第二章 爆誕! 聖涙天使!
第1話 レヴィエムの大工房
皇立学園の目玉科目『遺跡調査実習』は、午前中の3時間を使い、先史文明時代の遺跡を調査する、実践科目だ。
中等部に上がったアリア達は、本日初の調査実習の日を迎えていた。
とは言え危険の伴う実習に、入りたての1年生をいきなり向かわせるわけにはいかない。
今回は、いわば『実習のための実習』。
時間は2時間。
実習場所も、既に完全に調査され尽くした、安全な場所だ。
何なら、観光地にもなっている。
『レヴィエムの大工房』
入場料、大人小銀貨5枚、子供小銀貨2枚。
とは言え、精々が旅行者や労働者階級向けの観光地だ。
安全というだけで、設備は照明が多少追加された程度。
対して生徒の殆どは、今日まで何不自由なく育った貴族の子女だ。
平民であっても、比較的裕福な商家の者が多い。
彼らにとってはこの平穏な大工房ですら、過酷なダンジョンに姿を変える。
二時間の実習の終了間際には、生徒の多くが、心身共に消耗しきっていた。
「んっ……ふぅぅ……」
そんな彼等に紛れ、アリアもまた、苦しそうな吐息を漏らしていた。
だが、よく見るとその様子は、他の生徒達とは違って見える。
鉛を引きずる様な重々しい足取りの他の生徒達に対し、アリアの膝は、何かを耐えるようにモジモジと擦り合わされている。
呼吸も疲れているというより、何か苦痛を紛らわせようとしているように思える。
(あぁ……早く……っ)
アリアは別に、疲れている訳でもなければ、急に体調を崩したわけでもない。
――トイレぇぇっ……!
アリアは、どうしようもない程に、小用を足したくなってしまっていたのだ。
◆◆
「くっ……ふぅぅ……」
(大丈夫っ……大丈夫よ)
チャポチャポと、音が聞こえそうな程に膨らんだ膀胱を抱えて、出口に向かうアリア。
下腹を摩りながら、できる限り膀胱に振動を与えない様、慎重に足を運んでいく。
(実習は、もう終わりっ……後は、ここを出るだけ……! そしたら……すぐ、トイレにっ……!)
「んん……!」
ゴールを意識してしまい、実習用の特殊制服から伸びた太股がブルッと震える。
実際は遺跡を出ても、すぐに解散というわけではない。
整列と点呼、そして学園に帰還するための、馬車で5分程の道のり。
やることは、意外とあるのだ。
男子や羞恥心の薄い者なら、ここまで切羽詰まっていればトイレを優先することもできよう。
だが、アリアにはそれができない。
強国ランドハウゼンの皇女という立場や、それによって否応なく集めてしまう視線。
そして、持ち前の強い責任感と羞恥心が、尿意に負けて団体行動中を外れ、一目散にトイレに駆け込む無様を晒すことを許さない。
学園に戻った後も、着替えが終わるまでは必死に平静を装い、我慢を続けることになるだろう。
トイレに辿り着けるまで、最短でも20分。
数々の不本意な苦難で鍛え抜かれたアリアの括約筋を持ってすれば、耐えられない時間ではない。
だがそれでも、かなりの苦戦を強いられることになるだろう。
決して、油断をしていい状態ではない。
アリアは今一度、気持ちと出口を引き締めた。
やがて、遺跡の出口が近づいてくる。
「ふぅっ! ……くっ……ふぅぅっ……!」
一歩踏み出す度に、熱水が出口を叩く。
仕草や呼吸を抑え平静を装うのも、そろそろ限界だ。
「うぅっ……ふぅぅぅぅっ……!」
(大丈夫……我慢できるわ……! 気持ちを、緩めなければっ……!)
だが、それでもアリアはこの時点で、予想よりは余力を残していた。
トラブルさえなければ、無事にトイレに辿り着くことができるだろう。
――トラブルさえ、なければ。
レヴィエムの大工房は、隅々まで調査し尽くされた、安全な遺跡。
ギルドからも、帝国からも、そう認定を受けている。
だから、これは偶然が重なった末の、奇跡に近い出来事。
「くぅっ!?……あ、ん、はぁぁ……っ」
偶然、その場所でアリアが強い波に襲われた。
偶然、体を支えるため、壁の一箇所に手をついた。
偶然、尿意に気を取られたアリアが、魔力の制御を誤った。
そして偶然、アリアがレヴィエムの設定した条件を満たす人物だった。
――ブゥゥゥン……!
アリアが手をついたところから、壁の一角、更にアリアの足元まで術式が浮かび上がる。
「えっ? な、何?」
突然の事態にアリアは動揺し、咄嗟に身動きが取れなかった。
そしてそれは、致命的な一瞬となる。
「きゃああああっ!!?」
術式が強い光を放ちアリアを包み込む。
そして光が止むと、アリアの姿は影も形もなく消え去っていた。
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