第27話 鬼灯長屋の取り上げ婆3
家に入るとすぐにおりんが「あ」と声を上げた。
「その簪、お芳さんのじゃありませんか?」
「そうさ、よく気づいたねぇ。今そこで話してたらくれたんだよ。随分上等な品で、初対面なのに貰っちゃっていいもんかちょっと悩んだけどね。どうだい、調子は」
おりんは両手でお腹を持ち上げるようにしてやっと座り直した。
「多分今日か明日生まれると思います。もう起きてても横になっててもしんどくて」
お藤は弥市に手渡された茶を一口飲むと、部屋の中をぐるりと見渡した。すぐに家移りするとしても大した荷物は無さそうだ。四半刻もあれば積み込んでおつりがくるだろう。
「昨日三郎太さんに家を頼んだって言ってたから、昨日のうちに見つけて来てると思ったんだよ。それで三郎太さんのことだ、今日は朝早くからそれを知らせに来て、すぐに家移りしようって言いだすだろうと思ってね。それで手伝いに来たのさ」
「それで最初に手伝って貰ったのがおしめの洗濯でしたね」
弥市が言うとおりんも笑った。
「おかげでお芳さんから簪いただいちまったよ」
その時、表で声がした。
「弥市さん、おりんちゃん、いるかい?」
「噂をすれば三郎太さんだ」
お藤が引き戸を開けると、三郎太が目をまん丸くして立っていた。
「なんでここにお藤さんがいるんでぇ」
「あんたが新しい家を見つけて知らせに来ると思ったもんだから手伝いに来たんだよ」
「そりゃあ驚き桃の木山椒の木、白木に狸に潮崎ってなもんだ。よくわかったね」
「あたしゃ男を見る目だけはあるんだよ」
「いやあ、そんなに照れられると褒めちゃうなぁ」
弥市が三郎太にもお茶を手渡しながら聞いた。
「それにしちゃ大荷物ですね」
「ああ、これかい」
三郎太は手にした風呂敷包みを畳の上に置くと、さっと解いて広げた。
「近くのお菜屋さんに昨日のうちに頼んでおいたんですよ。明日の朝、握り飯を三十個作ってくれってね。朝飯まだだろう? お藤さんの言う通り、新しい家を見つけて来たからこれからすぐに家移りできると思ってね。昼餉の分も握って貰ったんだ」
さすが、朝餉だけならまだしも、昼餉まで気を回して昨夜のうちに手配しておくとは、なかなかデキる男だ。本人にその自覚がないのが玉に瑕だが。
「そういえばお芳さんがさっき、おりんちゃんの赤ちゃんはあたしが取り上げる、って張り切ってたようだけど」
お藤が弥市に問いかけると「ああ、それは大丈夫です」と請け合った。
「お芳さんには、この家にいるうちに産気づいたらお願いすることになってるので」
「どうだい、まだ生まれそうにないかい?」
「はい」
「じゃあ、まずは飯を食っちまおう。せっかくこんなに持って来たんだ、みんなしっかり食べてくれよ」
四人はワイワイと竹皮に包まれたおむすびに手を出した。
「さておりんちゃん、家移りは明日にするかい? 今日にするかい?」
三郎太が最終確認をする。すべてはおりんの体調次第だ。
「今日お願いします。まだ陣痛も来ないみたいだし、動けるうちに動いちゃいましょう」
「わかった。それじゃおいらは大八車を借りに行って来る。その間に弥市さんは荷物をまとめておいてくんな」
お藤はお芳を思い出した。
「さっき干したおしめは乾いてないよ」
「大丈夫です。いくらか準備してあるので、干しっぱなしにしておいて貰ってまた私が取りに参りますので」
「それじゃ、あたしは彦左衛門さんを呼んで来るよ。家移りの時にはぜひ会いたいと言ってたからね。あたしの仲間の栄吉さんも一緒にいるはずだから、来てもらって手伝わせるよ」
お藤が外に出ると三郎太も一緒に出た。
「じゃ、おいらは四半刻くらいで戻りますんで」
三郎太がお藤とは反対方向に歩いて行くのを見送って、お藤も栄吉が行っているはずの彦左衛門のところへ向かった。
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