第4話 第一の殺人事件

 そんな中で、放送が低迷し、目論見が外れたことで、計画はうまく行かなかったが、だからと言って被害があったわけではない。そもそもが、

「この計画は、自分たちにとって、うまく行けば、得になることであるが、失敗したからといって失うものは何もない。とにかく、今は行動あるのみなのではないか?」

 ということで始まったことだったので、それは最初からの計算ずくのことであった。

 目論見は外れたが、今度は別のことを考えればいい。失うものは何もないということだったはずなのに、世間が忘れてから、少ししてから、今度は思わぬところから、まったく予期もしていない問題が巻き起こったのだ。

 それが、やらせ疑惑だったわけで、そのニュースソースになるのか、一人のジャーナリストが、商店街にも取材に来ていた。

 彼は、ただ荻谷少年のまわりを固めたいだけだった。最初は学校の先生を攻めてみたのだが、さすがに教育者という、

「聖職者」

 ということで、その牙城を崩すことは難しかった。

 そういう意味で、まわりの人を崩すことで少しずつ丸裸にしようというのが、ある意味、特ダネを狙う記者にとっての常套手段なのかも知れない。

 彼は、まず、肉屋の人に近づいた。

 肉屋の亭主は、どちらかというと気が弱い人で、奥さんの方が強かった。それは、実は無理もないことで、亭主は元々、婿養子だったのだ。

 婿養子というと、どうしても、姑に逆らうことができない。しかも、商売人ということになると、昔気質の人が多い。それらのことで、なかなか自分を表に出すことができず、絶えず、奥さんにも頭が上がらず、世間体を気にしているようだった。

 以前、一度不倫めいたものをしかけたことがあったが、それも、根性なしの性格からか、結局できなかった。

 それがよかったのか、もし不倫して、奥さんにバレてしまっていたら、秒で追い出されていたことだろう。

 そのあたりは、あの肉屋は、本当に昔気質のところがあったのだ。しかし、その時の紙一重がトラウマになってしまい、肉屋の旦那は、どうしても、奥さんに頭が上がらないどころか、さらに、商店街の中でも、いつも端の方にいて、絶対に表に姿を出さないような人だった。

 そんな人が、一度だけ商店街の会合で、自分の意見をいうと、まわりはビックリして、冷静に彼を見た。だが、彼は誰とも目を合わせる度胸はなく、話を引っ込めようとしたが、その時の議長が、

「どうだろう? ここは、肉屋さんに任せることにしようか?」

 と言い出すと、皆も、

「そうだ、そうだ。せっかく肉屋が出してくれた貴重な意見じゃないか。ここは言い出しっぺの肉屋さんに、任せるのが、道理というもの。皆どうだろう?」

 と、八百屋がいうと、

「うんうん、八百屋さんのいう通りだ。ここはひとつお任せしよう」

 と、全会一致での可決となった。

 誰かの意見がここまで一気に決まるというのは珍しかった。普段であれば、一人くらいは、反対意見があって、そこで話は紛糾するのだろうが、そんなことはなく、本当に珍しい全会一致となったのだ。

 それを、肉屋は心の中で、

「皆は、自分に降りかかるのが嫌で、俺にやらせているんだな」

 と思ったが、それは偏見だった。

 実際に皆の気持ちが肉屋に任せようと一致したことに変わりはない。もっとも、

「肉屋がどのような活躍をしてくれるか、見ものというものだ」

 と思っていたのだ。

 それは、皮肉というよりも、本当に期待を込めてであった。それだけ、商店街は何をどうしていいのか分からないほどに困っていた。やはりそれだけ、郊外型の大型ショッピングセンターの存在が恐ろしかったのだ。今まで発言をしなかった肉屋が発言をしたということの意義に、他の連中は掛けていたのだろう。

 その時の肉屋の活動は、一口で言って、

「可もなく不可もなく」

 と言ったところであろうか。

 それくらいのことは、他の商店街の人も許容範囲で、

「肉屋さんが、悲惨なことにならなかったのは、我々が今、底辺にいるからなんだって思うよ。もし、少しでも上にいれば、待っているのは奈落の底だっただろうからね。もうこれ以上、落ちないのが分かっているわりには、肉屋さんは、行動ができなかった。つまりは、少しでも状況が違っていれば、出てきた結果は、悲惨なことにしかならなかっただろうね」

 という意見が多かった。

 それは、肉屋にも分かっていることだった。

 肉屋は行動力には欠けているが、状況判断力がないわけではない。状況を少しでも把握して、判断する力は、他の連中に引けを取らないだろう。そういう意味で、最初にやらせておいて、ゆっくり状況判断をさせた方がいいと思った人にとっては、計算通りだったといってもいいだろう。

 これを考えたのは、魚屋の旦那だった。

 魚屋の旦那は、冷静な目を一番持っていたからだったが、それ以降、さらに事情が変わってきたので、もう、他の誰から、肉屋の後を引き継ぐということはなかったのだ。

 それだけ商店街の状況は流動的だった。それは、商店街の間のことだけではなく、他からの外圧が強かったといってもいいだろう。

 絶えず、郊外型のショッピングセンター建設を見ておかなければいけない状況になっているので。状況はいちいち一変するのである。

 そのことを分かっていなければ、自分たちのような昔かたぎの店はひとたまりもない。とにかく、動いていい時と、見守っていくことで、行動を控えなけれなならない時期かということを見極めるのは大切なことである。

 肉屋だけでなく、その頃は、どこも行動は控えていた。ただ、情報共有だけは絶えず行っていただけの状態だったのだ。

 そんな時、失敗に終わった、荻谷少年のよる活性化作戦であったが、マスゴミが動いているなど、まったく知らない中、肉屋に近づいてきたのが、例のジャーナリストだった。

 彼は、肉屋に、

「あなたは、荻谷少年のことをご存じですか? 昔はオオカミ少年などと言われていたけど、今では立派に予言者のようになっている少年のことなんですけどね」

 と話しかけてきた。

 もちろん、知らないわけはないが、この男が何をいまさらそんなことを聞いてくるのか計り知れないでいると、何も言えない状態だった。

「知っていますけど、それが何か?」

 と、けんもほろろという感覚で話すと、今度はいきなり、

「以前、地上波でドキュメンタリー番組が製作されたのは、当然ご存じですよね?」

 と言われたが、ここまで確信めいて話すということは、その企画を放送局に持って行ったのが、我々であることを知っていると言わんばかりだった。

 それを、

「知らない」

 と突っぱねるのは、

「知っている」

 という言葉を自分から言っているのと同じことになるではないか。

 そうなると、もう、ごまかすわけにはいかない。

「ええ、知っていますが?」

 と、相手の出方を見ていると、

「あの時にですね。やらせがあったのではないかという疑惑が持ち上がってきたんですよ。そのことについて、何かご存じかと思いましてね」

 と、いきなり、核心をついてきた。

「そんなの知るわけないじゃないですか」

 と、本当のことを言った。

 確かに、そんなウワサがあるなどということを、肉屋はその時まで知らなかった。

 ただ、同じ商店街の中で知っている人がいたのだが、彼は、他言無用だった。それは正解だったのだ。

 実際に、そんなウワサがあるなんて初耳だった。

「ひょっとすると、この人はこちらに変な揺さぶりをかけて、あることないことを少しでも引き出せば、それを記事にでもするのではないか?」

 と感じたのだが、それは一理あるかも知れない。

 実際に、この男は完全に前のめりで話に来ている。こちらが、しっかりと身構えていないと、相手の勢いに押されてしまいそうだった。

 そういう意味で、八百屋は気が小さかった。だから、ついつい余計なことを言ってしまいそうで怖かったが、何とか虚勢を張ることで、逃げようと思ったが、なかなか離してくれそうにないかも知れないと思うと、少し怖かった。

 だが、そんな思いを知ってか知らずか、もう少しで危ないと思ったところ、うまく離してくれた。ただ、あくまでも、

「初回だったから」

 ということだったのかも知れない。

 その日はそれでお開きになったのだが、肉屋の行動で正解だったのは、その後、こんなことがあったというのを、商店街の人たちに話したことだった。

「何だい、それは。まるで俺たちが荻谷少年を推して、テレビ制作をさせたことを知って、俺たちを狙い撃ちにしかたのようじゃないか? マスコミの人たちって、そういう強引なところがあるから、気を付けないといけないな」

 と、八百屋が言った。

「うん、何か弱みがあったり、落ち度がある相手に対しては、容赦のないのが、あいつらのやり方で、そのくせ、根拠があろうがなかろうが、話題性があれば、それを徹底的に煽って、自分たちの正当性を、報道の自由という言葉と、知りたい人に知らせる義務というような欺瞞で、自分たちを正当化する。だから、あいつらは、マスコミではなく、マスゴミと言われるゆえんなんだ」

 と。魚屋が、実にうまい表現をしながら、いかにも毛嫌いをしているかのように言った。

 ここでお魚屋の言葉には重みがある。

 なぜなら、魚屋というのは、商店街のグループの中でも、中立的な立場をいつも保っていたからだ。

 そんな彼が、こんなに興奮したかのように相手を蔑むような言い方をするのだから、その説得力は、相当なものであることに、間違いはないだろう。

 この場は、完全にマスゴミは悪だった。元々、商店街の人たちで、マスゴミをよくいう人は一人としていなかった。かといって、極端に毛嫌いしているわけでもない。ただ、自分たちに関係がないということであれば、それほど怒りがあるわけではなかった。

 しかし、今回は、明らかに自分たちが応援している人に対しての誹謗中傷に近いことを言っている。そして、

「それが事実であろうがなかろうが、少しでも疑いがあれば、あることないこと、書き立てるに違いない」

 というところまで来ているとすれば、これは完全に、

「敵」

 ということである。

 昭和かたぎの彼らは、性格的には、

「勧善懲悪」

 である。

 好きな相手を誹謗中傷されるというだけでも、怒りがこみあげてくるのに、その誹謗中傷を、あることないこと書き立てて、報道の自由という盾を使って、

「言葉の暴力」

 で、あたかも自分たちの推しである。荻谷少年を狙ったということは許しがたい。

 それだけ、商店街が舐められているということを示しているのかも知れないし、それならそれで、真っ向から、勝負に挑んでやると言わんばかりの、鼻息の粗さであった。

「まず前提として、余計なことを言わないということと、我々が団結をするということだ。憎きマスゴミの魔の手から、我が商店街と、荻谷少年の自由を守るということだ」

 と、八百屋が言った。

「そうだね。具体的には、インタビューのアポがあれば、すぐには約束せずに、我々皆に相談するということ、ただ、やつらは、アポなしで来るかも知れないので、その時は、相手にしないことで、そのまま、どこかの仲間のところに行って、その人の助けをもらうこと。相手は、自分が不利になりそうなら、入り込んでくることはないだろうから、効果的だと思う。そうすれば、こちらの団結も示すことができるので、一石二鳥だというものだな」

 と魚屋が言った。

 そんな状態で、今度はマスゴミが攻めてきたのは、八百屋だった。

 彼は性格的に、リーダーシップがしっかりととれる人であるが、ただ、彼の場合はリーダーシップというよりも、

「マウントを取る」

 と言った方がいいかも知れない。

 リーダーシップを取りながら、自分が中心にいるんだということを必要以上に誇張してしまうので、人によっては、八百屋のことを、

「少し鬱陶しい人だな」

 と思って、距離を必要以上に詰めないようにしている人もいる。

 だが、これは逆に、

「リーダーシップをとっているのだから、取りたい人に任せて、全面委任ができるというわけではない。放っておけば、自分がやりたいようにしてしまい。全体の損になることに舵を切ってしまうことになりかねないからだ」

 絶えずまわりに警戒されていれば、まわりも注意することになり、その状態をうまく平衡感覚が取れてくるのだと思うと、

「彼のような存在もある意味必要なのだろう」

 と考える人もいたりした。

 それを考えているのは魚屋だった。魚屋も、商店街の中での存在感は強く、ある意味一番周りから期待されているといってもいいだろう。

 八百屋の場合は、気を付けないと、マウントを取りたいと思っているだけに、独断専行をしかねない。一歩間違うと、彼のような人にマウントを取らせてしまうと、独裁の可能性も出てくる。だから、彼だけに任せることだけはできないというのが、まわりの共通した意見だった。

 もちろん、まわりがそんな風に考えているというのは、八百屋本人にも分かっている。だから、暴走はしないようにしている。もし、暴走してしまうと、これまで自分が築いてきたものを、自らで壊してしまうということになりかねないからだ。

 それを思うと、今回のように、取材に来たのをいいことに、いかにも自分から話すかのように仕向けておいて、懐に入れたところで、他の人たちと包囲殲滅しようと考えていたのだ。

 うまくインタビューに答えるような話をして、商店街の会合に参加させる形に持って行った。

 こうすれば、相手がいくら個人戦のタイマンを考えたとしても、一度全員の中に入れてしまうと、この間の皆の懸念も解消される。

 それだけに、誰か一人でも裏切れば、その裏切りはすぐに白日の下に晒せられ、それによって、制裁も受けられるし、取材する側に対しての恫喝にもなると思ったからだ。

 ただ、相手も百戦錬磨の、海千山千である。相手が多数であればあるなりに、戦い方を知っているようだった。

 相手は決して尻尾を出さないように終始した。取材をするにも、ありきたりな話を聞いて、それでも、本当は聞きたいことを封印させることには成功した。半分は成功で、半分は失敗だった。

 失敗という根拠は、

「今回のやり方によって、相手に諦めさせるということができなかった」

 ということだ。

 相手は、こちらの出方を探っていただけに、今回のやり方は、

「こちらの手の内を探る」

 という意味では、大成功だったかも知れない。

 それぞれの人間をしっかり観察して、観察ノートでも作り、そこに分析した個々の性格を列記しているに違いない。

 一度の進行は阻止できたが、長期的な目で見て果たして成功だったのか。疑問であった。

 相手が作戦を立てる上で、まるで背中を押す結果になったのではないかと思うと、少し怖い気がしたが、しょうがないところもあり、こちらはこちらでスクラムを組んで、阻止することにまい進するしかないだろう。

「やつらマスゴミの進行を阻止できれば、この勢いで、商店街を復活させるきっかけになるかも知れない」

 と、自分たちの死活問題を、ここで考えているのかも知れない。

 マスゴミの方も、やはり海千山千だった。こちらが集団になっていても、まったく臆することはなかった。肉屋などは、

「こんな風になれたら、どんなにいいか」

 と、少し敬意を表したくなるほどの気分になっているくらいだった。

 しかし、現実はそうではない。何と言っても、やらせなどというのを認めるわけにはいかない。だから、自分たちが言い出しっぺであっても、後ろめたいところがないのだから、臆するところはないのだ。

 それを、皆が目の前にいる記者から学べないいのだ。その気概は八百屋にも魚屋にもあったが、果たして肉屋にはあるだろうか。

 あくまでも、羨ましく感じられるこの感情が、いかに前向きになれるかということが問題なのだ。

 それを考えると、八百屋と魚屋が頼もしくなってくる。

 最初は、八百屋に対しては。

「いつも、俺に命令して、億劫だなと思っていたが、彼の指導や注意勧告がなければ、自分は間違った道に行ってしまっていたのを、強引に引き戻してくれる存在だったんだ」

 と感じ、その指導性に敬意を表していた。

 魚屋に対しては。

「とにかく、冷静で、いつも後ろから眺めていて、肝心な時にしか口を開かないが、逆にいうと、彼が口を開く時は、よほどの時なんだ。だから、彼が口を開いた時、それまで無風だと思っていた状況が一気に慌ただしくなり、いつの間にか緊張感がみなぎっている。いつも中立の立場で、まわりを冷静にさせる力が普段の彼にはあった。それが、彼の魅力だったんだ」

 と感じ、自分を理詰めで導いてくれるということに、敬意を表している。

 今回の、マスゴミの攻勢も、二人がいれば大丈夫だと自信をもって言える気がした。

 しかし、二人からは、

「結局一人になって考える時が絶対にあるんだから、その時にちゃんとした判断ができるようになる必要があるんだ」

 と言われていた。

 それが、今回のような気がした。

 下手に他人事のように感じたり、少しでも、後ろに回って、静観しようなどと思ったりすると、相手に付け込まれてしまうのではないかと思うからだった。

 そんなことを考えていると、記者の質問が耳に入ってこなくなっていた。だが、記者はそんな肉屋を攻めるようなことはしなかった。

 ターゲットは完全に八百屋だと決めている。ある意味以外だったが、正攻法できている。真向から相手は攻撃をしてきている。正面突破でも狙おうというのか、潔さが感じられ、そうなると相手は八百屋しかいないのだろう。

 八百屋の主人は、後ろにいる二人を背中で誘導しながら、気持ちを自分で高ぶらせている。

「ひょっとすると、我々二人がいないと、八百屋の主人は、力を発揮できないのかも知れない」

 と思ったのは、彼の背中が何かを訴えているように見えたからだ。

 そう思うと、八百屋の背中を見ないわけにはいかなかった。それは、魚屋も分かっているのだろうが、その場の目線の強さは、肉屋にあったのだ。

 応援するという気持ちよりも、

「一緒に戦っている」

 という気分だった。

 そう感じた時、ふいに八百屋が振り返り、こっちを見たかと思うと、目が遭ってから、同時にうなずいていた。

 完全に、気持ちが一致しているようでうれしかった。

 こんな状況において、嬉しいという感情は不謹慎なのかも知れないが、八百屋の背中が、

「そんなことは関係ない」

 と言っているではないか。

「自分にとっても、商店街を守るために役に立たなければいけない」

 と感じると、そこは団結しか今は考えられなかった、

 商店街は、結束でこれからも生き残るという気概を持つことが大切なのだ。

 そんな取材があったことで、どんな形でこの記事が雑誌に載るのか、少し怖い思いをしているのは、三人三様だったのだ。

 取材を終えて、皆それぞれ恐怖を感じていた。さすがにそれは、リーダーシップを取りたい独裁者のイメージのある八百屋の主人であっても、同じことだったのだ。

 雑誌は隔週の雑誌で、地元の情報誌だったのだが、一応は地元のこの手の情報誌の中では一番の大手と言われているところだったので、よくも悪くも、この雑誌に載るということは、かなりの影響力があるところであった。

 それを思うと、怖いと感じるのは、無理もないことだった。

 今回の取材の内容は、ひと月半後の雑誌だということで、一応できれば、初稿の段階で見せてもらえるということだった。

 この段階であれば、修正はきくということだったので、

「なるべく早くお願いします」

 とは話しておいた、

 そして、やらせ疑惑の追及は、この回とは別の時にしてもらえるとありがたいという注文を入れているので、

「もしやらせに対しての情報を我々の取材から載せるのであれば、情報の出どころは伏せて置いてもらうことで、折り合いをつけた。

「ただでさえ、商店街は、にっちもさっちも行っていないので、そのあたりの情報は、こちらの損にならないようにお願いする」

 とは言っておいた。

 そうでなければ、我々の発言で、商店街全体に迷惑をかけることになるからだ。

「あくまでも、我々が協力するのは、やらせが本当であれば、我々の被害者であり、だからと言って、被害者面をして、自分たちを他人事のように装うのは、我々の理念に逆らうことになる。それは自分たちで許せないことなので、そこは、しっかりと糾弾してほしい」「

 というのだった。

 それだけの覚悟がなければ、自分たちがリークしたことになるので、その責任を覚悟で表すということだ。だからと言って、他の商店街の仲間を、道連れにはできない。

 今は沈もうとしている泥船に、何も知らない同胞をこれ以上載せておくわけにはいかないのだ。

 それを思うと、取材に協力した意義が、自分を納得させられるだけのものであったと自信を持って言えるのだった。

 そんなことを考えていると、それから警察の訪問を受けたのが、3か後だった。

「我々は、S出版社の新谷さんの事件について追いかけているのですが、少し事情聴取にご協力ください」

 というではないか。

「何かあったんですか?」

 と、八百屋がいうと、

「知らなかったんですか? 昨日、新谷さんが、何者かに殺されたんですよ」

 というのを聞いて

「えっ? それで我々のところにどうしてこられたんですか?」

 と八百屋が聞くと、

「彼の仕事部屋で、ちょうど、こちらの記事を書かれていたところだったんですよ」

 と刑事がいうと、八百屋が思わず口を挟んだ。

「返り血で、汚くなっていなかったんですか?」

 と言われて、一瞬固まってしまった刑事だったが、すぐに気を取り直して、

「ええ、大丈夫です、背中から刺されていたからですね」

「なるほど、そうだったんですね。新谷さんは、たぶん、うちのことを記事にしている最中だったんじゃないですか? だから、刑事さんがまず、こちらに事情を聞きに来られたんですよね?」

 と、またしても、想像で八百屋は言ったが、当たっているようで、

「ええ、彼の記事は、別に消されることもなく、画面に残っていました」

「そうなんですね?」

 と八百屋は言ったが、まさかこの間、あれだけあざといほどの取材をしていった人が、こうも簡単に、

「帰らぬ人」

 になったかと思うと、それなりに、ショックだったのだ。

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