第19話 天神屋5
お藤は弥市とおりんの家を出て、柏原をうろついた。探さなくてはならない人がいるのだ。どこに出没するのか全く分からないその男を探すには柏原は広すぎる。だが、先日同様お藤にはツキの神様がついているようだ。
「ちょいとお兄さん」
お藤が声をかけると、その牛蒡のような男はくるりと振り返った。
「あ、姉さんこないだの」
「覚えててくれたかい。鍋を直して貰った藤だよ。あんた三郎太さんだったね」
「いやあ、嬉しいねぇ。こんな綺麗な姉さんがおいらの名前を覚えててくれたなんて」
三郎太は後ろ頭を搔きながらお藤の方へ歩いて来た。今日は鋳掛の道具は持って来ていないようだ。
「今日は鋳掛屋でも棒手振りでもなさそうだけど、何屋さんなんだい?」
「それがさ、今日は仕事がなんにもなくてさ。仕事探して歩いてんだ。この辺じゃおいらは『なんでも屋』で通ってるから、何か仕事がある人ならおいらの顔見て声をかけてくれるはずだからよ」
「そりゃ良かった。あたしが仕事を頼みたいんだよ」
三郎太は青鷺のように首を伸ばして「ほんとかい?」と言った。牛蒡にも似ているが、よく見れば青鷺にも随分似ているような気がする。
「人殺しと泥棒以外なら何でもするぜ」
「人殺しは間に合ってるよ」
「え?」
「いや、なんでもない。ちょっと付き合いな」
お藤は目を白黒させたままの青鷺男を従えて、一膳飯屋に入って行った。
「あらお藤さん、いらっしゃい」
看板娘のお駒は今日も元気だ。
「三郎太さんと一緒なんて珍しいですね。っていうか、三郎太さんが女の人と一緒にいるなんて初めて見るかも」
「そりゃ酷でえや。初めてだけど」
客がどっと笑う。みんな三郎太のことを知っているようだ。
「今日はずいぶんと別嬪さんが一緒じゃねえか」
「月とスッポンだな」
三郎太がからかわれているうちに、お駒がご飯と味噌汁、冷奴と香の物を運んできた。
「ところで仕事って何です?」
「何、大したことじゃないのさ。まあ食べなよ、今日はあたしのおごりだ」
「すんません、いただきます」
お藤は周りに聞かれないように声を落とした。
「この前あんたが教えてくれた天神屋さんの話なんだけどね」
三郎太は「ん?」と顔を上げた。
「手代と女中は天神屋を馘になっちまったんだ」
三郎太は口元まで持って行った味噌汁の椀をそこで止めて、ぱちくりとまばたきをした。
「え。なんでまた」
「知っちゃいけないことを知ってしまったからだろう?」
「ってことはつまり……」
「そういうこと。あんたが正解さ」
「なんてこった。そりゃあんまりだ。女中さんも可哀想だけど手代さんも気の毒だな。そうかあすこの旦那さんもえげつないことするねぇ」
三郎太はそう言ってまた味噌汁をずずっと吸った。
「だいたいさ、おいらが生まれる前から奉公してるっていう番頭さんを馘にして、そのあと手代と女中まで追い払ったんじゃ、あすこは商売成り立たないんじゃねえのかい?」
「まったく酷いもんさ」
お藤は茶で喉を潤すと、再び声を落とした。
「で、ちょっと訳あってあの二人は家から出るわけにはいかないんだ。そこであんたの出番さ」
「え? おいら?」
「そう。あんたには御用聞きに行って欲しいんだ。何、そんな大変な事じゃない。あんたの仕事のついでにチラッと立ち寄って、用は無いか聞いてくれればいい。買い物や言伝を頼まれるのは日常茶飯事って言ってたよね?」
「もちろん! なんでも屋の三郎太ですからね」
「天神屋近くの鬼灯長屋って知ってるかい?」
三郎太はちょっと考えて「ああ、あそこかな」と頷いた。
「天神屋さんから弐斗壱蕎麦の角を入ってちょっと行ったとこですね」
「そうそう。そこへ行って『お藤のお使いで来た』って言えばわかるから。御用聞きのお代は前払いで今渡す。あと買い物なんかの代金は弥市さんに貰っとくれ。これで足りるかい?」
お藤がお金の入った巾着袋を渡すと、三郎太は中身を見て「これは多すぎ。こんなにはいただけねえよ」と慌てた。
「いいんだよ。これからもあんたの世話になるかもしれないんでね。じゃ、頼んだよ。ゆっくり食べてっとくれ、あたしは先に失礼するよ」
「へえ、毎度!」
お藤が出て行ったのを見て、お駒が三郎太に声をかけた。
「なあんだ。お藤さん、三郎太さんに脈ありかと思ったのに」
「馬鹿言うんじゃねえよ、お藤さんは上御得意様だ」
「でも似合うと思うのよね。お藤さん、三郎太さんの三つ年下らしいし」
「えっ! あの人おいらより年下だったのか!」
「本人の前で言わなくて良かったね」
お駒は笑って三郎太の湯飲みに茶のおかわりを注いだ。
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