第4話 水面下の人々

 いろいろな発想が殺人現場の近くで分かったことから生まれてきたが、今はまだ、犯罪捜査は始まったばかりであった。そんな中において、次の段階の捜査として、今度は被害者の会社関係者に当たってみることにした。

 被害者の会社は、F市中央区にあった。大企業ではないが、業績はいいようだ。そうでもなければ、独身で、都心部からそんなに離れていないこんないいマンションに、一人暮らしができるわけもない。一体どんな仕事をしているのだろう?

 会社は、いろいろな会社の経営コンサルタント的なことをしているようだ。

 被害者の今里も、そこで経営コンサルタントをしているのだが、何でも、若い頃には、数年海外で経営の勉強をしてきたという。大学も、まず、日本の国立大学の経営学部を優秀な成績で卒業し、今の会社に入り、そして、3年後には海外で勤務の傍ら、有名大学で、さらに経営学を研究するという、エリート中のエリートを歩んできたのだという。

 コンサル谷戸会社でも、彼ほどの優秀な社員は少ないということで、

「彼に限ってトラブルのようなことはないと思いますけどね」

 ということであった。

 ただ、それだけ優秀だと、まわりが近づきにくいということもあるようで、警察がいろいろ訊ねても、実際のところは、どうにも分からない。

「核心部分に近づこうとすると、急に霧に包まれたようになって、分からないんですよね?」

 というような話を、社員のほとんどから聞けた。

「じゃあ、堅物なんですかね?」

 と聞くと、

「堅物という感じでもないんですよ。ただ正直、協調性のないのは間違いないと思うんですけどね」

「じゃあ、女性関係とかは、どうなんでしょう?」

「そうですね。何とも言えないかも知れないです。朴念仁というわけでもなさそうだったからですね」

 ということであった。

「そうですか、ありがとうございました」

 と言って、刑事二人が、

「どうも、会社では収穫がなさそうだな」

 と言いながら、会社を出て、車に乗り込もうとしたところだった。

 後ろから一人の社員がやってきて、

「どうしたんですか?」

 と、走って追いかけてきたのか、息を切らしている男に声を掛けた。

 何とか息切れの状態を元に戻して、

「実は二人の刑事さんにお話ししておこうと思いまして」

 というではないか。

 後から密かに追いかけてきたということは、どうやら、他の社員に聞かれたくないということであろう。

 話の内容が聞かれたくないということなのか。それとも、告げ口のようなことをしている自分を見せたくないのか。つまり、それほど、会社自体が保守的な会社で、告げ口をすることで、それ以降の自分の立場が悪くなるということが考えられる。そういう意味では、皆知っていることを、彼が抜け駆けをして、話そうと感じていたということなのか。もしそうだったとすれば、被害者の今里という男は、社員からあまり慕われていたわけではないということであろう。何しろ、警察の捜査に非協力的だということだからである。ただ、それも逆にいうと、被害者のプライバシーを守ろうとしているともとることができる。

 そんないろいろな考えを抱きながら、とにかく、警察に進言しなければならないと思ったことは事実なようなので、信憑性があるかも知れない。だが、こちらも、

「逆も真なり」

 という言葉があるように、その裏に何かが隠されていないとも限らない。

 警察の捜査としては当たり前のことだが、とにかく、すべてを鵜呑みにして、捜査に組み込まないようにしないといけないのである。そういう意味で、情報も多すぎるのは、混乱を招くということもあり、取捨選択という意味で、実に難しいというところであろうか?

「とにかくは、聞いてみないと始まれない」

 まさしく、その通りだった。

「実はですね、今里さんが、ずっと秘密にしていたということがあったので、一言話しておいた方がいいと思いまして」

 とその男は慌てて切り出した。

「あなたは?」

 と警察はまず、男の正体を知らないことには、その話の信憑性も分からないと思ったのと、男の挙動から、今のままでは、話が支離滅裂になりそうだったので、いったん、落ち着いてもらうことにした。

 しかし、この男は、少々落ち着いても、話し慣れていないように見えるので、ある程度の話が前後する状態は覚悟しておいた方がよさそうだった。男は、膝に手をついて、必死で呼吸を整えていたが、この話をするべきかを最後の最後まで迷ったことで、刑事に追いつくまでに、かなりのスピードが必要だったことが分かったのだ。

「私は、この会社で、これは自称ですが、殺された今里さんと、一番仲がよかった親友だと思っている、佐久間というものです。今里さんは、エリート中のエリートと言われていますが、そのせいもあって、かなりまわりに敵が多いんです。それで、私のような、会社ではどうでもいいような人間に話をして、ストレスを発散させたかったんでしょうね。今里さんという人は、結構、まわりに対して敵対心を抱いていたんですよ。まわりが今里さんに挑戦的なら、今里さんも、受けて立つという感じですね。でも、いくら彼が万能のような人間といっても、相手が束になってくれば、なかなか難しい。そこで彼の考えとしては、自分ができることは攪乱戦法だと思っていたんです。相手の共倒れを狙うような感じですね。そこで私は、どうでもいいような立場ですから、今里さんの心をうち明けやすい人間ということで選ばれたんですが、今里さんにしてみれば、特殊工作員のような形にしたかったんでしょうね。スパイをさせてみたり、場合によっては、わざと仕事を失敗させて、相手を混乱させたりですね。私がさすがにそこまではというと、大丈夫だ。君くらいであれば、何かあっても、君が責任を取らされることはない。この会社はブラック企業なので、君が今のまま過ごしていこうというのは、たぶん甘いかも知れない。きっと、会社の派閥の道具に利用されて、その責任を押し付けられ、駒として捨てられることになると思うというんです。だから、今の彼に協力すれば、彼と会社に革命を起こせるのではないかというんですよ。私も、このままではまずいと思っていたので、今里さんの言い分には納得できるものがありました。だから私は今里さんについたんです。それで、会社の人間の目を欺きながら、少しずつ、やりがいも見つかったようで、会社にいるのも充実していたんですよ」

 というではないか。

 会社の中で、どうでもいいような立場にいるということは、先ほど会社に行った時にまわりを見て、ひとりひとり見た中で、特に彼は、本当に目立たず、どうでもいいような立場にいることは分かった。だからこそ、彼が走ってやってきたのを見た時、ビックリもしたし、正直、怖いとも思ったのだ。

「なるほど、あなたの生きがいは、今里さんとともにあったということなんですね?」

 と刑事がいうと、佐久間は、いかにも楽しそうな顔になって、

「ええ、そうなんです。だからですね、今里さんが密かに会社にも黙っていろいろな計画をし、会社に対しての背任行為ギリギリのことをしていて、今里さんとすれば、下準備がきちっとできてさえしまえば、表に出た時には、もうそれは背任行為ではないどころか、会社の救世主として頭角を現し、今里さんの成長の芽を摘もうとしている連中のお株を奪うことができると考えていたんです。もちろん、それはかなり、水面下でしかも、着実に行う必要がある。会社内では私がその一番手なんですが、会社の外にも今里さんを応援している人もいるらしいんですね。もちろん、表立ってのことはできないのですが、情報提供くらいのことはできたようで、今里さんの学生時代には、そういう経営に長けた人はたくさんいて、すでに社長に収まっている人、政界や財界に顔の利く人というのもいるようで、そんな人たちから密かに情報を仕入れていたんです。その中で、いくつかの会社、それも小さな会社に働きかけて、自分の力になってもらえるような地盤を作ろうとしていたんですね」

 と、佐久間はいうのだった。

「なるほど、かなり壮大な感じですが、たぶん、水面下ですべてがうまくいけば、今里さんは、素晴らしい経営者であり、コンサルタントとしての地位も確たるものにできたんでしょうね」

 と刑事がいうので、

「ええ、その通りなんです。だから、あの人の手腕は本当に素晴らしいんです。その人がまさか、こんなに簡単に殺されてしまうなど、想像もしていませんでした。今のところ、水面下で進んでいるので、恨んでいる人はいないと思われていますが、実際に、その水面下で進めていく中で、一人の人が急に行方不明になってしまったんです。もちろん、まわりはまったく今里さんとの関係を知っている人はいないので、今里さんの名前が出ることはなかったんですが、今里さんが殺されたとなると、話は変わってきます」

 と、佐久間は言った。

「ほう、その人は誰になるのかな?」

 と聞かれて、佐久間が答えるには、

「F市の歓楽街に当たる一部に、コンセプトカフェや、フェチバーなどの集まっている一帯があるんですが、その中にある一軒のコンセプトカフェの店長をしている人で、花園店長という人が、数か月前から行方不明になっているんです。会社の人が、警察に捜索願は出しているはずですので、調べてもらえば、失踪した時期などは分かると思います」

 というではないか。

「まだ、見つかっていないということかな?」

「はい、私の情報では、まだ見つかっていないようですね。彼は雇われ店長だったのですが、最初は、店舗の経営があまりうまく行っていなかったことで、雇われ店長ということでしたが、根が真面目な人だったのか、結構責任を感じていたようなんです。そこで、いろいろなところに相談を考えていたようで、今里さんにも相談を持ち掛けていたんですね。今里さんは、他では皆から門前払いを食らったという、花園店長を受け入れ、彼独自の助言をしたようなんです。その時、ゆっくりかも知れないけど、会社の状況は回復していくはずだという今里さんの言葉を信じて仕事をしていると、実際に少しずつうまく行くようになって。彼は今里さんを、まるで神のように崇めるようになったんです。その時、恩着せがましいようなことを言い出したんですが、全幅の信頼を置いている花園店長には、そんな思いはまったくなく、どこまでもついていくという気持ちになっていたようなんです。そこで、今里さんは、手中に花園店長も収めることができて、表向きは店長をしながら、実は、私と同じ諜報工作のようなこともするようになったんです。同じような手口で、今里さんはどんどん味方を増やしていったんですよ。さすが、今里さんというところでしょうか?」

 と、佐久間氏は言った。

「その花園店長が失踪したというのには、何かわけがあるんですか?」

 と聞かれた佐久間氏は、

「どんな理由があるかは分かっていません。我々に関係しての失踪なのかも分からないし、何と言っても、今のままでは、警察も、たぶん、今里さんと花園店長の接点を見つけることはできないでしょうから、二人が捜査の上で繋がるということはない。しかも、警察は事件性がないと、捜索願が出ている人をいちいち探したりはしないでしょう? そうなると、一歩間違えれば、どちらも迷宮入りになってしまう。もし、二人の関係が、今里さんの死に関係がなかったとしても、何かのきっかけになるかも知れない。花園店長の人間関係などから、繋がってくるかも知れませんからね。だから、一言耳に入れておこうと思ったんです」

 と佐久間は言った。

「あなたは、急いで私どもを追いかけてくれましたが、何もあそこまで慌てなくても、後でゆっくり、警察を訪ねてくれてもよかったのに」

 と刑事がいうと、

「本当ならそうなんでしょうが、私は思い立ったことをその場でやらないと、少しでも時間が経つと、一気に精神的に冷めてしまうんです。だから、私のようなものを、今里さんは諜報工作の仲間に入れてくれたんだと思います。私のような人間が一番ふさわしくないように見えますからね。だから、きっとこの時追いつかないと、もうわざわざ警察に情報提供しようなんて思わないはずなんです。追いつけなかったら、まあいいかって感じですね」

 と佐久間は言って笑った。

 刑事とすれば、

「市民が警察に協力するのは当たり前のことではないか?」

 と思い、その感情で、佐久間を見つめると、佐久間は、今度は少し開き直った様子で睨みながら笑った。

「警察に市民が協力するのは当たり前とお考えのようですね。さすがに警察は傲慢なところだ。警察は捜索願にしても、市民が目の前で人がいなくなったと不安に思っていても、事件性がないからと言って、何もしない。市民が知らないと思って、いかにも捜索しているような顔をする。ちゃんと最初から、警察はそんなに暇じゃないとでもいえば、いいものを、もっとも、昔の警察はそうだったんでしょうがね。だけど、今は市民の警察を謳っているから、大ぴらに市民を刺激できない。実に卑怯なんだ。警察組織という隠れ蓑に隠れて、いるだけだ。だけど、市民は警察が思っているほど、警察を信用なんかしていない。毎日のように警察の不祥事がネットや新聞に載れば誰が信用するというんでしょうね? 本当におこがましいとはこのことだ」

 とそれまでの雰囲気は完全に一変した佐久間だった。

 佐久間の様子を見て、警察は、

「この男、激情家なのだろうか?」

 と感じた。

 警察はなるべく何も言わないつもりだったが、顔に出てしまったにしても、そんなにひどいわけではなかった。それをいかにも、この時とばかりという感じだったので、最初からこのタイミングを狙っていたのか、それとも、刑事の表情をずっと観察していて、あわやくばという瞬間を狙っていたのか、どっちにしても佐久間には作為的な感じがありありだった。

 そう思うと、彼が何をそんなに興奮したのかは別にして、警察をどこかにミスリードしたいという意識があったのか、そう思うと、この証言をどこまで信用していいものかということを考えてしまう。

 とりあえず、これ以上佐久間と話をしていると、混乱するだけだったので、なるべく早く切り上げたいと思っていると、相手の方が、

「じゃあ、今日はこのあたりで」

 と言って、あっさり、来た道をゆっくり歩いて帰っていった。

 その様子を見ていると、背中がくたびれたように思い、追いついてきた時の気概は一切感じない。

「あの走ってきた状況も、演出の一部だったのかな?」

 と考えるようになると、彼の証言以外も、どこからどこまでが本当のことなのかということを考えてしまうのだった。

 署に戻って、捜索願の話をしてみると、

「ええ、確かに、花園さんという方の捜索願が出されていますね。出されてから、二か月ほどしか経っていないので、見つかったというわけではないですね」

 というのだ。

「事件性に関しては?」

「捜索願を出した人の話ですと、トラブルに巻き込まれたという話もないし、いなくなった理由にもピンとくるものはないということだったので、我々としても、緊急性はないと思って、今のところ、捜索はしていません」

 というではないか。

 そうなのだ。警察というところは、前述のように、事件性や、自殺の恐れでもない限り、緊急性はないとして、敢えて探すということはしない。話を聞いていると、借金があるというわけでもないし、人間関係で怪しい人と付き合っていたり、恨まれているようなこともないだろうということだったという。

 佐久間の話では、殺された今里は、完全に水面下で動いていたので、二人の関係を知っている人はごく一部だというではないか。そのごく一部の中に、佐久間がいて、佐久間は今里のフィクサーのような存在だったのだろうか?

 とりあえず、今里のことを探ってみるしかないと思っていたが、ここにもう一人、行方不明の花園店長のことも探る必要があった。まずは、今里のことを、佐久間との関係を含めたところを調べる必要があったようだ。

 確かに、今里という男は、佐久間のいう通り、コンサルタントとしては実に優秀だったようだ。会社においての成績もいいようで、彼のコンサルタントによって、

「会社を立ち直らせることができた」

 という会社の社長さんにも遭ってみたが、

「今里さんはなかなかの手腕をお持ちの方で、経費節減などに関しては厳しかったですが、イストらをすることもなく、事業展開をうまく操縦していただいたことで、思ったよりも早く会社を右肩上がりにしていただきました。私たちは感謝しています」

 ということであった。

 そういう話は数社で聞いてみたが、返ってきた答えはどこも変わりなく、彼の手腕を裏付ける証言しかなかったのだ。

 そして、殺されたということに関しては、

「私どももびっくりしているんです。性格的にも温厚だったし、決して怒るようなことはしないし、キレるなんてことはありえないくらいでしたからね。実にいい人だとしか思っていませんでしたね」

 ということであった。

 コンサルタント会社での評判、会社の評判では、まったく彼に対して変なウワサは出てこないのであった。

 だが、ここで捜査をしていた刑事は、少し気になっていたようだ。

「どんなにいい人間だって、これだけたくさんの人に話を聞いていけば、少しはおかしなウワサだって出てくるというものだが、まったく変なウワサを聞くことはない。却って何か怪しいような気がするんだけど、どうなんだろう? 彼は本当に二重人格で、ある人たちにだけは、聖人君子のようで、別の種類の人たちには別の顔を見せているということはないのだろうか? 例えば夜の顔を持っているとかね」

 と言い出したのだ。

「ということは、表に見えている部分以外でも、顔を持っているということでしょうか? この間の佐久間という男もそういうことを言っていたようだし」

 と、もう一人の刑事が言った。

「そういうことなのかも知れない。我々だって、今までにたくさんの事件の捜査をしてきて、似たような人間を見てきたではないか、そういう連中には、何か共通したものがあったような気がしているんだけど、君はどう感じていた?」

「そうですね。確かに言われる通りだったような気がします。でも、今までの事件ではどちらかというと、裏の部分が表に出ていて、いい人間が陰に隠れているというのが多かったような気がしますね。捕まえるまでは、極悪人を絵に描いたような男だと言われてきたけど、実際に捕まえてみると、そこまでひどい人間ではなかったというような感じですね。だから、犯人には間違いなかったけど、犯人像はまったく狂ってしまって、最初は私利私欲のための犯行だと思っていたが、裏付け捜査をしていると、実は人のために、やむにやまれての犯行だったという感じですね」

「うん、確かにそういう事件も多かった。だから、捕まえてから、犯人が皆に分かった瞬間に、その人が犯人だなんて信じられないという声が結構出てきましたからね。それまでは、彼が犯人かも知れないと、口では言っていた人がですね。きっと、その時は、状況証拠などから彼を犯人にしか思えないことで、皆も混乱していたんでしょうね。だから、警察には必要以上なことが言えない。警察の捜査を邪魔して、真相が分からないということだけは、避けたいと思っていたんだろうな」

 というような話をしていた。

 今回は、今の二人の話のよれば。見えない部分は、極悪と言われる可能性の高い部分なので、

「今里という人物は、本当は悪の方の性格が本物なのかも知れないが、とりあえず、固定観念を持つことのないように、捜査をして行ってみよう」

 ということになった。

 今里という人物の、裏の仕事を、佐久間の協力を得て、調べることは少しであるができた。

 さすがに佐久間も、

「今里さんが殺されたことへの捜査と言っても、表に出ていない部分のことなので、深く入り込んでもらっては困るんです。何しろ相手だって、水面下で進めてきたという部分がありますからね。その人が、実は水面下で仕事をする人物だということが公になってしまうと、その人も困るし、それぞれに信用問題が崩れてくることになるので、それだけは避けなければいけない。一歩間違えると、私たちの会社も、相手の会社も、共倒れになってしまいかねないからですね。だから、いくら殺人事件の捜査と言っても、裏でやっている仕事のことをほじくり返すような話は絶対にしないでくださいね」

 と言って、釘を刺したのだった。

「分かりました。そのあたりは我々も気を付けることにいたします」

 という。

 だから、とりあえず、彼らに聞いたのは、仕事上のあくまでも、ウワサレベルだという話だけで、口外はしないということと、相手の仕事の障りくらいであった。だが、最後に一つだけ、共通して聞いた話が、

「今里と、花園店長の関係」

 についてであった。

 そして、この話を警察が聞いたということを口外しない約束を取り付けた。そうしておけば、お互いに口外されたくないことを共有することで、相手も、話をしてくれる可能性があると思ったからだった。

 花園店長との関係を聞いたのは、ついでという意味と、お互いに口外しないということを交わすことで、相手が話しやすくなるということを考えてのことであった。

 だが、そのおかげで、花園店長と、今里の関係を水面下の人間は知っているのだ。どうやら、水面下で動いている人間同士、どこかで繋がっていたりしていた。それは、水面下で動く時、次のターゲットを探すのに、紹介という方法が一番手っ取り早い。何しろ、お互いに水面下なのだから、その口の堅さには定評があるというものだ。

 今里氏が殺されたことで、水面下は、もう水面下ではなくなった。水面下ではあっても、水がどんどん抜けていき、次第に白昼に晒されるかのように見えてきたことで、警察に対しても、警戒をする感じではなくなっていたのだ。

「佐久間という男の考えすぎなんでしょうか?」

 というと、

「そうかも知れないが、どうも佐久間という男は何を考えているのか分からないところがある。ただ、それだけに、こちらもそのつもりでいれば、利用しやすいともいえるだろう。そうなった時、意外とやつは、ボロを出すような気がするんだよな」

 と、先輩刑事が言った。

 それには、もう一人の刑事も賛成のようで、そのつもりで、次の、

「水面下」

 の相手に会ってみることにした。

 こちらも、最初から、ウワサということにして話を聞いていると、相手も、すでに水面下ではないということが分かってきているのか、最初の人よりも水面下の話を詳しくしてくれたようだった。

「まあ、水面下と言っても、やっていることは、表向きと変わりはないんですよ。水面下にする理由はこちら側にあるだけで、自分たちのライバル会社に先を越されないようにしないといけないというコンサルタントのアドバイスから、じゃあ、水面下でということを我々が言い出したんですよ。ひょっとすると、相手も望むところだったので、そういうアドバイスになったのではないかとも思うんですけどね」

 という話をしてくれた。

 どうやら、海千山千の双方が、お互いに腹の探り合いのようなことをしているのだろうと、刑事は感じたのだった。

 そのついでに、花園店長の話を持ち出した。

「花園店長ですか? 話には聞いたことがあります。我々は、花園店長以外の水面下で進めている他の人のことは知らないのですが、花園店長という名前はよく聞きましたね」

 ということであった。

「今里さんは、そんなに花園店長の話を出したんですか?」

 というと、

「いえいえ、花園店長の話を、今里さんの口から聞いたことはなかったんですよ」

 というではないか?

「えっ? じゃあ誰からの話だったんですか?」

「ああ、あれは、佐久間さんからだったんですよ。今里さんには内緒ですってね」

 それを聞いて、思わず刑事は顔を見合わせた。

 佐久間という男が、何か怪しいお所で、彼こそ一番の食わせ物だと思っていたが、あの時に警察に対して花園店長の話をしたのも、水面下の人たちに花園店長の話をしたのも、何か作為があるに違いない。

 しかも、警察の話に対し、水面下の人たちは、花園の話を率先して、してくれた。

「花園店長という人は、コンセプトカフェの店長さんで、しかも宇雇われ店長さんだっていうじゃないですか? ここはコンサルタントの会社で、普通に表で相談するだけで、結構な金額を取られることになるので、小規模な会社から見れば、高嶺の花のようなところなんでしょうが、水面下であれば、そこまでではない。そのことを、雇われ店長でも相談できるのが、この水面下の仕事だということで、きっとたとえとして、花園店長のことを話したんでしょうね。でも、それを話したのは。佐久間さんだけだったんですよ。私としては、大っぴらに今里さんが話してはいけないというルールがあって、それを受け持つ人間として、佐久間さんがいるんだって理解していました。だから、佐久間さんに相談することも、ないわけでは買ったんですよ。そこから今里さんに伝わるようにですね」

 というではないか。

「じゃあ、佐久間さんを仲介役のようにして、うまく行っていたというわけですか?」

「ええ、その通りですね。でも、あくまでも、佐久間さんは、今里さんとの間の仲介役でしかないことから、佐久間さんとの話は、絶対に口外しないことというのが、その話だったんですよ。刑事さんたちは、今里さんの殺された事件を捜査しているんでしょう? だったら、もうこの辺のオフレコは話をしないといけないことだと思って話しました」

 と言って、相手は笑っていた。

 水面下というのは、彼らが言い出したことであるのは意外だったが、そう思うと、今里と佐久間がうまく水面下で動けたという理由も分からなくもない。もし、表に出てきそうになったり、うまく行かなくなれば、最初からなかったことにすればいいだけで、そのあたりも、最初から契約の段階で、取り決めていたことのようだった。

 今回の収穫としては、水面下の人たちは皆。佐久間店長のことを知っていて、お互いに、

「このことは口外しない」

 ということがモラルとなっていた。それが、佐久間という立場であり、水面下では分かってはいるが、佐久間と水面下の得意先が話したことは、他の水面下の得意先には一切関係ないということは、皆には分かっている。つまりは、

「佐久間は、他の会社と相手をする時は別人だ」

 という感覚であった。

 そして、花園のことを、今里が一切口にしないということも、刑事には気になるところであった。

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