第5話 第二の事件?

 F市もいよいよ暑かった夏が終わり、秋が感じられるようになってきた。時期を感じるというわけでもないのに、いつのまにか、秋になったと感じるのは、明らかに身体にしみついた何かがなくなったか、あるいは、何かの兆候が出てきたからではないだろうか?

 この時期になって暑くなくなってきたとなぜ感じるようになったのか、最近になって分かってきた気がした。

 それは、明らかな夏を感じなくなったからだ。

 そう、実に簡単なことであり、

「セミの声が聞こえなくなったからだ」

 と分かったのである。

 そういえば、梅雨から夏に変わった時、確かに雨が降らなくなり、急に暑さが身に染みて感じるようになってくると、それが、セミが鳴きだした時期と同じではないかということが分かったからだった。

 確かにセミの声がしている時、身体がセミの声だけでだるく感じられるようになり、動くのが億劫になってくる。それを考えていると、今年の夏は、10月を過ぎてまでも、セミの声がしていたような気がする。最近の夏はどうかしているのだった。

 今年が特に変だった。

 梅雨が明けたのは、7月に入ってすぐだった。例年よりも早く梅雨が明け、想像以上に雨量が少なかったのだ。

「今年は水不足になるのではないか?」

 という懸念があった。

 ここ数年、梅雨というと、梅雨の終わりに突然の集中豪雨が発生し、全国に、被害をもたらしていた。

「線状降水帯」

 などと呼ばれるものが発生し、

「強い雨が、同じ場所に長い間停滞するため、堤防が決壊したりして、洪水をもたらすことになる」

 と言われていた。

 実際に、集中豪雨に見舞われるとことは、不思議と毎年同じ地区に多く、毎年のように、土地が水に浸かってしまったりという被害に見舞われていた。

 車も完全に水没し、そのあたりの車は軒並み、

「お釈迦」

 である。

 お釈迦になり水没したあたりは、豊富な農産物で有名なところが多く、農産物が全滅してしまい、価格が跳ね上がったりということにもなっていた。

 ただ、今年はそのような豪雨が、梅雨の間に降り注ぐことはなく、降水量も少ないという、いつもとは違った夏の始まりだった。

 7月は、普段の夏という感じで、暑さは35度以上の猛暑日など、日常茶飯事という感じで、

「これが8月にでもなったら、干上がってしまうんじゃないか?」

 と言われていたのだが、梅雨の時期の帳尻を合わせるかのように、盆前になると、集中豪雨が、ひどかったのだ。

「まるで、忘れていた梅雨の終わりが、1か月半後にやってきたみたいだ」

 と言われたほどだった。

 交通機関はひどいもので、電車は、ほとんどの路線で運休、路線バスはかろうじて動いていたが、短い区間だけだった。

 しかも、それが、1週間近くも降り続いたので、毎年の梅雨の終わりのごとくであった。

 ただ、今回は、一部の地区の問題だけではなく、広範囲において、満遍なく豪雨となったのだ。いつも被害を受ける場所だけではなく、都心部でも、ターミナルが水に浸かってしまったなどという状態だったのだ。

 本当に被害のひどいところでは、床上浸水どころか、1階部分は完全に埋没し、2階に避難している人もいた。平屋の人は、何とか2階のあるところや高台に避難したりしていたが、ひどいところでは、洪水によって、ビルの屋上に置き去りにされてしまった人もいたりした。

 自衛隊の緊急出動で、ヘリコプターによる救助などが、行われていたのだった。

 それでも、9月はまだまだ暑かった。

「2度やってきた梅雨」

 のせいで、暑さはいつまでも収まらない。9月になってもセミの声は止まらずに、その耳鳴りがしてきそうな声は、

「いつになったら、夏が終わるんだ?」

 と感じさせるほどだった。

「梅雨が2度来たのだから、夏も2度来た」

 ということなのであろう。

 10月の声が聞こえてくると、やっと、セミの声が、コオロギや鈴虫のような秋の虫の声に変わり、身体にまとわりつく汗の気持ち悪さを、感じずに済むと思うと、気が楽だった。

 夏が好きな人はまだいいが、夏が苦手な人間には、この汗がまとわりつく感覚が、嫌で嫌で仕方はないのであった。

 ただ、一つ言えるのは、

「秋があっという間に過ぎてしまうんだろうな?」

 という感覚であった。

 秋というと、子供たちなどには、運動会や文化祭などの行事や、遠足などもあって、毎週何かのイベントがあると言ってもいいくらいであった。

 皆が皆運動会や遠足が好きだとは限らないが、ないならあいで寂しい気持ちになるのも無理もないことだ。

 特に遠足などは、小学生にとっては、学校の外に出て、お弁当を食べるというのが楽しみであった。

 給食のように暖かい食事もいいのだが、たまには、表でシートを敷いて、その上で、友達とワイワイ話しながら、食べるのが楽しかった。普段味わうことのできない自然と接することが楽しかったのだった。

 そんな待ちに待った秋がやってきたのだが、遠足も、豪雨災害を考慮してか、今年は田舎に行くようなことはしなかった。都心部にある、こども科学博物館というところに、社会見学に行くところが多かった。プラネタリウムを見たり、恐竜のはく製は、骨格などの展示が、結構人気だったようだ。

 中学生も同じで、学校からは、ハイキング形式のものはなかった。

 もっとも、まだハイキングコースは、豪雨の影響で荒れ果ててしまっていて、とても、入れる状況ではなかった。ハイキングコースの半分近くは豪雨の影響で、営業ができない状況になっていたのだった。

 F市城西区にある中学校で、住宅街というよりも、マンションが立ち並ぶあたり、つまり、海の近くにあるその中学校で、事件は起こった。最初に発見したのは、いつも一番で通勤してくる、国語が専門の先生だった。

 元々、いつも早く出てくるのだが、その日は、もうすぐ中間テストだということで、試験問題を作成するという目的をもって、その日は、学校に7時前についていた。

 正門を開けて、職員室までいつものように歩いていたが、職員室の手前にある一年生の教室があるのだが、電気がついているようだった。

 用務員の人が普段は、電気がついていれば、消すはずなのに、

「どうしてなのだろう?」

 と思っていると、その先生は教室が気になって、扉を開けてみた。

 教室の後ろから開けたので、教室の中央あたりの席に、机に覆いかぶさるように前のめりに臥せっている人を見かけた。

「おい、誰だ。そこにいるのは?」

 と声をかけてみたが、相手は返事をする様子はなかった。

 おもむろに近づいてみると、黒い上着を着てはいるが、何やら学生服ではないような気がした。

「生徒ではないのかな?」

 と思い、少し前の方にいって、その顔を確認しようとした。

 そして、その顔を見た瞬間、

「うっ」

 と思わず声にならない声が出たのだが、その人は明らかに中学生ではない。

 しかも、目をカッと見開いて、どこを見つめているのか、瞬きをするようには決して見えない。顔色はまるで石のようであり、明らかに死んでいるというのが分かった。

 口からは血が流れ出ていて、とにかく、死んでいるのだろうということだけは察しがついた。

 110番に連絡をし、警察が来るのを待つしかなかったが、何しろいつもよりも、かなり早い時間の出勤だったので、他の先生が出勤してくるよりも、警察の方が早いだろうということは察しがついていたのだった。

 そこにやってきた刑事は2人だった。

 もちろん、鑑識の人も一緒にやってきたが、

「あなたが、第一発見者の方ですね?」

 と聞かれた国語教師は、

「ええ」

 というと、

「じゃあ、のちほど、お話をお伺いしますので、少しそちらで待機をお願いします」

 と言って、国語教師が待機している間、刑事2人が、被害者を覗き込んだその時、2人の刑事が、ほぼ同時に、

「あっ」

 という声を挙げた。

「この男は」

 と言って顔を見合わせたが、どうやら2人の刑事は、その被害者のことを知っているようだった。

 そして、すぐに被害者を見ながら、一人の若い方の刑事が、その様子を見ながら、

「まさか、こんなことになるなんて」

 と言って、悔しさからか、歯を食いしばっている様子が見て取れた。

「君の気持ちはよく分かるよ。私も君と同じ気持ちだからね」

 というのだった。

 刑事が、2人して、被害者を抱え起こしたのを見ていると、今度は国語の先生が声を挙げた。

 さっきまでは、

「誰かに似ている気がするんだけど」

 と思っていた、中途半端なモヤモヤした気分だったが、刑事が抱え起こしたことで正面から顔を見ることができると、それが誰だか分かったのだ。

 しかし、刑事2人は、そんなことは知る由もない。後ろから急に声がしたのでびっくりして第一発見者を見ていたが、被害者を見つめるその目が明らかに異様だったことで、先輩刑事が、

「あなたは、この被害者をご存じなんですか?」

 と、聞かれて、彼は一瞬、

「しまった」

 と思ったが、もうごまかすことができないと思った。

 どうせ黙っていても、すぐに分かることだ。最初から正直に答えておいた方が、刑事の心証だっていいだろう。

「あまりにも表情が変わっているので、違うかも知れないのですが、私の知っている人に似ているんですよ」

 と言った。

 それを聞いた刑事は、

「誰に似ているんですか?」

 と聞いた。

「はい、私がまだ教師の新米だった頃、先輩教師をしていた、花園先生です」

 というではないか。

 そう、二人の刑事も、この男の顔を見た瞬間、

「花園だ」

 ということは分かった。

 しかし、同じ花園でも刑事たちが聞いていた花園というのは、コンセプトカフェの花園店長だったのだ。

 手配写真でしか見たことがなく、警察が知っているのは、あくまでも、捜索願が出され、さらに、別の殺人事件での、参考人として探していた相手だったのだ。

 その事件が起きたのが半年前、今里の殺害事件では、これと言った進展もないまま、半分、迷宮入りになりかかっていたのである。

 半年前の事件で、いろいろなことが分かってきたのだが、どうしても、今里を殺そうというところまでの動機を持った人は見つからなかった。

 皆それぞれ、

「帯に短したすきに長し」

 と言ったところか、殺人を犯してまでというほどの恨みを持っている人もいなかった。

 ただ、彼のように、

「水面下の人々」

 なるものがいたのだから、恨みくらいはあってもいいとは思ったが、水面下で動いているからこそ、余計に、恨みが深くならないという効果もあった。

 だから、事件は一向に進展しない。今里という人物のことが分かれば分かるほど、事件は迷宮に入っていくのだった。

 そこで手掛かりになると思われたのが、行方不明の、花園店長くらいだったので、花園店長の捜索も同時に行われていたが、どこに雲隠れしたのか、一向にその足取りは分からなかったのだ。

「どこかに高跳びでもしたんじゃないか?」

 とまで言われるようになっていたが、犯人の検討もつかず、唯一の手掛かりになりそうな花園店長の行方も、依然として知れず、もう、迷宮入り、まっしぐらだったのだ。

 そんな時、二人の刑事は、今里の事件に後ろ髪を引かれながら、他の事件を放っておくわけにもいかず。悔しい思いをしながらであったが、頭の中を切り替えるところだったのだ。

 ただ、心境は複雑だ。

 本当は、生きている彼を確保して、事件についての証言をさせるというのが目的だったのに、自殺でもなく、他殺死体で発見されたということは、二人にとっては、やり切れない気持ちだった。

「もし、自殺だったら、理屈は合う気はする。しかし、自殺ではなく他殺だということになれば、さらに、事件が一つややこしくなり、半年前の事件との結びつきをどう考えればいいのか、変に糸が絡み合ってしまう」

 という風に思えたのだ。

 ただ、分からないことがたくさんあった。

 なぜ、ここで、半年前に行方をくらましてしまった花園店長が、他殺死体にならなければいけなかったのか?

「花園さんは、この学校の先生だったんですか?」

 と第一発見者に聞いたが、

「いいえ、花園先生は私が知っている限りではこの学校に赴任したことはないはずです」

 ということだったので、なぜここに死体があったのかということは、疑問として起こってしまうのだった。

 さらに、気になるのは、

「被害者である花園先生は、行方をくらましてからのこの半年、どこで何をしていたのか?」

 ということである。

 逃亡していたのだとすれば、誰かが助けていたとも考えられるが、それが誰だったのかということである。その人が今回彼を殺したのか? そして、半年前の事件でも、やはり、花園が、何かしらのカギを握っていたということなのだろうか?

 いろいろ考えると分からないことがたくさん出てきそうだ。だが、それは捜査本部ができてからのことであり、今は、目の前の犯罪の初動捜査をしなければいけなかった。二人の刑事は、とりあえず、いつものように所持品などをチェックしてたが、確かにポケットから出てきた定期入れや免許証などを見ると、被害者は、花園に間違いないということは分かった。

 免許証の写真はまるで別人のように見える。髭を生やしていて、チューリップ帽のようなものをかぶっている。知らない人が見れば、ルンペンか、植物学者のように見えるのではないかと、両極端を感じたものだった。

 実際に、ウワサで聞くところの花園という人物も、どこか両極端なところがあったようで、

「普段はとても穏やかなんですが、何か本人のスイッチが入るようなことを口にすると。とんでもなく狂ったようにいきり立ってしまうことがあったんです。そうなってしまうとまるで子供がゴネているように、収拾がつかなくなるか、誰からかまわず、ある事ないこと、悪口を並び立て、まわりは、黙ってその場をやり過ごすしかなかったんです」

 という人もいれば、それを聞いていて、

「いやいや、あの人の言葉には皆裏がある。そんな子供が喧嘩でもしているようなそんな言い方をする時って、絶対に何かをごまかそうとする時だったはず。今となっては、そんな気がしませんか?」

 と言われて考えてみると、

「言われてみれば」

 と、それまでであれば、

「いやいや、そんなことはない」

 と言って否定していた人が、急に裏返ったように、相手に従うのだった。

 それだけ、疑っていなかったような人も、言われてみれば、おかしかったと思うほど、自分にも納得のいかないところがあったということなのだろう。

 死因に関してであるが、どうやら毒を盛られていたということである。ちょうど座っているあたりに吐血の痕があり、第一発見者が気づかなかったのは、そこを誰かが拭き取った痕跡があるということだった。

「ということは、被害者は毒を盛られたとすれば、自分で飲んだのか、誰かに飲まされたのかということですよね。自分で飲んだといっても毒を何かの食べ物か、飲み物に仕込まれていたとも考えられる、あるいは、薬のようなものでカプセルの中に仕込まれていたりすると、すぐには毒が変わらない可能性もあるかですね」

 と、若い刑事が言った。

「確かにそうだ。だが、少なくとも、ここにもう一人誰かがいて、この男が吐き出した血を拭き取った人がいるのも確かなんだよな。となると、これは自殺ではなく、誰かに毒を盛られたと考える方が辻褄が合っている。君のは残念だけど」

 と、先輩刑事に言われて、若い刑事は、一瞬、ギクッとなったようだ。

 もしこれが自殺だとするならば、半年前の殺しの犯人が彼であり、その自責の念に堪えかねて死んだということになる。

 だが、そうなると、問題がないわけではない。

 この半年間、どこにいたのか。なぜ、逃亡を図ったのか。そして、なぜ今になって自殺をしなければいけなかったのか。パッと思いつくだけでもいくつもの問題があるではないか。

 そう考えれば、今回の事件は、半年前の事件とまったく関係がないとは言えない。半年も経っているのだが、これは連続殺人だと思っていいのか、少なくとも半年前の事件の捜査は、少なからずはしている。その中で、さらに、今回の被害者である、花園店長を共通で恨んでいる人がいたのか、あるいは、被害者二人にどのような接点があるというのか。以前は、被害者と犯人という見方で見てきたが、今回は見方を90度変える必要がある。(180度変えてしまうわけにはいかないので)

 もう一度、これにより、半年前の事件に関しても、さらに調査をする必要があるのではないかと、二人は感じたのだ。

「毒の種類は青酸カリか何かでしょうか?」

「そうじゃないかな?」

「じゃあ、死亡推定時刻は、いつ頃ですか?」

「今から、6時間くらいまではないでしょうか?」

「ということは、深夜の1時か2時頃ということでしょうか?」

「詳しくは解剖してみないといけないと思うが、そのあたりで落ち着くそうな気がするな」

 というのが、その時の現場の状況だった。

 2人は、待たせておいた、国語の先生に話を聞いてみることにした。

「お待たせしました。まずあなたは、どういう方なのですか?」

「私は、この学校の国語の教師で、池田と申します。ここ最近は、いつも、出勤は一番乗りなんです。家から学校までが一番近いというのもありますが、朝一番で出勤することに慣れると、一番でないと、却って気持ち悪いくらいになるんです。ここ数日はもうすぐ2学期の中間テストがありますので、その問題作りに早く来るようにしています。だから、逆に夕方は一番に退勤するようにしているんですよ。それが一番健康にもいいからですね」

 というのであった。

「なるほど、池田先生は、この学校ではベテランなんですか?」

 と聞かれて、

「いえ、そうではないんです。結構学校はいくつも転勤していて、この学校には3年目ですね」

 という。

「じゃあ、被害者の花園さんとはどこで?」

「3つ前の学校くらいだったですかね? かれこれ、10年近くなりますか。私がまだ、新人くらいの頃だったですが、花園先生も、確か5年目くらいだと言っていた気がします。結構気が合って、教師のいろはのような話をいろいろ教えてくれました。花園先生は、あまり厳しくすることはしない先生でしたが、生徒に媚びるようなこともなかった。うまくやれているのは何か秘策でもあるのかって、冗談っぽく聞くと、企業秘密だって笑ってましたね。自分で考えろってことだったんだって、今では思えますが、私が先に転勤していったので、それからの花園先生がどうなったのか、よく知りませんでした」

 というではないか。

 花園に対しては、確かに大きな手掛かりではあったが、犯人だとは確定できなかったので、彼の過去まであまり調べていなかった。まさか、先生をしていたなどとは、思ってもいなかった。

「だけど、なぜ花園さんがこんなところで死んでいたんでしょう? 私の知っている限り花園さんは、この学校で赴任していたということはなかったはずですからね」

 と、池田先生がそういうと、

「池田さんは、花園さんが先生を辞めたという話はご存じだったんですか?」

 と刑事が聞いてきた。

「ええ、辞めたという話は確かに、風のウワサのように聞こえてきました。でも、あの人は確かにうまく立ち回ってはいましたが、教師として、向いていたかどうかというのは、僕には分かりませんでした。そういう意味で辞めたと聞いた時は、別に残念だとも、不思議だとも思いませんでしたね。あの人は、何をしたとしても、驚きに値するような人ではなかったような気がします」

 と池田がいうと、

「じゃあ、自殺したり、人を殺したりと言われてもですか?」

 と、先輩刑事が、いきなり核心をついたかのようにいうと、さすがに池田もドキッとしたようだが、すぐに涼しい顔になって、

「そうですね。私ならですが、一瞬ビックリはすると思いますが、だんだんと落ち着いてくると、あの人ならって感じるじゃないかな?」

「ということは、花園さんが殺されているというのを見ても?」

「そうですね、いろいろな疑問は残ると思いますが、死んだということに関しては、ビックリはしないかも知れないですね。そもそも、僕自身、そんなに人間に興味のある方ではないので、誰が死んだとしても、さほど気にしない方かも知れないですね」

 と、言ってのけたのだ。

 まあ、刑事を長年していれば、そういう人が今までに少なからずいたのを思い出した。その人たちを思い出すと、目の前にいる池田という男がそういう男だと言われても、別に驚くようなことはない。今までに知っていた、似たような人たちも、皆こんな感じだったというような気がしてきたからだった。

「そういう意味では、池田さんと殺された花園さんには似たところがあったというわけですね?」

「そうだと思います。私は、花園さんのように最初はなりたいと思っていたんですよ。だけど、なれないと思ったのは、すでになっているからであって、それは、似ているからだったんですね。一緒にいる時は分かりませんでしたが、他の学校に赴任して、花園先生がいないということが分かると、急に孤独感に襲われたんですよ。その時、花園先生が理解者からだったのかなと思うようになると、性格が似ていることを改めて実感したんじゃないですかね」

 というのだった。

「ところで話は変わりますが、池田さんは、今里という男性をご存じですか?」

 と、これまたいきなり先輩刑事が思い出したように言った。

「誰ですか? それは」

 と、別に驚いた素振りも見せず、きょとんとした表情で、池田は答えた。

 もちろん、そうであろうと思っていたので、別に気にならなかったが、ここで池田に対して、ここでは一切関係のない今里の名前を出したのか、池田の興味を確かめようと思ったのだった。

「今里という人は、経営コンサルタントの人だったんですけどね、生前に、花園さんと知り合いだったようなんですよ」

 というところまでは話した。

 だが、先輩刑事はそこまで話はしたのだが、肝心なところはまったく話そうとはしない。もちろん、後になればすぐに分かることであろうが、この場では、隠そうと思っているのだろう。そのうえで、それ以外のところから攻めているようなのだが、この先輩刑事は、池田という男が、今回の殺人、ひいては、半年前の今里の殺人にまで関与とまではいかないまでも、何かを知っていると思っているのではないかと思えたくらいだ。

 何と言っても、先輩刑事が話をしないこととは、

「半年前に、花園が行方不明になっていた」

 ということと、

「同じ半年前に、今里が殺され、そのことで何かを知っていたのではないかと、指摘されたことがあるのが、花園だったということ」

 これらの二つは、肝心なことではないだろうか。

 先輩刑事は、それら二つのことを、池田は最初から知っていると思って言わないのか、何か、先輩刑事の頭の中で、この池田という男がこの事件に、唐突に姿を現したのではないというような気がしてならなかった。

「現れるべくして、現れた」

 そう、

「満を持して」

 というべきではないかと思っているのだった。

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