第5話 情報屋
「警察の方は、その記事が残っていたのを見て、こちらに来られたんですか?」
と八百屋が聞くと、
「ええ、そうです」
「実は我々もまだ、その記事が具体的にはどのような記事になっているのかは、まだハッキリとは知らなかったんです。一応、初稿の段階で、見せてもらうことにはしていたんですけどね。そこであれば、まだ原稿の差し替えはできるということを伺いましたので」
「そうですか。詳細は分からなくても、内容は少しはご存じだということですよね?」
「ええ、私どもの知り合いの少年のことをテーマにした内容のテレビ番組が作成されたんですが、その番組に、やらせ疑惑というのがあるので、それについて、今取材をまとめているということでした。ある程度の何か確証を得たんでしょうね。ひと月半後には記事になるようなことを言っていました」
と八百屋が説明すると、
「じゃあ、皆さんは、そのやらせ疑惑という話を信じておられるということですね?」
「ええ、少々番組が、かなり誇張していることは分かりました。事実ではないと思えることもいくつかあり、ちゃんと主催して製作した番組だったはずなのに、我々が最初に確認した内容と、微妙に違っていたようなんですよ」
「放送局側に抗議しましたか?」
「え、それはもちろん、話が違うってですね。放送内容の最終編集は試写会のようにして、見せてもらいましたからね。でも、そこからいくつか編集で差し替えというよりも、新たに増えていたんです。しかも、微妙に分からないようにですね。でも、それを放送局側は、気のせいだという言葉の一点張りです。こっちがさらに強くいうと、確認したのはそちらですよ。出るところに出ても、うちが負けることはないですよ。それでも良ければ、ご自由に。といって、鼻で笑われました。さすがに悔しかったので。やらせ疑惑を記事にすると言った。その記者に協力したんです。でも、最初はこちらも頑なに拒否をしました。だって、放送局がやった詐欺行為をその記者にされてしまえば、こっちもどうしようもないからですね。でも、彼の熱意に打たれる形で、今度は書面もとって、記事にすることにしたんです。法的にどこまで有効なのかは、何とも言えないですけどね」
と言っていた。
「私どもも、記事を見る限り、あなた方n不利な内容のことは書かれていなかったようです。もっとも、まだそこまで証拠があるわけではないということと、まだ、連載の初回ということで、本当にプロローグとして、あなた方が先ほど話してくれた、事件の表側もあらましを途中まで書いていたくらいですね」
ということであった。
「そうだったんですね。我々も信じた以上、彼が今のところですが、信頼するに至る相手であったということを聞いて、よかったと思いました。もし、最初の話を見て、怪しいと思うと、弁護士に相談することも、我々としては考えていたんです。ただ、彼のような新聞記者ともなると、疑うべき人って結構いたりするんじゃないですかね? 彼は、そういうゴシップ中心の記者なんでしょう?」
と、八百屋がいうと、
「それがですね、実はそうでもないようなんです。普段は文化的なことを記事にしているような人で、文化人のインタビュー記事に関しては、同業者の人も認めているようで、しかも、記事の書き方も、相手のいいところを引き出すような書き方をする人だということで、そんな人が、急にこのような、ゴシップ記事を書いたのか、誰もよく分からないらしいんです。会社でも、彼が、この記事を書きたいと言ってきたのを、編集長も、最初は止めたらしいんですが、彼の思いがかなり強かったということで、好きなようにさせたといいます。彼に何が起こったというのか、よく分からないというのが、編集長を含む、会社の人の意見だったんです」
ということであった。
彼がゴシップ専用どころか、今回が最初だと聞いて意外ではあったが、それ以上に、妙に納得した気分になった。
「あの人は、思ったよりも、いい表情をしていたので、あんな記事を書く人だとは思えなかったもんな」
と、魚屋の主人がそう言ったのだ。
それを聞いた肉屋が、
「ということは、あの人にゴシップを書かせるようにしたきっかけになった何かがあったということでしょうか? それが事件なのか、誰かの影響なのかということではないかと思うのですが」
と言った。
肉屋は、気が弱く、確かに奥さんに頭が上がらない性格だったので、まわりからは、一歩引いたことがあり、決して表に出ることはなかったので、皆、あまり彼を重要視していなかったが、頭はよい方のようで、時々肝心なところで意見を出したことが、的を得ていたりして、
「肉屋さんは、たまにいいことを進言してくれるから、ありがたいんだよな」
と、八百屋の主人は言っていた。
今回も、肉屋の主人の話に警察も、
「なるほど、その通りかも知れませんな。私も、そんな気がします。その記者の人間関係と、他に扱った記事についてなど、調べてみることにしましょう」
と、刑事も言ったようだった。
この刑事は、警察の中では珍しく、庶民の意見を結構聞く人であり、名前を谷村刑事という。
谷村刑事は、年齢が30歳を超えたくらいの若手刑事で、最近、近所で発生した通り魔事件の犯人を逮捕したことで、頭角を現してきた。元々、巡査として交番勤務をしていた頃から、住民とは仲良くしていたので、通り魔事件の折りにも、他の刑事と違って、彼独自の情報が、庶民から流されていたのだ。
一度は上司に報告したが、上司は、その言葉を重要視していなかったために、犯人の潜伏を見逃してしまった。
だが、庶民の情報を信じ、そちらを注視していたところで、犯人がひょっこり現れたことで、事件を未然に防いだだけか、犯人逮捕にも至ったのだ。
彼は、それを自分だけの手柄とせず、
「我々チームの手柄」
ということで、上司の顔を潰すようなことはしなかった。
それゆえ、上司も、谷村刑事に一目置くようになり、ここに、谷村チームが出来上がったのだった。
知らない人が聞けば、
「今の警察に、そんなテレビドラマのようなことがあるのか?」
と思われたが、そもそも、谷村の上司も、話が分からない人ではなかった。
あの時も、上司の判断は決して悪いものではなかった。
たぶん、上司に従っていても、近い将来、犯人を挙げることはできたであろう。しかし、そのために、被害者が増えた可能性は高い。
上司も、状況判断ができない人ではない。犯人が謙虚された時も、素直に谷村刑事に対してシャッポ脱いでいたのだった。
だが、そんな上司に谷村刑事は、自分の手柄を自慢するでもなく、
「私は逮捕できたのは、あくまでも運がよかったからです。だから、私だけの力だとは思っていません。とにかく、これ以上の被害が出ることがなかったことが、私には一番嬉しいのです」
と言って、上司をねぎらった。
上司は、その時、40代にやっと差し掛かった、階級でいえば、警部補だった。
前の年に警部補に昇進し、少し、舞い上がっていたと自分では考えていたが、他の人に比べれば、十分謙虚な人で、谷村刑事はいつも、敬意を表していた。
上司は名前を山本警部補という。
山本警部補は、貧しい家庭に育ったことを、しばし、まわりに隠していたが、谷村刑事にはすぐに分かったようだ。
だからと言って、谷村刑事も貧しい家庭に育ったわけではなかった。裕福でもなかったが、彼が、高校生の時に、母親を亡くした。それは殺されたのだ。
しかも、誰かの恨みを買って殺されたわけではなく、強盗犯二人が逃亡しているところ、運悪く母親と遭遇したことで、巻き沿いを受けて殺されたのだった。
「なんと理不尽な」
と、怒りに震えた谷村は、それから、大学で法学部に入り、警察官を目指したのだ。
キャリアというわけではなかったが、それでも、優秀な彼だったが、地道に警察官として、昇進していき、今は現場の第一線で、その力を発揮していた。
山本警部補が一番目をかけている後輩でもあった。
通り魔事件の時は、山本警部補の落ち度になるところを、谷村刑事は、持ち前の推理力と、彼を慕っている、庶民の情報をうまく生かし、
「D署に、谷村刑事あり」
と言われるようになったのだ。
D署というところの刑事課は、山本警部補の元に、谷村刑事がいたり、他にも、ずっと生え抜きで、何十年も、D署の刑事課に所属している、古株の刑事もいた。
彼は。年齢がもう、50歳を超えていたが、まだ刑事のままだった。
高校を卒業してから、警察学校を出た、いわゆるノンキャリであったが、そんな彼が、うまくやってこれたのは、地元の情報をすべて知っていたからだった。
暗記力もあり、細かいことを結構覚えていたのだ。それが、事件解決に役立ったり、そんな生き字引のような刑事を、庶民も慕っていたのだった。
そんな彼が、最初に谷村刑事を見たのが、交番勤務の二年目くらいの頃だった。
実に庶民の心をつかむのがうまい巡査だと思った。今まで見てきた刑事の中でも群を抜いている。それを見た時、
「この男はいずれ、刑事課のエースになる人だ」
ということで、ずっと目をかけていたのだった。
そういう意味で、谷村刑事の実力をいち早く見抜いた人間は、この老練の刑事だと言ってもいいだろう。
この刑事は、名前を川上刑事といい、川上刑事も元々は、出世を願う他の刑事とはあまり変わらなかったが、
ある時、自分の奥さんが、犯罪に巻き込まれ、けがをしたことがあった。
命に別状はなかったのだが、さすがに川上刑事は、その辛さから、一度は辞表を提出した。しかし、その時の上司が、
「今君に辞められては困る。君ほど、世間から慕われている刑事はいないじゃないか。奥さんが犯罪に巻き込まれたことに対しては、お気の毒だとは思うが、そんな奥さんのような人を一人でも出さないようにするために、君のような庶民に寄り添い刑事を失うのは、私としては困るのだ」
と言って説得された。
「私のようなもので務まるのでしょうか?」
と真剣にいうと、
「他の刑事を見ていても、君のような存在がいることで、無言の団結が生まれることが分かる。皆、それぞれに、社会貢献をしようと思っているんだよ。それぞれに考え方も違うので、なかなか統率ができないんだけどな。だけど、君がいてくれるだけで、特に捜査の時などは、団結が保てるんだ。私にはそれが最初なぜなのか分からなかった。だがよく見ていると、皆が君を見る時だけ、目の色が違うんだ。だから、君がいてくれることで統率が保てるというだけで、私は本当に感謝しているんだよ」
と言って、両手を握られた時、彼は初めて、警察官冥利に尽きるということを感じたのだった。
この D署の刑事課はいろいろな個性豊かな捜査陣が集まっている。
配属の時も、
「川上刑事を慕って、こちらを希望しました」
あるいは、
「私は、谷村刑事を慕っております」
と言って、集まってくる若手がいるくらいであった。
そんな中には、ここに配属になって数年で、実績を上げ、いよいよ、警察本部に転勤となり、本部の捜査一課でバリバリに活躍している人も出てくるようになったのだ。
だから、D署の刑事課に、
「谷村チーム」
ができたとしても、それは別におかしなことではないのだった。
谷村刑事を中心にできたこのチームにとって初めての事件であり、捜査員も張り切っていた。
谷村刑事も、チームリーダーだからといって、捜査本部にいるだけのようなことはしない。自分から指揮を執る意味でも、絶えず現場に詰めていた。
そんな谷村刑事を、山本警部補は、頼もしい目で見ているのだった。
谷村刑事の見るところでは、この三人の商店街の連中は非常に興味があった。
「もし警察にいたのなら、自分のチームに招き入れたいくらいだ」
と感じていた。
特に、八百屋というのが、このグループの中では、その中心になる人だと見抜いていた。
だから、まずは、八百屋の主人を中心に見ていた。
そしてその次が魚屋だった。
八百屋が、どこか、専制的なところがあるので、暴走しがちなところを、冷静な目と、どこか恫喝する目で戒める立場に、いるのが魚屋だった。
さすがにその目を最初に見た時、谷村刑事は、少し威喝を受けた気がした。もちろん、庶民の威喝くらいでビビる谷村刑事ではなかったが、その威喝は別に挑戦的なものではなく、戒めの目であることに気づいた時、
「なるほど」
と思ったのだ。
このチームのご意見番のような立場にいるのが、この魚屋の存在なのだろうと思ったのだ。
そして、この二人とはまったく違う性格の、肉屋であった。
肉屋はおとなしい性格で、おとなしいという意味では、魚屋に似ていたが、魚屋の場合は、表に出てこないというだけで、冷静な目を絶えず持っていて、全体を見渡すことのできる人なのだが、肉屋の場合は、別にそんな立派あところはなかった。
絶えず、人の目を気にして、気を遣っているという、気弱な性格だったが、よく見ていると、他の二人も、肉屋を意識していた。
「何を意識する必要などあるのだろうか?」
と、谷村刑事は考えたが、そうではないのだった。
魚屋も八百屋も待っているのだった。それは、肉屋が口を開くことであった。
ほとんど何も口にすることのない人が、急に口を開くと、まわりがビックリするが、その時に得てして、誰も想像もしていなかったようなことが口から飛び出してくることがある。
その人の性格なのだろうが、口を開かないのは。
「皆と同じ考えのことを後から自分が口にしても、何もならない」
という合理的なことを考えているからであった。
そう、普段何もしゃべらない人は、絶えず何かを考えて、自分にしかない発想を思いつこうとしている人か、本当に暗くて、何も考えていない人か。それとも、この肉屋のように、
「人と違うことを思いついたら、自分から口を開く」
という人の3つのパターンに別れるに違いないのだった。
肉屋は、その時、冷静に考えて思いついたことを口にした。
ひょっとすると、このまま、自分の考えが、誰にも分からずに、スルーされるのは嫌だと思ったのかも知れない。
谷村刑事も、肉屋の言った言葉に、
「目からうろこが落ちた」
という気がした。
ちょうど、他の二人を意識していたことで、正直、肝心なことを見逃すところだったのだ。
そう言う意味で、肉屋の助言は、肉屋によって、三人の性格が分かるきっかけになったという意味でも、
「目からうろこが落ちた」
のだった。
谷村刑事にとって、肉屋の言葉は、さすがに驚かされた。
普段であれば気づきそうなことなのに、気づかなかったということは、
「ひょっとすると、この肉屋が黙っている時は、まわりのやる気を、奪うことができ、何かの話し合いで、ミスリードでもできるような力を持っているのかも知れないな」
という、この肉屋という男に、どこか二重人格的なものが備わっているような気がした。
それは、完全にジキルとハイドのような、正反対の性格であり、普通の二重人格と呼ばれる人には、考えられないような人ではないかと思えたのだった。
「あの記者に対して誰か助言したということであれば、その人が何かのカギを握っていることに間違いないな。どうしても、表に出てきている人しか、考えが及ばないという限界があることを、警察として捜査をしていると、気づかないことが多い。確かに、ここで誰かもう一人登場人物がいたとしても、おかしくはない。捜査をその線でも膨らませる必要があるかも知れないな」
と、谷村刑事は考えたのだ。
とりあえず、これ以上は新たな話が出てくるわけはないと思い、警察は引き揚げた。
捜査本部に戻った3人はさっそく、さっきの話を考えてみた。
「さっきの話だけど、何か目新しいことが分かった気がしたかい?」
と、山本警部補から聞かれた、谷村刑事だったが、
「そうですね。彼らが何かを隠しているというようなことはないのではないかと思います」
というと、
「それは私も思いました」
と、老練の川上刑事も、そう答えた。
「それにしても、商店街の活気を取り戻すためということだったのかも知れないけど、荻谷少年というのがどういう人間なのかを知らないといけないでしょうね」
と、谷村刑事がいうと、
「それなら、明日、事情を聴けるようにアポを取っていますので、明日にでも確認できると思います」
と川上刑事は答えた。
このあたりはさすが老練、川上刑事の手筈は早かった。
「ところで、他に容疑者は浮かんでこなかったですかね? 何しろ、雑誌記者というのは、いろいろ裏であるのかも知れませんよ?」
と谷村刑事が、いうと、
「そういえば、殺された記者の名前なんと言いましたっけ?」
と、川上刑事が聞くと、
「確か新谷健吾という記者だったような気がします」
というと、
「ああ、確かどこかで聞いたことがあると思ったけど、思い出しましたよ」
と川上刑事は言った。
「何者なんだい?」
と、山本警部補が聞くと、
「彼はですね。3年くらい前だったか、この署にいた刑事で、川崎という刑事がいたのを覚えていますか?」
「ああ、確か、麻薬捜査や、暴力団関係の捜査をしていた刑事ではなかったかな?」
と山本警部補がいうと、
「ええ、そうです。今回殺害された新谷という男は、確か、彼の情報屋だったような気がするんです。私の捜査と、川崎刑事とで、同じ人物を当たっている時、川崎刑事が、新谷という男を、情報屋だと言って教えてくれたんですよ」
と、川上刑事は言った。
「じゃあ、川上さんは、面識があったわけですか?」
と聞かれて、
「ええ、まあ、面識があったといっても、5年くらい前に一度会っただけで、その時は、変装のようなことをしていたので、よく分からなかったんですよ。川崎刑事は確か、あれから2年ほどして、別の署に転勤になったので、もう、彼を使ってはいなかったと思います。ただ、川崎刑事の後任に、新谷がすり寄っていたかどうかまでは知りませんけどね」
ということであった。
「川上君は、あちらの課の人と面識はあるかい?」
と聞かれて、
「もう、知っている人はいませんね」
というので、
「そうか。本当は密かに、探りを入れてもらいたかったんだが、そうもいかないようなので、私の方から、正式に話をしてみよう」
と、山本警部補がそう言った。
警察というところは、所轄が違えば、縄張りという意味で仲が悪い。さらに、同じ署でも、部署が違えば、やはり仲がよくない、いや、これは一般の会社でもそうではないか。
経理部と営業部、さらには物流ともなると、ほとんど仲が悪いと言ってもいいのではないだろうか。
そういう意味で、他の課の人に話を通す場合は、上司同士の兼ね合いもあり、なかなか難しかったりする。
下手をすれば、署長クラスに仲介をしてもらわないと、難しかったりする。だが、山本警部補は、向こうの課の課長とは仲がいいということで、話ができる環境をセッティングしてもらった。
その日の午後からさっそく、話が聞けるようだった。
ただ、個人で持っている情報屋ということになると、同じ部署の仲間であっても、上司であっても秘密にしていることが多い。どこまで話が聞けるか微妙なところであった。
刑事課からは、山本警部補、谷村刑事、そして川下刑事の三人が出席することになった。
さっそく、捜査本部に来てもらい、話をすることにした。
山本警部補の知り合いである、佐久間警部補と、他2名の凸凹コンビと言ってもいい二人が来てくれた。
「さっそくなんだけど、この男を知っているかい?」
と山本警部補は、3人に、殺された新谷の写真を見せた。
すると、他2人の刑事は頭を傾げていたが、佐久間警部補は、じっと写真を見ていると、
「ひょっとすると、新谷じゃないのかな?」
というではないか。
「ああ、そうなんだ。新谷という雑誌記者なんだけど、どうして、佐久間君は知っているんだい?」
と聞かれた、佐久間警部補は、
「だけど、なんで君たちが新谷の写真を?」
と聞いたのを受けて、
「実は、先日、殺害されたんだ。事務所で残業をしているところを、後ろからナイフのようなもので、刺されたと思うんだけどね」
「この間からの、雑誌記者殺害事件というのは、このことだったんだな?」
「そうなんだ。それで、ここにいる川上刑事の話で、数年前までおたくにいた川崎刑事が、情報屋として使っていたという話を聞いたものでね。それで、今も君のところの誰かが、情報屋として使っていないかと思ってね」
と、山本警部補が聞くと、
「ああ、この人が、新谷さんなんですね? 私は実は一度会ったことがあったんですが、その時は、実にみすぼらしい恰好をしていたので、写真からでは分かりませんでした。ええ、うちで新谷さんを情報屋として使っている人がいましたが、今はもう使っていないという話を聞きました」
と、背が低い方の刑事がそう言った。
「誰が使っていたんです?」
「加賀谷刑事という人が使っていました:
と聞いて、佐久間警部補は一瞬、ビクッとなった気がした。
「加賀谷刑事というのは、今もおられうんですか?」
と聞くと、
「ええ、今もいます。でも、今は情報屋は使っていないということでした。1年くらい前までですかね? 使っているとすれば」
「どうして使わなくなったんでしょう?」
と聞くと、
「詳しくは知りませんが。情報屋を危険に晒すような捜査をしてはいけないということで、情報屋を使うことは、課内で禁止になったんです。刑事課の方ではどうなんですか?」
と言われて、
「ああ、うちの刑事課では、もう5年以上前から使ってはいけないということに私の方でしたんだよ。だから、今は使っている人はいないですね」
と山本警部補は言った。
どうやら、情報屋というのは、昔から一人の刑事にはついているものだったが、最近では、危険性や、コンプライアンスの問題から、使ってはいけなくなった。その兆候が出てきたのが、1990年代だった。
要するに、昭和の悪しき風習を、一掃しようという流れが警察内部で浸透していたのだ。
ただ、あくまでも、それは建前であって、実際には闇で行われているであろう。
だから、平成になってからは、なかなか身内にも情報屋の存在自体を教えないという人間が増えているので、普通であれば、簡単には教えてもらえるものではないだろう。
しかし、これは、元なのか、それとも今でもなのかは分からないが、その情報屋が、殺害されたという、
「殺人事件」
の捜査である。
いくら外部者であったとしても、警察協力者であれば、警察の捜査も、真剣にならざるおえないということであろう。
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