査問者共 転生召還士付終身雇用契約

河端夕タ

プロローグ

死後の目覚めは幼女の膝の上であるべきだ

「やっと、起きたし」


 明るさに目が眩む。見上げるのは、逆さまな幼女の顔。


 首を曲げているせいで、前髪がぷかっと浮かんでいる。ビーダマのようにころくりした瞳は、暗くも澄んだダークブラウン。鼻頭も上唇も耳朶も、細かな部位は丸みを帯びて尖っているからか、無表情にも愛嬌がある。


 後頭部を受けとめる柔らかさの正体は、名前も知らない幼女の膝枕だった。すべからく至福、極楽。まるで、死後の世界のようじゃないか……。


「まるで、じゃない。正真正銘、あなたは死んだの」


 ……そうか。死んだ、か。そうかぁ……。


「起きないの?」

「あと五分。いや、あと五時間はよろしく」

「……バカとロリコンは、死んでも治らないし」

 

 侮蔑の目も、膝枕の上から見上げると乙なものだ。


「見目麗しいお嬢ちゃん。お名前は言えるかい?」

「イズミコ」


 泉子? 和泉子? 泉水子? 泉美子? 泉湖? 漢字表記はどれだろうか? 

 何にせよ、綺麗な名前だ。


「じゃあ、ここは?」

「執務室」


 ぐるっと見渡すが、ただの八畳一間じゃないか。

 押入れもなければ、窓もない。奥行きがなくて、ひどく閉鎖的で……

 ただ、部屋の中心にがあるだけだ。


「……これは?」

「世界」


 世界?


 名残惜しいが、イズミコの膝枕から転がり落ちる。ちょうど、泉のそばに顔を持ってきて、水面を覗く。


 確かに世界が、そこにあった。


「私はその世界を担当している、泉守りの巫女。長いから、イズミコ」

「……泉巫女いずみこ、か。一番、神秘的だな。似合っているぞ」

「うざ」


 イズミコは、指で水面をなぞる。いわゆるスマホ的な動きをする世界は、フリックで一望できる。


「文化体系は、上の意向で現代日本と同期させている。世界共通の公用語も日本語に設定した。私が把握しやすいから。基本的に、過度な天災は私の方で発生前に抑制することにしている。そのバグは管理の妨げになるし。あとは……」

「イズミコ。一つ、教えてくれ」

「なに」


「君は、神か?」


「違う。私は、そこから世界の管理と是正を委託された、転生召喚士」


 転生、召喚、士。

 名詞で区切ってようやく、その意味を測る……。


「じゃあ、俺はこれから、転生するってわけか!」


 ぼこ。


 殴られた。イズミコのぐー、で。


「……まずは、ありがとう」

「きも」


 罵倒を補給して、イズミコに向きなおる。


「状況的にはそうじゃないのか? 死後の世界で、泉の中には異世界で、君が召喚士! この三要素で、俺が転生されない理由はなんだ?」


「それだし」


 それ、とは?


「最近多いの。ただただ転生されたがる愚者が」


 愚者、と、きたか。

 イズミコは親指の爪を噛む。


「転生一回に、私がどれだけの調査と分析をしていると思ってんの。現世での功績を基にしたヘッドハンティングが主流だけど、コスパは最悪。リスクばっかりでその分のリターンがあった試しなんてない。自薦なんて控えめに言って地獄。命を終わらせることに希望を託すとか、まじ××××。転職の方がまだ文化的で、生産的……」


 幼女の口が、キで始まってイで終わる禁止用語の形に動くとは思わなかった。


「そんなこと言ったら、めッ! だぞ」

「愚者筆頭が私に指図すんな」


 睨まれた。やったぜ。


委託元かみからの意向だし、転生召喚が私の主要タスクであることは変えられない。けど、このままじゃ管理もままならなくなるってことで、要請したの」

「何を?」

「転生召喚士付の、査問官」


 ぽん、ぽん。

 イズミコが、自分の太腿を叩く。

 

 俺はまた、彼女の膝枕に吸い込まれる。自然の摂理が、そうさせる。


「門字郎」

「もんじろう」

「これからの、あなたの名前」


 そしてイズミコは、初めて笑った。


「あなたを、私専属の転生査問官として採用する。終身雇用、してあげるし」



 

 俺は死と同時に、再就職した。拒否権のない終身雇用、愛らしいパワハラなんて予想はしていなかったが、想像の範疇だ。

 これ以降は、はっきり言って未知である。有史以来人類が想像の中に描き続けている、死後の世界でのあれこれだ。しがない記録書きの査問官の前に、確かなことなんてまるでない。

 それでも、地動説と同じ熱量で言えることとしたら、一つ。


 死後の目覚めは幼女の膝の上であるべきだ。

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