第三章 水属性に御用心~皇女のGolden Splash

第1話 水の魔術は濡れるからスク水を着よう

 アリアの通うノイングラート帝国皇立学園は、座学だけでなく、実習科目も多く取り揃えている。

 特に魔術は、半月に一度、1つの属性に集中した実習があるなど、かなり力を入れていた。


 今日はそのうちの一つ、水属性魔術の実習日だ。


 水の魔術は周囲に水を撒き散らすため、学園指定の水着に着替えプールで行われる。

 少し肌寒くなった気温の中、紺色の水着を纏った生徒達が姿を見せた。


 水属性魔術の実習が行われるのは、概ね9月。

 なぜ真夏ではないのかと言うと、夏日にこの実習をすると、ほぼ確実にテンションを上げて水遊びに興じる者が現れるからだ。


 尚、女子生徒の水着のデザインは、神代の資料『ムチっとスク水パラダイスEx』を参考に作られている。

 なぜこのタイトルが選ばれたのかは、未だ謎に包まれている。

 勿論、生徒達には知られていない。


 アリアはこの、無駄に体にフィットし、僅かだが谷間が見えてしまう水着が大嫌いだった。


 彼女達はまだ中等部の1年。

 まだまだ初等部の雰囲気を引きずる生徒が多い中、アリアの体はもう高等部の2、3年かと思われる程に発育していた。


 そんなアリアが、体を締め付けるような水着姿を晒している。


 男子生徒は邪な視線を、そして一部の女子生徒も、熱の篭った視線を抑えられない。

 絡みつくような視線に、アリアは不快に歪みそうになる表情を、いつも必死で抑えていた。


 水泳の時間はまだいい。

 大半の時間を水の中で過ごすため、見られるのは最初と最後だけ。


 だが水魔術の実習は、水を抜いたプールで行われる。

 割り当てられた二時間を、この視線に耐えながら過ごさなくてはならないのだ。



 更に――




「ねえ、ちょっと教えて欲しいんだけど――」




 これだ。


 学園の科目なら何であれ上位10名に入るアリアは、他の生徒達から頼られることが多い。

 特に水の魔術はアリアの得意分野だ。

 本職の魔術師に匹敵すると言われる制御力は、本日の担当教師すら上回る。



 アリアの周りに人が集まる。


 純粋に教えを請おうとしているなら構わない。

 だが半数、特に男子の大半からは、質問に託けて至近距離から無遠慮な視線を向けようという、薄汚れた魂胆が溢れ出している。


 だが、真面目な性格のアリアは、表面上でも教えを請う者を拒めない。



「少しだけよ? こうゆうのは、自分でやってみるのが、一番なんだから」



 時に丁寧に、あからさまな男子には嫌悪感を押し殺し、それぞれ対応を続ける。

 彼女が水を操り何匹も動物の形を作った時は、男子達も一時そちらに目を奪われた。



 実習は進み、他の生徒達も自分で魔術を使い練習をし始める。


 だが、ようやく視線から逃れたと言うのに、アリアは時折浮かない表情を浮かべるようになった。



「ん……」


(ちょっと……トイレ行きたいかも……)



 それほど強いものではないが、尿意を感じ始めたのだ。


 体が冷えることはわかっていた。

 だから今日一日水分は控える様にしているし、実習の前にトイレも済ませてある。

 それにまだ、実習が始まってから30分程度しか経っていない。

 思ったよりも早い尿意の到来が、アリアの表情に影を落とした。



(休憩がないから、あと1時間半……我慢できない程じゃないけど……)



 授業が終わってもすぐにトイレに行けるわけではない。

 『ランドハウゼンの皇女』という肩書きが、水着のままプールのトイレに駆け込む姿を晒すことを拒むのだ。

 着替えを終え、校舎のトイレまで耐えるとなれば、きっと苦しい思いをすることになる。


 それにもし、仮に、着替えが遅れ、トイレに行けないまま次の授業に急ぐことになってしまったら……。



「んっ……ふぅ……」



 悪い想像に、尿意がざわめく。



(ダメ! 何を弱気になってるの! 『あんなこと』さえなければ、この歳になって……も、漏らしちゃうとか、絶対、あり得ないんだからっ!)



『あんなこと』


 先月の遺跡調査実習で、アリアの身に降りかかった悲劇のことだ。


 誰にも見られなかったとは言え、13歳にもなって小水を漏らしてしまった事実は、アリアをしばらくナーバスにさせた。



「っ!?」


(ああっ、もうっ! 思い出したら、余計に……集中! 集中よっ! 実習に集中すれば……トイレなんて……!)



 考えれば考えるほど、ドツボに嵌っていく。

 アリアは悪い考えを振り払うように、魔術を繰り出していった。





 ――20分後






「んんっ! んんんっっ!! あ、あっ……くうううっっ!!」


(何でっ!? どうしてっ!? どうしてこんなにっ……おしっこしたくなるのよっ!?)



 授業終了まであと1時間10分。

 アリアの尿意は、危険水位まで迫り上がっていた。



(ああぁっ……ダメっ。凄く、トイレに行きたい……! おかしいわ……こんなに、したくなるなんてっ!)


「ふぅぅぅっ! ふぅぅぅっ! ……うぅっ!? ……ふぅぅぅっ!」



 時折吹く風が、アリアの体をゾワゾワと撫で上げる。


 水属性の実習は、どうしても飛沫が飛ぶ。

 時間が経てば、全身が濡れてきてしまうのは仕方ない。

 そのための水着ではあるのだが……。



(さ、寒い……体が冷えて……お、おしっこがっ……!)



 瞬間的な冷気が全身を襲い、寒気が固く閉めた出口を開こうとする。



「くっ、ああぁっ……ひゅぅぅっ、ひゅぅぅぅ」



 浅い呼吸でやり過ごそうとするも、もうその程度でどうにかなる状態ではない。

 両脚はピッタリと閉じられ、ブルッ、ブルッと、不規則な震えを繰り返す。



(まずいっ、まずいわ……! こんなにしたいのに、あと1時間以上……そんなに、我慢できない……!)



 アリアの心に、暗雲が広がる。

 我慢ができなければ、限界が来る前になんとかするしかないのだ。



(先生に言って、トイレにっ……あぁっ、でも! でもぉ!)



 バレてしまう。

 この歳になって、たった2時間もおしっこが我慢できないことを。



 想像してしまう。

 情けない屁っ放り腰でトイレを願い出て、そのまま一目散にトイレに駆け込む自分を。



(だ、だめぇぇ……できない! そんな格好悪いこと……! 我慢っ……我慢するのよ……終わるまで、絶対にぃぃ……!)



 少しでも負担を減らそうと、目立たない角に移動しようとするアリア。



 だが――




「ねぇ、アリアちゃんっ! もう1回お手本見せてよっ!」



 まだ幼さを残したピンク色の髪の級友の声に、アリアの足が止まる。


 アリアにはもう、人前で平静を装う余力など残っていない。

 だが余計なプライドは、アリアに今を取り繕うことを強要する。



「い、いいわよ……あと、1回だけだからね……っ」



 少しだけ相手をして、向こうに行ってもらおう。

 そう思って、大急ぎで術を構築するアリア。


 魔力が集まり、力となって解き放たれる。



「スプラッシュっ!」



 アリアの足元から2m先で、勢いよく水が噴き上がった。



(こ、これで……んっ!?)




 ――ゴポッ。




 アリアの体内でも、勢いよく水が噴き上がった。

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