いた様子で、同じ話を繰り返した。
「成程。犯罪行為は褒められたことではありませんが、それでも彼女の振る舞いは、少々行き過ぎたところがありますわね」
「あの方、最近少し調子に乗りすぎではありませんこと?」
「生徒会副会長など任されて、増長しているのでしょう」
取り巻きから、口々に囁かれるアリアへの非難。
天に数多の才を与えられ、多くの者から羨望と尊敬を集めるアリア。
だが光が強ければ、それによってできる影もまた、暗く、深いものになっていく。
彼女達の様な不良生徒にとって、アリアは煩わしく、妬ましい、憎むべき敵でしかなかった。
「少し痛い目を見てもらいましょうか。『大切な友人』に、そんなことしたくはありませんが……私達は数年後には学園を卒業します。大人の世界の洗礼を受ける前に、角を取って差し上げることも、優しさだと思いませんこと?」
「ええ! ええ! 全くその通りです!」
「さすがイライザさん!」
今度はイライザへの賛美が巻き起こる。
少しの間好きに騒がせ、やがてイライザはすっと手を上げた。
サロンが静寂に包まれる。
「さて、何か妙案のある方はいらっしゃるかしら? 出来る出来ないを問う前に、先ずは趣向を大切にしましょう」
「はいはい! じゃあ、私から!」
間髪入れずに手を上げたのは、アリアと同じ1年の女子だ。
ピンク色の髪を二つ結びにした、少し幼げな彼女は、悪戯っぽい笑みを浮かべて言った。
「中等部の頃の話なんですけど、あの子、水属性魔術の実習中に………おしっこ、漏らしたんです」
「あ、それ私もいた! ずっとモジモジして、体も震えてて、如何にも『漏れそうです』って感じだったよね」
「ええ、どっかの下手くそが魔術暴発させて、全部水浸しにして有耶無耶にしちゃったけど。あの時、絶対に漏らしてました。水着がジュワジュワって濡れて、黄色いのが溢れて来たんで」
「え!? なんで噂広めなかったの!?」
「私、子爵家の四女ですよ? ランドハウゼンのお姫様の醜聞の出どころになるとか……無理に決まってるじゃないですか」
「ああ……それもそうね」
「あ、だったら私も!」
話が逸れ出したところで、また別の生徒が手を挙げる。
「初等部の頃なんだけど、あの子、教室でずっとモジモジしてたことあったのよ。絶対トイレ我慢してるって思った」
「あれ惜しかったよね。エルナが『お腹痛い』って言って、トイレに連れ出さなきゃ、教室でお漏らしだったのに」
「それなんだけどさ、別のクラスの子がね? 本当にお腹壊して、その時間、ウチのクラスの最寄りのトイレに篭ってたんだって。でも、アリアとエルナは来なかったって」
「どうゆうこと?」
「ウチのクラスのすぐ隣にさ。保健室、あったんだよね。あそこってさ、病気の子とかのために……オムツ、置いてあるんだって。つまり、そうゆうことじゃない? 私の話はこれで終わり」
「じゃあ次、私!」
今度は、怒り心頭で入ってきたあの娘だ。
「中等部の終業パーティの時にさ、アイツ途中からいなくなったじゃん?」
「ああ、欲深おじさん達にお酒飲まされ過ぎて、ダウンしたってやつ?」
「そうそう。でも、会場を出る直前のアリアの事を見てた人がいてね? その人が言うには、話しかけてきた酔っ払い突き飛ばして、屁っ放り腰で扉に走ってったんだって。しかも扉の前で立ち止まって、ブルブルって震えたみたい。
すぐにメイドが外に押し出したから結果は見てないみたいだけど、これさ、絶対漏らしてるよね?」
「なんで追いかけなかったのよっ!?」
「私が見てたら追いかけたわよ! その人も、アリアのことはよく思ってないみたいなんだけど、それ以上に男嫌いで。寧ろ、突き飛ばされた方の酔っ払い男を諌めてたみたい」
――パチンッ。
そこまで聞いて、イライザが小気味良く扇子を鳴らす。
「決まり……で、よろしいですわね?」
イライザの言葉に、全員が頷く。
「日取りは……来月の生徒総会に致しましょう。あの方も、役員として壇上に上がる筈」
少女達の顔が嗜虐的な笑みを作る。
アリアの身に起こるであろう悲劇。それは、彼女達の溜飲を下げるには十分なものだ。
「あの方への『忠告』は」
全校生徒、教員が見守る中での――
「「「「「「「壇上でお漏らし!」」」」」」」
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