初期者
初期者 P(計画)①
イズミコは部屋の中をパタパタせわしなく歩き回っていて、こちらに視線はよこしてくれない。
「……イズミコ。いま、何の最中だ?」
「見ればわかるでしょ。この後、転生人材を呼び寄せて面接するから、その準備」
「面接、ときたか。死んだ後まで、ご苦労なこった」
寝転がっている腹に、イズミコの踵が突き刺さる。
「ぐぇ……!」
悶える俺を、イズミコは一瞥する。
「あなたもさっさか動きなさい。雇用主だけ働かせる被雇用者なんて、死後の世界にだっていない」
「イズミコ……」
「なに」
「……視線も込みで、ファンサが過ぎるぜ」
「きも」
蔑みの表情のまま、イズミコは座布団をぽふぽふと叩いている。
「ほら、こっち来て」
招き猫よろしく、座布団の上にちょこんと座るイズミコ。
愛らしすぎる彼女の隣には、無骨な書机が立ててある。俺が正座すれば屈まずに文字を書ける高さで、その上には、すでにペンと紙が用意されていた。
畳の縁を踏まないようすり足で進み、机の前に腰を下ろす。
「これから初仕事なわけだけど。準備はいい?」
「おうさ。どんとこい」
「議事はきちんと取りなさい。話した内容も、第三者としての所感も、細かくね。それを基に、決めなきゃいけないことがあるから」
決めなきゃいけないこと? と尋ねる隙はなかった。
イズミコは部屋の中央にある半畳分の泉へ、人差し指を添える。
表面を拭うように泉に指をあてがい、一滴、掬い取る。
「…………」
ふ。
と、指先の水滴を吹いて飛ばす。
跳ねた畳に、召喚陣が浮き上がる。円に組み込まれている文字列は簡体字に似ている。巫女、というくらいだから、和風な召喚術のようだ。
「う、お……」
部屋全体を覆うような青白い光が収まると、イズミコと俺と向かい合って、青年が座っていた。特徴のなさばかりが目立つ、つかみ所のない男。イズミコと俺を前にして一度だけ眉を動かしたが、それきり押し黙って部屋を観察している。
「初めまして、
イズミコは、とつとつと話す。感情を挟まない流暢な口調は冷静というか、冷徹というか……グッとくる。
正座をしている俺の足の裏にイズミコが素早く突きを繰り出したが、そこはそれ。
「はい。そうですか……」
座っている青年・葉島はイズミコの言葉に俯き、何度か頷く。それから……。
「良かったです」
なんて、安心しきった顔で笑った。
「良かった?」
「はい。死後の世界というのは、僕が求めた救いでしたから」
救い、と紙面に書いてから、俺は葉島とやらを見る。
冗談めかして笑っているくらいの方が、まだよかった。
葉島は実直に、まっすぐ、死ぬことが救いであると言っていた。
それから、イズミコによるヒアリングは滞りなく続いていく。
生い立ちやら趣味やら、死後の世界でまで聞くようもないとりとめのない会話が続く。単語として書き出して、目の前の男への知識を紙に貯めていく。
「自殺、ですか。投身とありますが」
死因の照合が、イズミコはあまり好きではないようだ。喉がこわばっていて、鈴を鳴らすような声が揺らぐ。
葉島はけろりとした表情で、イズミコの問いに頷く。
「はい、そうですね。自宅のアパートの屋上から、飛び降りたはずです」
「……情報と一致しています。理由は?」
「なにか大きなものは、特に……。なんだか、ぷつっと、途切れるみたいにやってしまったような気がします」
イズミコは浅い呼吸を二度繰り返して、じっと、葉島を見つめる。
「あなたは、これから転生を迎えます」
「……はい、光栄です」
「転生によって第二の生を与えられる折に……一つ、お聞きします」
指を世界に置いて、イズミコが尋ねる。
「あなたは次の人生に、何を望みますか?」
葉島はしばらく黙りこくった。顎に手を添えて考え込む様子が、どこか芝居がかっている。
あれやこれや、願望まみれで選べない……なんて欲深な男には見えない。
それでも一つ、人生のやり直しができる場所にいて、何を求めるのか?
「一つ、であれば」
葉島が薄く唇を開いた。初めから口の動きが小さく聞き取りづらい部分もあったのだが、この時ばかりははっきりと言い切った。
「前世の記憶をください。毎日、この葉島一也のことを、僕に思い出させてください」
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