第24話 お内儀の過去5
「俺が柏華楼に勤め始めたのは十五年くらい前かな。その当時、お華は二十三、四と言ったところだったな。お華より若い
いつになったらお華の話になるのだろうかと気を揉みながら、栄吉と弐斗壱は続きを待った
「俺が柏華楼に入ったころ、その柚香の子供が七五三の節句だったから数えで五つか。可愛らしい男の子だった。この子がまた賢くてな、遊女の方の準備ができるまでお客の相手をしてたんだ。子供だしお喋りしてるだけなんだが、一度話した客は顔と名前を確実に覚えてやがる。しかもお客の話したことをよく覚えていて、そんじょそこらの大人より物知りだったし将棋も指せた。この子は使えるってことで、柚香の息子は正式に柏華楼の下男として子供ながらに働いてたわけだ」
これは込み入った話になりそうだと栄吉が思った時、弐斗壱も同じことを考えたのか、栄吉に困り顔を作って見せた。
「ところがお華はコブ付なんざ所帯じみていて華が無いと言う。柚香のことを心の底で馬鹿にしてたんだろうな、そういうのが言動にチラチラと見え隠れしてた。そこへきて、お華が指名された。たまたま全員出払っていて、お華しかいなかったというだけなんだがな。お華は『そうれ見たことか、女は所帯じみたら終わりなんだ』って意気揚々と客の相手をした。なんであんなに柚香のことを目の敵にしてたのかわかんねえが、一番人気の菊枝よりも敵対視してたとこ見ると、もしかして悠一郎に気があったのかもしれねえな。その日、そのたった一日で運悪くお華は孕んじまった」
「なんてこった。普通に子を宿せる体じゃねえか」
「そういうこった。ところが柚香を所帯じみていると散々馬鹿にしていたお華は産むわけにはいかない。しかも遊女は孕んだままでは仕事にならない。それで堕胎したんだな。俺は風呂の釜焚き専門だったから孕んだことすら知らなかったんだけどよ、しばらくお華が具合悪そうで仕事を休んでたのは知ってる。それからしばらくして天神屋の若旦那が通うようになった」
やっと若旦那が出てきた。
「ところが、いつまで経っても月のものが来ないらしい。堕胎する時に
「話だ、って誰から聞いたんだい?」
「それがよ、柚香の息子なんだ。お華が天神屋に身請けされて丸一年経った頃にふとそんな話になってよ、そしたらお華ももういないことだしって坊主が滔々と話し出したんだよ。お華さんはもう子供の産めない体ですよって、九つの子供がよ」
末恐ろしい子供もいたもんだ。
「随分と聡い子供だな。その子は今も柏華楼にいるのかい?」
「いや。その翌年柚香が死んじまってな。母親が死んじまったのに息子がそこに居るのもおかしな話だってんで、自分から出て行くと言い出して。お客さんに人気があったんだがな」
「じゃあ、その子が今どこにいるのかは」
「わからねぇ。今頃は十九の若者に育ってるだろうよ」
弐斗壱は鼻から長い溜息を漏らした。
「天神屋に身請けされてやっと花を咲かせられると思ったら、若旦那は女癖が悪く、子供も産めないとあって、自分の思い通りにならなかったんだろうなぁ」
太助は麦湯で口を湿らせて、しみじみ言った。
「柚香に敵対心を持ってたお華は、迎えに来ない悠一郎を息子と一緒にずっと待っている柚香を尻目に、町一番の呉服問屋の天神屋に身請けされて勝ったつもりでいたんだろう。それが輿入れしてみればあの始末。柚香に逆恨みして呪い殺したとも言われてる。恨みなんて持つもんじゃねえ。不幸になるだけだ」
「太助さん、お華さんが身請けされてから会ったことは?」
太助はフンと鼻で笑った。
「俺みてえな釜焚きジジイが恐れ多くも天神屋のお内儀様に声をかけられるわけがねえだろう。柏華楼にいた時だって汚らしいものを見るような目で俺を見てたぜ。自尊心は月に届くくらい高かった。あれはそういう女だ」
太助はそういうと静かに立ち上がった。
「天神屋に身請けされてからの生活もお華にはしんどかったんじゃねえかな」
それだけ言い残して、彼は蕎麦のお代を置いて弐斗壱蕎麦の暖簾をくぐって出て行った。
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