第40話 結2

 同じころ、栄吉は彦左衛門の家を訪問していた。

「お聞きになりましたでしょうか。若旦那様とお内儀さんがあの後亡くなったらしいんです。賊が押し入って二人を」

「そうらしいな。すぐそこの弐斗壱蕎麦の主人から聞いたよ」

 上がり框に腰かけた栄吉は、右足の膝の上に左足を乗せて寛いでいるが、家主の彦左衛門は畳にきちんと正座している。この男は天神屋での番頭の振る舞いが骨の髄まで染みついているのだろう。

「天罰が下ったのでございますね」

「そうだろうな」

 俺が手を下したんだけどな、とは言えず、栄吉は適当に言葉を濁した。

「それで、天神屋はどうなるんだ」

「主人がおりませんので、天神屋は畳みます。私が番頭として最後の仕事をすることになると思います」

「最後の仕事か」

 彦左衛門は「ええ」と相槌を打ち、少し頭の中で整理した。

「まずお店の反物は全て木槿山の松原屋さんに買い取っていただこうと思っています。もうお話はついているんです。そのお金の中から丁稚に最後のお給金を支払って故郷さとに帰って貰い、手元に残ったお金で天神屋のお店を解体し、そこに長屋を作ろうかと。私はそこの差配でもやって、老後を過ごそうかと思っております」

「いいねぇ。天神屋の跡地に元天神屋の番頭が差配をする長屋か。お前さんもそこに住むのかい?」

 彦左衛門は少々微妙な表情を見せた。

「私はあの土地には思い入れが良きにしろ悪しきにしろございますので」

 そうだよな。四十年あの土地で過ごしたんだもんな。

「木槿山の松原屋だっけか、そこにはどうやって天神屋の商品を運ぶんで?」

「ちょっと山越えがきつそうではありますが、三郎太さんに手伝っていただいて、大八車で何往復かしようと思っています」

「じゃあ、あっしも手伝うよ」

「本当ですか。それは心強い。ぜひよろしくお願いします」



 数日後、天神屋には彦左衛門、栄吉、三郎太の他に、お藤が連れて来た鹿蔵と馬之助というゴロツキが集まった。ウマシカ兄弟は彦左衛門と栄吉を覚えていて平謝りに謝り、二人で大八車一つを押すと言った。

 ウマシカ兄弟の押す大八車と、栄吉と彦左衛門と三郎太の押す大八車、二台分で一度に運ぶので、一往復で済みそうだ。しかもウマシカ兄弟はあの日のお詫びだと言って給金を受け取らなかった。根は悪い奴らではなさそうである。しかもお藤には絶対服従なのがなかなかに可愛い。

 彦左衛門とお藤と三郎太が商品を柳行李に詰め込んで、それを栄吉とウマシカ兄弟で大八車に積んで行った。三郎太は力持ちではあるが、さすがになんでも屋だけあって細かい作業もお手の物だ。

 結局大八車はウマシカ兄弟とお藤、彦左衛門と三郎太と栄吉に分かれて引いて行くことになった。

 ここは比較的安全だが、ごく稀に賊が出るという。ウマシカ兄弟が「追いはぎとか盗賊とかが出たら俺たちが追い払ってやりますよ!」と言って先を歩くのがおかしくて、栄吉もお藤も必死に笑いをこらえた。素直に喜んだのは何も知らない彦左衛門と三郎太だけである。

 木槿山まではいくつか山を越える。とは言っても子供でも歩ける程度の山で、道も柿ノ木川沿いに整備されていた。柏原から漆谷は柏原の名主である佐倉様が、漆谷から木槿山は木槿山の柳澤城主孝平様が、それぞれ道の整備を請け負っていた。二人とも几帳面な性格で、徒歩で歩けるかどうか自分で吟味したようだ。

 柏原から漆谷へ向かう峠の麓に団子屋があった。店先の縁台で茂助が煙管をふかしていた。もちろん、栄吉もお藤も知らん顔で通り過ぎる。

 木槿山は小さな町で(と言っても途中の漆谷よりは大きい)ほぼ町の中央に松原屋はあった。松原屋の主人はまだ若く、四十になっていないのではないかと思われた。荷物が多く、跡取りと思われる十七、八の息子に手伝わせていた。

 あとは彦左衛門と松原屋の間の話である。三郎太を彦左衛門のお供に置いて、それ以外は先に帰ろうと言ったが、ウマシカ兄弟が「彦左衛門さんの帰りの用心棒をします」と言って残ったので、また栄吉とお藤は笑いをこらえなければならなかった。

 結局、大八車は彼らに任せて栄吉とお藤は先に団子屋へ帰った。柏原までの途中なので、あの四人が松原屋に残ってくれたのは好都合だった。

 団子屋には客が来ていた。天神屋に用心棒として雇われていた佐平治と孫六だった。

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